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「……コニー?ねえ、コニーってば」


隣から腕をつつかれて、コニーははっと現実に戻って来た。


「大丈夫、コニー?」

「あ……うん」

王族席を見たままぼんやりしているコニーにアーヴィンが声をかけてきたのだ。

「ごめんね、何の話?」

アーヴィンは怪訝そうにしながらも、コニーに促されて話溜め息を吐いた。

「……あのお姫様、僕らが入学する前にエンダー学園に留学してたらしいよ」

「へぇ~、そうなんだ」

それはまた乙女ゲームのネタになりそうな情報だ。妄想モードに切り換わっているコニーは失恋うんぬんを忘れて、アーヴィンの話に食いついた。

「コニーって、全然世間のことに興味なかったもんね」

そう。前世らしきものを思い出す前のコニーは、母が社交界にトラウマがあるのか社交に積極的ではなく、必要最小限しか交流をしてこなかったので、世間の情報に疎い。コニー自身、お茶会に参加するよりも外で遊びたいタイプだったので、実は友達が少なかったりする。

アーヴィンは父親同士の仲が良かったので出会えて、スザンナは母親が参加した貴重なお茶会に同行して意気投合したのだ。

そのため、フィロメーナがエンダー学園に留学していたことも今聞いて初めて知った。聞いたことがあったとしても多分興味がなく、コニーの交流関係では話題に上がることがなかったので記憶に残らなかったのだ。


知っていたらお兄様に色々聞いたのに!帰ったら話をしなくっちゃ……!



「ブラウン伯爵令嬢、でしたね?」


コニーがクリスティアンから如何に情報収集するか考えていると、思わぬところからお声がかかった。


──フィロメーナの目がコニーに向いている。


「先程からあまりお話になっていないようだけど、何かお気に召しませんでしたか?」

藍色の瞳がじっとコニーを見据える。

睨まれてるわけでもないのに、美人に見つめられるとその眼力とオーラに畏敬の念を抱くと共に、頭が真っ白になってコニーは硬直してしまった。蛇に睨まれた蛙状態だ。

「申し訳ございません。妹は緊張しているようです」

「クリスティアン様……」

カチコチになっているコニーをクリスティアンがすかさずフォローした。

さっすがお兄様!とコニーが脳内で拍手喝采をしている間に、フィロメーナの興味はクリスティアンに移っていた。

「ご兄妹仲がよろしいのね」

「はい。かわいい妹です」

クリスティアンはふわっと笑みをコニーに向けた。兄のいつもの優しい笑みを見て安堵したコニーは、ようやく緊張を緩めることができた。

「羨ましいわ。うちの兄弟はそんなこと言ってくれないもの」

「照れているだけですよ。きっとフィロメーナ様のことを大切に思い、異国にいらっしゃる現状を案じておられますよ」

「そうかしら?」

緊張が緩みきったコニーは、クリスティアンが代わりに話してくれているのをいいことに、改めてフィロメーナを観察した。

本当に、絵画から出てきたかのように整った美女だ。他国の貴族とも卒なく会話をこなし、お茶を飲む所作も完璧。


こんな王女にも勝てるヒロインって……乙女ゲームってやっぱりすごいなとコニーは思った。


しかし、まともに戦ってもフィロメーナには勝てない。きっと妨害にあって、ヒロインがそれを乗り越えることでライバルにも勝てるのだ。

その妨害をしかける人物を考えた時、コニーは視線をパトリシアへ向けた。


……エリオットルートでも、パトリシアが悪役令嬢になってしまう気がする。



娘を王妃にしたいオニキス侯爵は、エリオットの失墜を虎視眈々と狙っている。──アーネストを王太子にするためだ。

パトリシアとエリオットを婚約させることが出来れば良かったが、上手くいかずに第二王子との婚約となってしまった。オニキス侯爵としては、アーネストの方が御し易いと感じるので結果的には良かった。エリオットを王太子の座から退けることが出来れば、アーネストが王太子となり、やがて国王となる。王妃の父としてアニューラス国の実権を握るというオニキス侯爵の目標は揺るぎなかった。

しかし、優秀なエリオットには隙がない。他国の王女と結婚してはますますその地位は盤石なものとなる。


オニキス侯爵は思う。

いっそのこと死んでくれれば、と……。



そこまで考えて、コニーははっとエリオットに目を向ける。


彼はちょうどカップに口をつけようとしているところで……。





「エリオット様!!待って……!!」




コニーは声を上げながら立ち上がった。勢いで椅子がひっくり返り、テーブルも揺れたが、おかげでエリオットの注意がコニーに向いて飲食を阻止できた。




エリオットの持つカップか中の紅茶か……どちらかはわからないが、毒が混入している可能性があるのだ。



口に触れるのを阻止できたのはいいが、さてどう説明しようかコニーが悩んでいると、エリオットはフッと笑って、カップをソーサーに戻した。


「クリス。コンスタンティン嬢と一緒に来てくれ」

「承知しました」

クリスティアンはさっと立ち上がるとコニーの肩を抱いて促した。倒した椅子は使用人に任せる。

申し訳なく思いながらコニーが周りに目をやると、皆が訝しげにコニーを見ている中、パトリシアだけが俯いて表情が伺えなかった。



……ああ、やっぱりそうなんですね。パティ……。



コニーは悲しく思いながら、クリスティアンと共にエリオットの後に続いてその場を後にするのだった。


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