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「お兄様、あの……」

「ここでは駄目だよ。殿下の部屋に着いてからね」


やらかしてしまったかもしれない状況を早くなんとかしようと歩きながら話し出そうとしたコニーだが、クリスティアンに止められた。

確かにこんな誰が聞いてるかわからない所でする話ではないのでコニーは黙って従うが、内心は言ってしまいたくてソワソワしていた。

エリオットが先導し、クリスティアンに肩を抱かれて歩く速度をもう少し早くしてほしいが、紳士な二人は女性のエスコートをしている状況で急くことはできないだろうなとコニーは思った。



エリオットの執務室に連れてこられたコニーは、そこで思わぬ人物と遭遇する。


「ダントンさん!?」


そこにいたのは、応接セットのソファにドカッと座るダントンだった。


「お嬢さん……こんなとこでも首を突っ込んでいるのか」

「……不可抗力です」

訝しげに見るダントンに、コニーはさっと目を逸らして言い訳した。


──この間はクリスティアンが困ったことにならないように尾行して、今回はエリオットを救おうとして声を上げたのだ。……うん、不可抗力。


しかし、何故クリスティアンの同僚の警察官がエリオットの執務室で寛いでいるのだろう?コニーは説明を求めてエリオットとクリスティアンを見た。

「先日から彼らにも私付きの護衛として色々動いてもらっているんだ」

「護衛という名の雑用ですよね」

にこやかなエリオットの説明に、ダントンが苦い顔でボヤいた。

「クリスティアンを怪しんでいるっていうから、近くで監視できるよう、同じように働いてもらっているだけだ」

「監視する暇もないくらいこき使っておいてよく言うよ」

「そんなことないだろ。現に今も休憩を容認してるし」

「休憩ねぇ……こっちは報告するために待機してるんですけど」

王子に対してもズケズケ言うダントンの態度に、コニーは感心すると同時に、不敬すぎるのではないかとハラハラする。エリオットがそんなことで処罰するような浅慮な人物ではないとわかってはいるが、ダントンがあまりにも気安く王子に接しているので不安になる。

クリスティアンも困ったように苦笑いしている。

「ダントンさん。妹も戸惑っていますので、その辺で」

「……お嬢さんを連れてきたってことは、彼女の前で報告して良いってことですよね」

ダントンがふーっと息を吐いて確認すると、それまで彼との会話を楽しんでいた様子のエリオットの表情も笑みは浮かべているが、真剣なものとなる。

「ああ。そのまま報告してくれ」

ダントンは立ち上がり、ピシッと背筋を伸ばしてエリオットに正対した。

「殿下のカップに何か仕込んでいた実行犯は泳がせていましたが、殿下がカップに口をつけなかったことで失敗したことに気づいて逃げてしまいました」

「逃したのか?」

「逃走を手引きする奴がいたんですよ。外務省がある辺りで失尾したんで、まあお察しください」

怪しい人物を外務省の辺りで見失った。──これは、きっと……間違いなく、オニキス侯爵家が関わっている。

おそらく、パトリシアの手引きで潜入又は買収された実行犯が、エリオットのカップに毒を仕込んだのだ。

しかし、それを予測していたエリオットはダントンに見張らせ、もしかしたらカップは安全なものに擦り替えたのかもしれない。そして、毒を口に含んだと見せかけて犯人達の様子を見ようと……。


「……私、余計なことしちゃった!?」


コニーがエリオットの口にカップが触れる前に止めてしまった。彼らの作戦を妨害したことになる。

「気にしないで、コニー。伝えていなかったのだから、仕方ない」

「コニーが止めに入ったことでわかったこともあるから大丈夫だよ」

「え。お嬢さんが邪魔したのか?実行犯が予想より早く逃げたのはそれでか……」

エリオットとクリスティアンはフォローしてくれるが、ダントンの呟きでコニーは自身のやらかしを突きつけられる。

「……ダントンさん、ちょっとこっちに」

「コニー、おいで」

コニーが俯いて落ち込んでいると、クリスティアンがダントンに声をかけて部屋の隅へ移動した。コニーはエリオットに誘導され、ソファに並んで座った。

「コニー、本当に気にしないで」

エリオットは声を落とし、コニーに顔を寄せて話し出す。唐突にエリオットの顔が間近に迫り、コニーは驚いて逃げそうになるが、エリオットに肩を掴んで阻止された。

「そもそも何か仕掛けられるかもしれないと気づけたのは、コニーが事前に予知して警戒していたからなんだ」

続けられた話の内容で、コニーはエリオットの行動がダントンに聞かれないよう配慮してのものだと気づいた。変に意識しないよう、コニーは軽く息を吐いて気持ちを落ち着けた。

「……でも、私は具体的なことは何も……」

「それが良かったのかもしれない。お陰で大きく構えられた。今日だって来るか来ないか確信がない状態で網を張っていたんだ。逃したのは私達が油断してたから……コニーのせいじゃない」

エリオットは俯いたコニーの頭をポンポンッと触れて、微笑みかけた。



……ああ。やっぱり好きだなぁ。



向けられた優しさと笑顔に、コニーがせっかく押さえつけようとしていた気持ちが出て来てしまった。

恋する乙女になる反面、“罪な王子だなぁ”と冷静に乙女ゲーム的分析してしまい、脳内が忙しいコニーだった。


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