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アリサは目を覚ました僅か二日後には登校してきた。
一日はゆっくり療養し、二日目は警察や偉い人達と面談し、三日目に周囲が止めるのも聞かず登校したのだとか。
「これ以上授業に遅れたくない!」と強く願い出たそうだ。
さすが、ヒロイン。か弱い見た目と裏腹に意外と頑丈だ。
ぶつかられても、落とされても、薬を盛られても必ず復活するのだ。……ヒロインって大変。
そんなアリサは登校を許されたものの、隣にはべったりとノアが張り付いていて、一定の距離を保って彼女に付いてくる人達は目立たないようにしているが王家が派遣したであろう護衛が付いている。アリサに警戒心があるのか微妙だが、彼女の周囲は厳戒態勢だ。
ちなみに、アーネストとパトリシアは今日も登校していないようだ。アーネストは公務、パトリシアは体調不良との理由だ。
アリサが回復した今、コニーはパトリシアの様子の方が気になっている。パトリシアが本当に体調不良だとして、その理由は今回の事件にある、とコニーは確信している。オニキス侯爵家へ突撃してみるかとも考えるが、アリサの方へ行く時より阻止されそうだと思い留まるコニーだった。
──とにもかくにも、生死を彷徨った末に登校して辿り着いた教室において、アリサに声をかける生徒はいなかった。
内心、気にはしているようであるが。ある意味で最も彼女を気にかけていると言える貴族令嬢達も、ちらちらと様子を伺っているようだったが、やはり声をかけに行くことはない。
ちょっと……いや、大分可哀相な状況にアリサが置かれているのだと、コニーは改めて認識した。
「……おはようございます、ピスフルさん。お体はもうよろしいんですか?」
そんな遠巻きにされているアリサに、コニーは思い切って声をかけた。席が近いので挨拶くらいは普段からしていたので、何もおかしいことはない。
「ブラウン様……」
声をかけたコニーに、アリサは神妙な面持ちを向けてきた。
その反応に、何か間違えただろうかとコニーは不安を覚えながら相手の出方を待った。
「おはようございます。あの……放課後に少しお時間をいただけませんか?お話が……」
アリサが告げたのはコニーへの呼び出しだった。
乙女ゲームの登場人物からの呼び出しなんて、絶対何か起こるに決まっている。
呼び出す相手が攻略対象じゃなくて、私?アーヴィンと間違えてない?
……なんて、思考が乙女ゲームの方へ引っ張られそうになるが、アリサの様子から、真剣にコニーとの話があるということはわかる。
少し前のコニーならなるべく関わりにならないよう、なんとか言い訳を考え出して回避しただろうが、今なら呼び出しに応じるのは仕方ないと思える。もう既に関わってしまったのだから……。
「ノアから聞きました。ブラウン様が薬草を見つけてくれた、と。本当にありがとうございます!」
放課後、中庭にやって来たコニーを迎えたアリサは、深々と頭を下げて感謝を伝えてきた。
「……ぅえぇっとぉ……」
ノアからどのように聞いたのかわからないが、アリサはコニーを恩人と認識したようだ。
これは、恩人からの友人コースだろうか?
関わるのは仕方ないと踏ん切りをつけたコニーだが、ここまでがっつりの関わりは求めていない。陰から見守るタイプでお願いします。
「とりあえず、頭を上げてもらえませんか?」
苛めてるみたいで嫌なので、コニーはアリサに頭を上げるよう促す。
ノアとアーヴィン、少し離れたところで二人の様子を見守っているそれぞれの幼馴染みに、対面していきなり頭を下げるアリサ、下げられるコニーがどう見えているのやら。
互いの幼馴染みが心配だからって、何だか気まずいので付いて来ないでほしかった。
言われた通り頭を上げたアリサは、真剣な表情で話を続ける。
「それと、ごめんなさい!ブラウン様のことを誤解していました」
「……どういうこと?」
極力関わらないようにしていたのに、誤解させるような接触をしただろうか?……いや、したかも。
幼馴染みとの接触やら風紀委員の活動やら、コニーはなんだかんだアリサに近づいてしまっていた。
「私……入学からずっと貴族のお嬢様達から嫌がらせを受けているんです」
うん、ごめん。知ってる。
よっぽど悪質なものは防いだが、それ以外はほぼ傍観していたも同然なので、コニーは心の中でアリサに謝罪した。
「あの人達は、私が庶民の特待生だから……貴族を差し置いて成績が良いのも、生徒会で殿下を始めとする高貴な男性と近づくのも気に入らないって。伯爵令嬢のブラウン様も他のお嬢様と同じだと思っていました。だから、あなたの幼馴染みのガーネット様に対して、同じ生徒会にも関わらず、私を露骨に避けるように言い含めているのかと……」
……私、いつの間にか悪役令嬢ポジションになってた。
コニーはアリサの言葉に衝撃を受けた。
よりによって一番なりたくないポジションと勘違いされていた。全然ヒロインとのイベントをこなさないアーヴィンのせいだ。
そういえば、アリサからたまにこちらを探るような、警戒するような視線を向けられていたことをコニーは思い出した。
攻略対象とのイベントを邪魔されて睨まれていたのかもとも思ったが、違ったようで良かった。男に媚びまくり、女に対しては嫉妬して排除しようとするヒロインの乙女ゲームなんて嫌だもの。
──それにしても、危ないところだった。
このまま勘違いされた状態でクライマックスを迎えたら、悪役として断罪されていたかもしれない。
悪役と思われていたのはショックだが、誤解が解けただけ良しとしよう。
原因のアーヴィンを睨んだりしながら気持ちを持ち直したコニーに対して、アリサは改めて深々と頭を下げた。
「そんな私のために薬草を見つけて命を救ってくださって……ありがとうございます!このご恩は一生忘れません!!」
「いえ、私はここにあるんじゃないかなと思ったことをノアに伝えただけで……」
「それで私は命を救われたんです。だから、もしブラウン様に困ったことがあったらおっしゃってください。私にできることなら何でもします!」
顔を上げてまっすぐコニーを見るアリサの目は真剣だ。
やっぱり良い子だな、ヒロイン。
多少強引な気がするが、それくらいでないと話が進まないもんね。
強くて健気で、律儀で頑固。そのくせ不器用で……こういうところが攻略対象達が目が離せない、ほっとけないと思わせるのだろう。
コニーはふぅーっと息を吐いた。
これは断ったり、逃げる方が骨が折れそうだと諦めることにしたのだ。
「ではお願いというか……聞いてもいいですか?」
「何でしょう?」
「──あなたは、アーネスト殿下が好きなの?」




