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「パティ様!」
パトリシアは呼びかける声で、振り上げた手を止めた。
目の前には、自分を真っ直ぐ見据えるアリサ・ピスフル。声のした方を向くと、息を切らせてこちらへ駆けて来るコンスタンティン・ブラウン。
一体、何故こんなことになったのか……。
話は、数時間前に遡る──
今日の授業も残り一コマとなった頃、アリサは担任教師から声をかけられた。
「アリサ・ピスフル。先日欠席していた分の補習を行うので、放課後に残るように」
アリサはその指示に従って教室に一人残った。
登下校をほとんど一緒にしている幼なじみのノアは店の手伝いがあるため先に下校し、最近付いている護衛は学業の妨害のならないよう教室まで入って来ないようにしているのだ。
そして、事件が起こってしまった。
教師と二人だけで教室にいる時に襲撃され、教師は負傷し、ヒロインは誘拐されたのだ。
「アリサが拐われた!?ヒューゴ、何で彼女に付いていてくれなかった!?」
「リュカ様。俺は学園内では風紀委員長と、貴方の護衛なんです。離れた所にいるピスフルさんまで見ていることはできません……」
「そう言いながら、後悔してる顔してる!私のことより、アリサを優先してよ!」
「俺はまた……何で肝心な時にあの子の傍にいなかったんだ?くそぅ……」
当然ながら、周囲は驚き、戸惑い、心配している。
しかし、コニーはこの事態を予想していた。
厳重な警備をするはずなのに、何故か隙が出来てヒロインが誘拐される。それが物語の定石だから!
──コニーは首都から少し離れた港街のとある屋敷の前にやって来た。
スチル節約のため、悪役と対峙する舞台は大体どのルートも同じ。
ヒロインはそこへ拐われて行くか、仲間の救助に向かうか、悪事を阻止しに行くかはルートによって異なる。
アリサを救出するため、コニー達は早速そこへ向かうことにした。
ヒロインがえっちらおっちら、ちょいちょいイベントしながら行く乙女ゲームでの正規の道なんて通ってられない。後から来た攻略対象がヒロインと悪役が対峙している時に丁度良いタイミングで駆け付けられる近道がある!
情報収集なしで真っ直ぐ屋敷に向かい、やましいことをするお家の定番・地下の秘密の部屋に繋がる秘密の通路へ向かうのだ。
「コニーは本当にすごいな。うちの捜査機関なんか目じゃない」
楽しそうに笑ってコニーの後に付いてくるのは、エリオットだ。
王太子自らこんなところに来るなど、普通はあり得ない。だが、そこは乙女ゲーム。第二王子を始めとする攻略対象者勢ぞろいでヒロイン救出に向かってしまえるのだ。なんならおそらくヒロインの身内である、隣国の王子も付いてきてしまっている。
今、ここを襲撃されたら、国内外で大問題だ。
「コニー。本当にこの面子で行かないといけないの?」
不満たらたらにコニーの隣を歩くのはアーヴィンだ。アリサの誘拐に一番動揺していない人物である。
「どのみち彼女を救おうと各々で行って、何だかんだ合流しちゃったりするから、最初からみんなで行っちゃった方が話が早いもの。アーヴィンは……まあ、一応?」
「何それ」
乙女ゲームの大団円エンドは、攻略対象者全員がヒロインへの好感度が高く、全員で助けに行ってちょっと逆ハーレムっぽくなるのが定番だ。大団円エンドだと、悪役が救われたりもするので、あわよくば、このエンディングになればいいと思ったのも、コニーがみんなで行った方がいいと提案した理由だ。
アーヴィン含め、ヒロインへの好感度がよくわからない人もいるが、コニーが予想する攻略対象者は揃っている。上手く事が運べばいいが……。
「……拐われた場所がわかるなら、拐われること自体防げたんじゃないの?」
それまで黙って付いてきたノアが、ぼそりと呟いた。コニーが振り返って見た顔は不機嫌で、この状況に納得いかない様子だ。
自分が行く理由が思い当たらないアーヴィンはともかく、貴族や王族はこの状況に思惑があると察してあえて口に出してこなかった。感情的な方だと思っていたアーネストも、王太子である兄の指示ということもあって、言いたいことを飲み込んでいる。
だが、ノアは平民だ。貴族の駆け引きなんて知ったことではないし、幼なじみが巻き込まれて黙っていられないのだろう。
連れ出す時はアリサを助けに行くと言ったらすぐについて来たので、まともに説明していないノアに対し、どこまで話せばいいか考えるコニーの前にエリオットが出て来た。彼はコニーを背にして、ノアに向き合う。
「確かに、あの時の誘拐は防げたかもしれない」
「だったら……!」
「でも、誘拐の実行犯を捕まえられても、黒幕を捕まえられるかわからない。そうしたら、また彼女が狙われるかもしれない」
「アリサが怪我したり殺されたりしたらどうするんだ!?」
「今回の誘拐ではそこまで至らない。そう確信があったんだ」
エリオットはチラリとコニーへ目を向けた。
ヒロインは誘拐されてそのまま悪役達の前へ連れて行かれる。そこで悪役が直接手を下さそうとして、攻略対象者が駆けつけるのがお約束だ。
そのことを伝えられたエリオットは、コニーを信じて動いてくれているのだ。
「それに、万が一に備えて影も付いている。彼女に危害が加えられそうになったら、作戦を中止して救出するよう指示してある」
コニーだけでは至らないこともしっかり考える彼は、さすが王太子で、成人男性だ。
コニーの記憶にある“ゆい”も成人していたはずだが……きっと肉体年齢に精神年齢が引っ張られているのだ。きっとそうだ。
自分に言い聞かせながら、コニーはエリオットの背中越しにノアを見ていた。
「……オーバーシュトルツ先生が怪我をしましたよね」
「それは……」
「とりあえず、アリサを守ろうとしてくれていることはわかりました。何でアリサが狙われなきゃならないのか、未だにわかりませんが……」
エリオットが真摯に彼の憤りに向き合ったからか、ノアは落ち着きを取り戻したようだった。口調が敬語になって、声を張り上げることがなくなった。
「それも後で、アリサと一緒に教えていただけますか?」
「……そうだな。ちゃんと説明しよう」
不満を飲み込み、不安なままのノアの縋るような問いかけに、エリオットは頷いて笑みを浮かべた。
エリオットの隣にいたリュカが何か言いたげな様子だったが、ノアはひとまず納得したようで、その後に秘密の通路までさくさく進んでも、何も言わずに黙ってついて来たのだった。
──そうして辿り着いたコニー達の目の前で、パトリシアがアリサに手を上げようとしている。
コニーはそれを阻止するべく、駆け出した。




