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コンコン──ガチャ
「失礼しまーす」
ノックをしたのに返事を待たずにドアを開けて入って来たのは、ダントンの後輩マルクスだった。
ダントンと言いマルクスと言い、王太子の執務室で気安すぎないか?
「急ぎの報告はそのまま入って来たらいいって言われたので……」
「えっ!?」
「すごい怪訝な顔で見てこられたので、言いたいことはわかりますよ……どうも、長官のところのお嬢さん。また会いましたね」
マルクスはニコっと人の良さそうな笑みを向けた。ダントンが捻くれた先輩なら、マルクスはかわいい後輩キャラだ。
「急ぎの報告とは?」
すぐ横のエリオットの問いかけに、マルクスはキリッとした表情になり、背筋を伸ばした。
「お茶会にご出席の皆様にはとりあえず部屋を移っていただきました。従事していた使用人は厨房で既に身体検査を行っています。逃げた実行犯が証拠を持っていたのか、今のところ何も出て来ていません」
「そうか……今出来ることは限られている。この状況で騒ぎを大きくするのは得策ではない。客人は帰すしかないな。私から説明を……」
「エリオット!頼む!助けてくれ!!」
エリオットが指示を出す中、突然、乱暴にドアが開かれる。
部屋に駆け込んで来たのはリュカだった。その表情は見たことがないくらい必死で、動揺や不安の大きさが伝わってくる。
「お待ちください!殿下!」
後から追いついた警備を振り切ってきたようで、余程のことがあったようだ。
「妹が……!!」
リュカの切羽詰まった様子を見て、コニーの脳裏に青褪めて倒れるアリサが思い浮かぶ。
これがアーネスト攻略ルートで、パトリシアが悪役令嬢なら、危害を加えられるのはエリオットよりむしろ……。
「……アリサ・ピスフルが街中で意識不明で倒れていたそうだ。今は薬屋に運び込まれたらしいが……頼む!医師を……!彼女を診てほしい!!」
「落ち着け、リュカ」
エリオットは、訴えながら詰め寄るリュカの肩を叩いて宥める。
「クリス。とりあえず侍医と一緒に薬屋へ向かってくれ」
「承知しました」
クリスティアンはエリオットの指示で足早に部屋を出る。その際、ダントンとマルクスに目配せし、彼らも退室してしまった。
……私は残ってていいの?
コニーは座ったまま動けずにいた。誰にも何も言われず、兄に置いて行かれ、完全に立つタイミングを見失ってしまった。
「リュカ。落ち着いて説明してほしい。何故アリサ・ピスフルが倒れたと知っている?彼女に何があったんだ?」
エリオットはリュカを椅子に座らせながら促した。話が始まってしまったので、極力邪魔しないように居座るしかないとコニーは諦めた。それに、アリサのことも気になる。
先程のリュカの発言から、コニーは説明がなくても何となく察していた。
アリサが妹である確証がほしいリュカは、手の者に彼女を観察させていたのだ。
そして、エリオットが狙われた時を同じくして、彼女も命を狙われた。アーネストに近づくヒロインを排除したい悪役達に──
「……どうしても彼女を調べる必要があって、人を雇ったんだ。だけど尾行中に見失って、見つけた時には倒れていたって……聞こえて来た話だと毒に冒された症状があるようだ、と……」
待機中に報告を受けたリュカは居ても立っても居られず、高度な医療を受けられるようエリオットを頼ったのだ。
「近くの警察や病院には行ってないのか?」
「警察はわからないけど……私が雇った者の前に彼女の幼なじみが見つけて、薬屋に運んだんだ」
それはきっとノアのことだ。母親が元医者だから、薬品も充実している自分の実家の薬屋に運んだのだろう。
「ともかく、今は医師達に任せるしかない」
「……わかってる」
リュカは深い息を吐きながら項垂れた。アリサの容態は心配だが、まだ彼女との関係がはっきりしていない状況では駆けつけることもできない。心配だし、もどかしい気持ちなのだろう。
ヒロインである彼女がこんなところで命を落とすようなことはないと思っているコニーも、知り合いが毒を飲んで意識不明と聞いたら心配だ。もう少し早く予想していたら防げたかもしれないと後悔もある。ヒロインのことより、悪役令嬢のパトリシアと攻略対象であるエリオットのことばかり考えてしまっていたのだ。
……パトリシアの方ばかり同情していたが、アリサも可哀想な境遇ではある。
本当の父親はわからず、母を亡くしたばかり。ノアが心配していたように令嬢達には嫌がらせを受け、クラスでも浮いた存在のままだ。それでも勉強は真面目に取り組んでいるし、生徒会でも活躍し、実家の商会の手伝いもしている。時々、それはどうなのかと思う言動もあるが、貴族社会のことを知らないが故だ。
そんな苦労をしている彼女が、毒を飲まされるような事態に陥ってしまった。ゲームの展開ではよくあることかもしれないが、身近な人がそんな境遇にいると考えると気の毒でならない。人身売買の危機の時はすぐに気づいて防ぐことが出来たのに……。
パトリシアを気にかける余り、いつの間にかアリサを色眼鏡で見ていたかもしれない、とコニーは思い至った。
「リュカ。毒を飲んだとして、そんな状況になった心当たりは?誰かに狙われていた?先程、君は彼女のことを“妹”と呼んでいたな?」
気が気でない状態のリュカに対して、エリオットは容赦なく問い詰める。素早く状況を把握し、解決策を講じなければならない。少し可哀想な気もするが、仕方ないのだ。
リュカもそれをわかっているので、すぐに顔を上げた。
「……彼女……アリサ・ピスフルは……」
いよいよ、アリサの出生の秘密が明かされる──
「私の父……ディアラ国王の隠し子かもしれないんだ」




