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クリスティアンがトーマスと接触したその日、クリスティアンは夜遅くまで帰って来ることはなく、コニーが彼と落ち着いて話を出来たのは明くる日の馬車の中だった。


「何でまたあの方に会っちゃうんですか!忠告しましたよね!」


二人きりの車内なので、コニーは単刀直入に遠慮なく声を上げた。


「見てたんだね……何となく、尾行されている気はしたけど」

「あ、それはダントンさんかと……」

コニーは二人が別れる直前くらいに急いで追いかけたので、クリスティアンが尾行を感じ取っていたのならダントンのことだろう。

「ダントンさん?」

「……あ」

コニーは言ってしまってから、口止めされていたことを思い出した。言ってしまったものは仕方がないし、初対面のダントンにそこまで義理立てすることもないかと思い直し、コニーはこの際愚痴を言うことにした。

「お兄様の職場の先輩、お兄様をつけてたばかりか、私を質問攻めして、お兄様を疑っているんです!」

「うん。ちゃんと聞くから、落ち着いて話してくれるかな?」

「疑うのはしょうがない!しょうがないけど……」

「コニー、聞いてる?」

「ガサツだけど意外に真面目で有能な刑事とかずるい!かっこいい!唐突にあんな美味しいキャラクター出すとか、演出が憎い!!」

「コニー、落ち着きなさい」

興奮する妹に、クリスティアンの声が低くなる。普段優しい兄だけにそのトーンが怖くなり、コニーは唇をきゅっと結んだ。

「ダントンさんは、何を疑っているって?」

「お兄様がエリオット様の身辺警護強化を進言したり、犯罪組織の犯行を予想したりするので、悪い人達と繋がりがあるんじゃないかと疑っているそうです」

「ああ……」

大人しくなったコニーの説明に、クリスティアンも納得した。疑われても仕方がないかもしれない、と。

「コニーはダントンさんにどういう話をしたの?」


馬車までの道すがら、ダントンはよく喋った。


──兄とは仲が良いのか?

  家ではどんなことを話す?

  トーマス・ディーチ以外に悪そうな交友関係はないか?

  恋人は?


もちろん、コニーは知らない、よくわからないと適当に受け流したが、あの空間の何と居心地の悪かったことか。ダントンはじとっと胡乱な目で、マルクスは興味津々にコニーを見つめていたのだ。コニーは早歩きで馬車に向かいたかったが、付き添ってくれるダントン達の歩調がそれを許さず、その時間はコニーの気持ちも反映し、非常に長く感じた。

クリスティアンは暫く考え込んだかと思うと、ふうっと息を吐いた。

「わかった。ダントンさんは何とかしてみる」

「それはそうと、お兄様。私の質問にも答えてくれますか?」

兄が通常通りなったのを見計らい、コニーは気を取り直して問い質すことにした。

「何でまたトーマスと会ったんですか?」

コニーの問いに、クリスティアンは苦笑いして答えた。




『クリス!久しぶりだな!』

仕事で市街地を歩いていたクリスティアンは、後方からやって来た人物に声をかけられた。それは、コニーに危害を加えられそうになって以来連絡を絶っていた、学友のトーマスだった。

『なあ、クリス。半年前のこと、まだ怒ってるのか?悪かったって。お前の妹に手を出そうとするなんて、どうかしてた』

トーマスは困った様子で笑みを浮かべて謝罪してきた。クリスティアンは彼と関わらないようにしていたが、正面から堂々と来られて、どうしたらいいか揺れていた。

『……用件は?』

『そんなツンケンするなよ。お前らしくない』

戸惑いから声や態度が強張るクリスティアンに、トーマスはにっと悪戯っぽい笑みを見せる。それが学生の頃から変わらず、クリスティアンは少し緊張を緩めた。




──誰のせいだと思っているんだ!

コニーが猫だったなら、毛を逆立てて牙を向いていただろう。クリスティアンの話を聞きながら、コニーは気が立っていた。




『まずはお前に謝りたかったのと……その……前に借りてた金も返していない状態で言いにくいんだが、頼みがあって……』




続くトーマスの言葉に、コニーは衝撃を受けた。


「あ……あいつ、踏み倒してたの!?」


クリスティアンに今までトーマスに貸していたお金をどうしたのか敢えて聞いたことがなかったが、まさか返してもらっていないとは思わなかった。きっとクリスティアンのことだ。強く請求することがなく、トーマスもそれをわかっていてしれっと今日まで返しに来なかったのだ。


「トーマス曰く、父親が他所で子ども作っていたみたいで……愛人の方はもう亡くなっていて、その子どもが奉公先で苦労してるみたいなんだって」

「そんなの……有り得そうですけど、トーマスが言うなら嘘に決まってます!」

数ある創作でそんな展開をよく見たコニーだが、トーマスに限ってそんな苦労が起こるとは思えなかった。きっぱり言い切るコニーに、クリスティアンは苦笑いだ。

「でも、本当に困っているかも……」

「とにかく!もうトーマスには会わないでください!お金とか何かしらの支援もダメです!本当に必要なら、然るべき機関に問い合わせるべきで、お兄様が無理をすることではありません!」

「……そ……うだね。わかった」

コニーの勢いと真っ当な意見に圧されるクリスティアンは、いつになく妹を頼もしく感じた。



「ところで、コニー。今日は何が起こるか、わかるかい?」

ふうっと息を吐き、トーマスの話が一段落したところでクリスティアンがコニーに問いかける。

今、コニーとクリスティアンは正装で馬車に乗り込んでいる。

向かう先は王宮──王族主催の宴が開かれるのだ。


「……乙女ゲームの気配がビンビンしますね」


コニーはキリッと真面目な顔をして、招待があった時から妄想していた展開を披露することにした。



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