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「あいつはトーマス・ディーチ。財務省に勤めるディーチ子爵の息子だ」
ダントンがトーマスを睨むコニーに紹介してくれる。
そうか、フルネームはトーマス・ディーチというのか。父親が悪役令嬢の父親の部下……。親子で悪いことをする未来しかコニーは思い浮かばなかった。悪の大ボスの手足になり、用済みになったらバッサリ切り捨てられそうだ。
「なかなか証拠を掴めないが、裏じゃ結構悪さしてると噂のある奴だ。父親含めてな」
「兄も以前被害にあっていたんですけど……何で今一緒にいるのかしら?」
トーマスの噂については疑っていたので驚きはしないが、何故今更クリスティアンと会っているのだろう?半年程前にお金を貸してほしいという頼みをきっぱり断って以降、付き合いはないと思っていたが、コニーの知らないところでまだ会っていたとは……。
これは、トーマス絡みでトラブルが起きて、クリスティアンとヒロインの仲が進展するイベントが起こる予兆なのでは?
コニーはそう推測した。
クリスティアンの同情を引き、最近彼が気になっている女の子──ヒロイン共々、ゴロツキに襲わせたトーマス。
『トーマス……あの話は嘘だったのか?』
『あははっ!ばーか!ほんと、お人好しだな!お前にこけにされた仕返しだっての!』
『クリスティアン様!』
トーマスはヒロインを盾に、クリスティアンに反撃を許さず、暴行を加える。
絶体絶命のピンチ。クリスティアンは自分のせいで彼女を巻き込んだことを後悔しながらヒロインを見る。彼女の目から涙が溢れた。
それを見た瞬間、クリスティアンは思った。──彼女だけは、何があっても守らなければ、と。
……うん。それでお兄様が遠慮なしの反撃が始まって、敵が呆気にとられている間に一気に形勢逆転するのね!お兄様、素敵!
それにしてもトーマス、許すまじ。私が殴ってやりたいわ!
コニーは自身の妄想でトーマスに対する苛立ちが増し、脳内で二、三発平手打ちをお見舞いするのだった。
コニーが妄想に浸っている間も、ダントンは真面目にクリスティアン達を観察していた。
「もう少し近づかないと、何を話しているかわからないな」
「先輩!ここにいたんですか!」
先を歩くクリスティアン達の後についていこうと物陰から道に戻った瞬間、目の前に一人の青年が立ち塞がった。
「ちっ……見つかったか」
「ほら、今日の見回りは終わったので、戻って報告書を書かないと!」
「はいはい」
クリーム色のさらさらの髪に緑色のくりっとした瞳で、かわいらしい感じだが、キリッと真面目な表情でダントンに詰め寄る様子はかっこよくもある。格好は街中に紛れるような普通のシャツとズボンで一般人に見えるが、言動から警察の関係者だろう。
「あー……ちょうどお友達とは別れたみたいだな」
ダントンは青年の向こうに目をやり呟く。どうやらクリスティアンはトーマスと別れて、今は一人のようだ。
「今日はここまでにしておくか。お嬢さん、俺達があいつを尾行していたことは内緒でな」
「さりげなく俺を共犯にしないでくださいよ!」
青年はビシッと言い放つと、ダントンとコニーを見比べる。
「ってか、尾行?何してるんですか?このお嬢さんは?内容によっては先輩を逮捕しますよ」
「おおぅ……何気に辛辣だよな、お前」
ダントンと後輩らしい青年のやりとりに、コニーはクスリと笑みを溢した。
だらしないけど切れ者の刑事と、かわいくてしっかりものの後輩のでこぼこコンビ……よくあるパターンね。
「大丈夫ですか?お嬢さん、この人に変なことされてませんか?」
妄想に入りかけたコニーに、青年が心配そうに声をかける。わざわざ屈んでコニーの目線に合わせてくれる好青年だ。
「変なことって何だよ」
「ガサツですけど、決して悪い人ではないですからね」
「貶してるのか擁護してるのかどっちだよ」
ダントンは溜め息を吐いて、コニーと青年の間に割って入る。
「このお嬢さんは長官の娘だよ。俺と同じく、息子の方を追ってたからたまたま合流しただけだ」
「……ってことは、クリスティアンくんの妹だ。いつもお父さんとお兄さんにお世話になってます。マルクス・メルルです」
丁寧に自己紹介をしてくれた青年ことマルクスに、コニーも内心慌てながら平静を装ってお辞儀をした。
「コンスタンティン・ブラウンです。こちらこそ、父と兄がお世話になってます」
「あ、こっちの人はちゃんと自己紹介しました?お兄さんとも同じ部署のアリ……」
「マルクス!余計なこと言うな」
マルクスの言葉をダントンが遮る。おそらく彼の紹介をしてくれようとしたのだろうが、ダントンは何故か焦っている。
「そんな気にしなくていいですってば。アリスティドって親御さんから貰った立派な名前でしょう?」
「だから、その女みたいな名前を言うな!お前のこともメルルって呼ぶぞ!」
「うちの家名が何か?」
なるほど、彼のフルネームはアリスティド・ダントン。愛称を付けるとしたらアリスという女性に付けるのが一般的なものが上がるだろう。そのため、彼にとってはあまり好ましくない名前のようだ。
対照的に、マルクスはかわいらしい響きの家名でも全く気にしていないようだ。
「えーと……事情はお察ししました。引き続き、ダントンさんとお呼びしますね」
「……物分かりのいいお嬢さんで助かるよ」
ダントンはフーッと深い息を吐いた。何だか溜め息ばかりで幸せが逃げそうだ。
「さて、お嬢さん。馬車か従者と来たんだろう?そこまで送らせてもらおうか」
飛び出した時は何も考えていなかったが、たしかに、コニー一人で彷徨くのは色々と問題だ。コニーはダントンの申し出を有り難く受けることにした。
「送りがてら、今日のことを長官達に黙ってる代わりに、色々話聞かせてくれ」
ニヤリと悪そうな顔で笑うダントンに、しくじったかもしれないと思うコニーだった。




