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今回のようなパーティーは、王族と貴族の交流を深めるためもので、年に数回開かれる。
──きらびやかな会場に、豪勢な食事。美しい音楽が奏でられ、着飾った人々が歓談している。
アニューラス国の繁栄を示すかのような会場だ。
「今宵も集まってもらった諸君に感謝申し上げる」
きらびやかな会場に国王の声が響き渡る。
玉座にいるアニューラス国の王は、エリオットとよく似た風貌の美しい男性だ。数十年先のエリオットを見ているようだ。
威厳たっぷりに貴族達を見下ろし、堂々と話す様は、さすが王者の風格だ。
その後ろには王妃と王子が控えているが、そこにもう一人、見知らぬ人物が立っていた。
「さて、乾杯の前にこの方を紹介させてもらいたい」
国王に促され、豪華な衣装を纏った女性が前に出る。
前髪以外を左側に寄せ、長い薄紫色の髪を肩から垂らしていて、色気のある大人な雰囲気だ。きりっと整った眉に、堂々と前を見据える藍色の瞳。かわいらしいというより美人という印象で、凛とした佇まいだ。年頃はエリオットと同じくらいで、まだ少女とも言えるくらいだろう。
「ゼルビア国のフィロメーナ王女だ。彼女には賓客として王宮に滞在していただく。皆も是非彼女と交流してほしい」
「ご紹介に預かりました、ゼルビア国第一王女のフィロメーナです。どうぞよろしくお願いいたします」
優雅に微笑む王女に、貴族達が歓迎の拍手を贈る。
──彼女がエリオットの婚約者。美人で王族、気品もあって、年もエリオットと同じくらいで……とてもお似合いだ。
予想はしていた。自覚したばかりなので何かを期待していたわけでもない。
しかし、実際に目にするとショックを受けるものだなとコニーは思った。冷静な自分はいるが、動揺もしている。
コニーの乙女ゲーム的展開予想を披露した時、エリオットとクリスティアンは感心していた。
『すごいな、コニー』
『そこまで予想できるのか』
エリオットの婚約者についての今後も言ってみたのだが、エリオットからは実際のところどうなのか、どういう婚約者なのか教えてもらえることはなかった。あえてコニーからも聞きたくなかった。
聞いたり見たりしたら、好きな人にお相手いると受け入れざるを得なくなる。
ほんのささやかな抵抗で、効果もほとんどなかった。
……だって、エリオット様は否定しなかった。
そして、結局、こうして宴で多くの証言者と共に目にすることになったのだ。
現実逃避をしたくて、コニーはヒロインを追うことにした。乙女ゲームを楽しもう。
──案の定、給仕をしていたアリサは、アーネストに声をかけられ、こっそりと会場を抜け出そうとしていた。
国王の挨拶が終わり、本格的にパーティーが始まったところで、アーネストはすぐにアリサの元へ向かった。
王族は別で入場することになっていたので、婚約者のエスコートがなかった。王族としての務めがあるのでそれは仕方がない。しかし、その務めから離れるのならば、まずは婚約者のところへ行くべきだろうとツッコミを入れたくなる。同じ会場にいるのに、婚約者をほったらかしなんてあり得ない。
婚約者の代わりに家族と入場していたパトリシアは、開宴後にはきっとアーネストが来てくれると思っていただろうに……。
ともあれ、これで恋愛イベントが発生しそうなので、コニーは適度に距離を取って、アリサ達の後を追った。
一緒にいたクリスティアンは友人に声をかけられ、コニーからしばらく離れるので、今がチャンスだ。ゆっくりイベントを見ることができる。クリスティアンからは別入場した両親と合流するよう言われたが、乙女ゲームに気を取られたコニーは聞いていなかった。
対象や知り合いに見つからないようこっそり後をつけるコニーは、途中で彼らと別の方向へ向かった。バルコニーに出て、アリサとアーネストが庭に出るのを上から覗き見するのだ。
コニーは都合よく誰もいないバルコニーに辿り着く。パーティーが始まったばかりで抜け出す人は早々いないので、必然的かもしれないが。
そうしてコニーが手摺に手をかけたところで、ふと人の気配を感じる。振り返ったコニーの心臓が跳び跳ねた。
──そこにいたのは、パトリシアだったのだ。
彼女もアーネスト達の後をつけてきたのだろう。
アーネストがまたアリサといる状況で、パトリシアは怒りや悲しみの表情ではなく、ただ静かに、感情の読めない顔でこちらに近づいて来る。
コニーが戸惑って硬直している間に、パトリシアは隣に並び、同じように庭を見下ろした。
「……これはただの独り言よ」
二人が庭園に消えていくのを眺めながら、パトリシアがぽつりぽつりと語り出す。
「王族の伴侶となる者は色々なことが求められる。下手な者を選べば、災いの種となる。だから、幼い頃は釣り合いの取れる貴族や他国の子女とのみ交流し、その中から婚約者が選ばれるの。そして、その婚約は交流の幅が広がる学園に入る前に結ばれる」
婚約発表や結婚した後にとんでもない相手だとわかったら取り返しがつかない。ゆいの世界でも王族の結婚トラブルについて聞いた記憶がある。厳選された中から相手を選べるようにするのは、合理的で安全な策だと思う。
突然そんな話をされて困惑しながらも、コニーは大人しく話を聞いて考察していた。
「私も幼い頃から王族に侍る者として選ばれ、アーネスト様達と交流してきたわ。……だから、きっと私が王子妃になる。思い続けて、本当にそうなったのよ」
パトリシアはそう言ってふぅっと息を吐いた。
「……婚約者に選んでおいて、学園で好みの子を見つけたからって簡単にそっちにいくなんて酷いと思わない?」
コニーの方を向いたパトリシアは達観した表情であったが、その目からはハラハラと涙が溢れていた。




