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学園の入学式当日──
コニーは校舎前の掲示板に張り出された自分のクラスをさっと確認すると、キョロキョロと辺りに視線を彷徨わせた。
「何か探しているの、コニー?」
そんなコニーに声をかけたのは、深緑色のストレートヘアを後ろでお団子に纏めた、真面目でしっかりしていそうな少女のスザンナだ。
「ちょっと主人公を探してて……」
「ヒロイン?……新入生に女優がいたかしら?」
スザンナはコニーの親友で、貴族でありながら商売人であるマキュリ子爵を父親に持つ。商売というのは情報と勘が必要だという教育の基に育った彼女の情報網と勘のよさには、コニーも戦々恐々している。
「主人公の初登校で攻略対象と出会うのは定番だもの」
「……ちょっと何言ってるかわからないわ。入学式が終わったら、クリスティアン様も交えてゆっくり話し合いましょうか」
考えていたことをつい口走ってしまい、コニーは親友から残念なものを見る目を向けられた。
「えっと……違うのよ、スー。これは……」
「きゃあ!」
コニーが弁明しようとしたその時、昇降口前の広場から甲高い悲鳴が上がった。
そこには転んでしまったのか、地面に座り込む可憐な少女がいた。
桜色の柔らかそうな髪に、煌めくエメラルドの瞳、庇護欲を掻き立てる愛くるしい顔立ち──典型的なヒロインだ!
そして、この後は王子様が現れて、ヒロインに優しく手を差し出す。ヒロインは王子様の顔を知らなくて、無邪気な笑みでお礼を言う。お互いが妙に印象に残りながらもその場は別れ、後に相手が王子様だと気づいたヒロインは無礼を詫び、改めてお礼を言う。それを機に二人は学園内で遭遇すれば話すようになり、距離を縮めていく。
王子は自分の周囲にはいない天真爛漫な女性に次第に惹かれていくが、彼には既に婚約者がいた。
「戻って来い、コンスタンティン・ブラウン!」
「はっ!?」
スザンナに肩を掴んで激しく揺さぶられ、コニーは妄想から現実へ引き戻された。
「私、何か言ってた?」
「よくわからないけど……あなたが変なのはよくわかったわ。クリスティアン様は今日、ご在宅かしら?あなたの入学式には出席されるでしょうけど、その後はお仕事かしら?」
コニーがヤバイと判断したスザンナが保護者面談の段取りを始めてしまう。
「スー、あのね……ちょっと話を聞いて……」
コニーは阻止すべく説明しようとするが、周囲のどよめきで掻き消えた。
美貌の王子が、転んだ少女に手を差し出しているのだ。
「大丈夫か?」
「あっ……ありがとうございます!」
彼は現国王の第二王子であり、学園では生徒会長を務めるアーネストだ。
肩よりも少し長めのシルバーブロンドの髪は右に流し、意思の強そうな瞳はまるでサファイアのような輝きを放つ。まだ十四歳なので幼さは残るが、落ち着いていて大人な雰囲気もあり、自信に満ちて堂々とした姿は王族に相応しいものだろう。
二つ上の第一王子が先日卒業し、生徒会長を引き継いだ彼は、その業務をこなしながら勉学・武道に励み、人望もある人気者である。
そんなアーネストが見知らぬ美少女に駆け寄り、手を差し出している。その様がとても絵になり、人々の視線を集めているのだ。
──その様子を陰ながら、人一倍熱く見つめる少女がいた。
少女は王子の婚約者で、政略で結ばれたものであったが、彼女自身は王子を慕っている。
しかし、王子にその気はないため、手を繋いだことなどなかったのだ。それが、あの女は簡単にその手を取ることができる……。
少女はただの親切だと考えることが出来ず、激しい嫉妬の炎を燃やすのだった。
「コニー……あなた、本当に大丈夫?」
コニーはまたもや考えていることを口に出してしまっていたようで、スザンナがコニーを見る目は、かわいそうなものに向けられているかのようだった。
「……殿下って婚約者がいらしたかしら?」
「え……ええ。三年程前にオニキス侯爵家のパトリシア様との婚約が結ばれたはずよ」
さすが情報通のスザンナはすらすらとコニーの疑問に応えてくれる。
コニーは辺りを見渡して、その人を見つけた。
ふわふわの髪と同じ漆黒のドレスを身に纏い、琥珀色の瞳はキリッとしたつり目で、上品で大人っぽい美少女だ。
その少女が人垣の隙間からじっと食い入るように見つめる先には、王子と転んだピンクの髪の少女がいる。
「……パトリシア様だわ」
コニーの視線の先に気づいたスザンナは驚いたように呟く。やはり乙女ゲームによくある展開が起きているのだとコニーは胸をときめかせた。
「えっと……コニー、わかってたの?どういうこと?あなた、何を知っているの?」
一方、傍でコニーの妄想を聞いていて、目の前で起こる現実と一部一致することに戸惑いを隠せないスザンナは、またコニーの肩を揺さぶって問い詰めてくる。
「スー、待って。気持ち悪い……」
「コニー!」
そこに、コニーにとっては天の助けである、会場誘導の声がかかり、後程説明するとスザンナに約束し、入学式へ向かうことにした。