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「良いこと?コンスタンティン・ブラウン、決して粗相をしてはいけませんよ。社交界で敵を作ってはダメ!侮られてもダメ!絶対に……絶対に淑女らしく、大人しくしなさい!」


母は常日頃からコニーに言い聞かせてきた。


きっと母もコニーが一般的な貴族令嬢であれば、ここまで心配しないだろう。


そう、一般的な貴族令嬢──お淑やかで可憐、趣味は刺繍や読書、お休みの日はお友達と季節の花が咲き誇る庭園でお茶会をしますの、みたいな?

……どうしよう、私って本当に貴族令嬢だっけ?読書は好きだけれど、恋愛小説なら。お茶会も、たまにスーやアーヴィンとお菓子を食べながらわいわいしているけど……。


コニーは自身の存在意義にまで不安を覚えた。

目の前に淑女のお手本のような人がいれば、より自信を失くしてしまう。



「ご機嫌よう、コンスタンティン様。また会えて嬉しいわ」



フィロメーナは優雅に微笑みながらお辞儀した。


粗相しないどころか、相手に有無を言わさない完璧で堂々とした挨拶だ。


「ご機嫌よう、殿下。お待たせしてしまって申し訳ございません」

「コンスタンティン様が謝ることは何一つないわ。急に押し掛けて迷惑をおかけしたのは私よ。ごめんなさい。お会いしてくださってありがとう」

約束もなく訪問してきたことは、確かに相手を困らせることだ。それを素直に認めて真摯に謝罪し、対応したことへの感謝も告げるとは、抜かりがない。




叱られてばかりのコニーと違って、完璧な淑女のフィロメーナ。

その振る舞いは……敵から身を守る鎧のようだ。


完璧な振る舞いは隙を見せない。気を張って、付け入られないようにしているのだ。

笑顔の裏で様々なことを考え、臨戦態勢をとっている。


誰も信用できない、していないのでは?



ふと考えて、コニーの妄想スイッチが入ってしまった。





──短い期間とはいえ、他国へ留学することになった王女。自分が問題を起こせば、自国の評判にも関わる。王女として表に出る時と同様、いや、それ以上に隙を見せてはいけない。



そんな中で出会ったのは、裏表なく優しい彼。


彼と一緒にいる時だけは気を休めることができた。もっと一緒にいたい。だが、他国の王女である自分が彼と過ごせる時間は限られている。


それならば、と彼女を導く声がする──






「……フィロメーナ様は、エリオットさ……殿下の婚約者なんですよね?」




そう問いかけるコニーの表情はフィロメーナを妬んだものでも、純粋に事情をわかってないというものでもない。ただ、彼女を心配し、不安に思ったものだった。




それを受けたフィロメーナは、優美に微笑む。



「聞いていたとおりね。やはり、間違いないわ」



コニーの問いは唐突な内容だったにも関わらず、フィロメーナは予想していたかのように落ち着いていた。

「……間違いないって、何がですか?」

「今お答えできることは、エリオット様は私にとって……協力者、といったところかしら?」

「協力者……」

「ねえ、コニー様とお呼びしていいかしら?」

「は、はい!もちろん」

「ありがとう、コニー様。とりあえず、座りましょうか」

コニーは言われて始めて、応接室に入室して立ったままであることに気づいた。王女のことも立たせたままだ。

コニーは慌てて、フィロメーナを上座に案内し、自身は向かいの席に腰掛けた。


「コニー様。国同士の結びつきは、何も王族同士の婚姻である必要はないと思わない?」

座って少し気を緩めた瞬間、フィロメーナがズバリ切り出してきた。

それはつまり、フィロメーナはエリオットと結婚せずに友好関係を維持することを考えていると示唆している。先程の曖昧な回答と合わせて、ほぼ答えが出たようなものだ。

「……国を動かす方の考えはわかりません。ですが、契約のようなものがなくても、お互いが納得のいく形で、仲良くなれなかったとしても喧嘩しない関係であれたら良いと思います」

「ふふっ……そうよね。やっぱり兄妹で似ているわ」

コニーの返答に、フィロメーナは楽しそうに笑った。


「では、エリオット様と私、それぞれ別の方と婚姻した場合、この国の未来はどうなるかしら?不安定になると思う?」


笑みを浮かべたままだが真剣な顔になったフィロメーナの新たな問いに、コニーの胸は跳ね上がる。



エリオットが結婚する相手がフィロメーナでないのなら……。

コニーはその光景を思い浮かべる。





幸せそうに笑うフィロメーナの隣には意中の彼。エリオットの隣には別の女性が寄り添っている。

エリオットが愛おしそうに見つめる彼女は──






「最良の未来を掴むために、あなたはどうする?」


“どれを選択しますか?”



フィロメーナの声とゲームのアナウンスが同時に流れたような気がした。





「殿下」

「そう固くならず、名前で読んでもらえたら嬉しいわ」

コニーが姿勢を正して見据えると、フィロメーナは笑顔のままそう言った。

「では……フィロメーナ様。お願いしてもよろしいですか?」

「どんなことを?」

「この後、王宮からのお迎えで帰られると思いますので、エリオット様に手紙を渡していただきたいのです」

「わかったわ」

フィロメーナの了承を得て、コニーは手紙を書くために自室へ戻った。



──みんなが幸せになるために、最良の選択をする。


コニーはこの選択が最良であることを願いながら、筆を執るのだった。


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