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「まあまあ!コニーちゃん、よく来てくれたわね!」
とある週末、コニーは予てからの約束を果たすため、ガーネット公爵邸にやって来た。
出迎えたガーネット公爵夫人は相変わらずの美貌のだが、少しやつれたように見える。アーヴィンに聞いていた通り体調を崩してしまっていた様子がありながらも、彼女は輝かんばかりの笑顔を見せると、コニーの手を取り、さっそく中へと引き入れる。
「先日はアーヴィンと一緒に私への贈り物を選んでくれたんですって?どうもありがとう。とても良い香りの茶葉だったわ」
「喜んでいただけて良かったです。今日はその茶葉に合うかと思って、お菓子を用意して来ました」
「まあ……ありがとう。でも、気を遣わなくて良かったのよ?」
「いえ。ほんの気持ちですから」
「嬉しいわ。コニーちゃんは、本当に良い子ね」
歩きながら話しかけてくる公爵夫人に、コニーはにこやかに対応した。ガーネット公爵夫人と一緒に出迎えていたアーヴィンは二人に取り残され、ぽかんとした様子で呟いた。
「……あんなにはしゃぐ母上は久しぶりに見た」
状況を飲み込んだアーヴィンは慌てて二人の後を追い、コニーの隣に並ぶ。
「ありがとう、コニー」
コニーにこそっと耳打ちしたアーヴィンもまた嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。
コニーはテラスへと案内され、お茶やお菓子のおもてなしを受けた。
ガーネット公爵夫人は楽しそうにコニーとお喋りをして、アーヴィンはその様子を横で嬉しそうに眺めている。
以前からアーヴィンの引きこもりを解消したことに感謝してか、ガーネット公爵夫人はコニーのことを気に入っていた。塞ぎ混んでいると聞いていた夫人が、お気に入りのコニーと過ごすことでこんなに元気になってくれるのなら、もっと早く、頻繁に遊びに来れば良かったなとコニーは少し後悔していた。
「前から主人には訴えているのだけど……」
会話の最中、夫人がにこやかに切り出した。
「コニーちゃん、うちの子にならない?」
夫人の発言に、コニーとアーヴィンは揃ってきょとんと首を傾げた。養子に迎えたいということだろうか?それとも、スザンナから小型犬に例えるコニーなので……まさか、ペットにしたいとか?
「単刀直入に言うと、アーヴィンのお嫁さんになってくれない?」
アーヴィンは「うぐっ」と噎せてしまい、コニーはぽかんと口を開けて呆気にとられた。
「母上!!」
「あら、いいじゃない。あなたと仲良くできる女の子なんて貴重なんだし、下手な子と結婚するより断然良いでしょ」
「それはそうだけど……!」
「もう婚約者が決まっていてもおかしくない年齢なんだし、家柄や相性的にも申し分ないと思うの。ね?コニーちゃんのこと、好きでしょ?」
「すっ……!?」
アーヴィンと公爵夫人が押し問答しているが、コニーの耳には全く入ってこなかった。
コニーは他人の恋愛は色々妄想するのに、自分の恋愛は考えたことのないお子様だ。急に自分の恋愛をすっ飛ばして結婚の話が出て、どうしたら良いかわからなかった。
これ、ヒロインが言われるやつ?なんて、コニーは現実逃避してしまっていた。
それでも、もし自分が恋をするなら……。
コニーの脳裏で黄金の髪が揺れる。
爽やかな心地よい声でコニーを呼ぶ彼は──
「ねえ、コニー!」
アーヴィンの自分を呼ぶ声で、コニーははっと現実に戻ってきた。
「ええと……ごめん。驚いて、混乱してて……」
アーヴィンと公爵夫人は自分を見て意見を求めているようだが、考え事をしていて何を聞かれているのかわからないコニーは戸惑った。たしか、アーヴィンのお嫁さんがどうのこうの……。
「お……お嫁さんなんて!冗談が過ぎますよ、夫人!」
幼い頃から知っていて気安いので、軽い気持ちで言ったのだろうと判断したコニーは、明るく笑って公爵夫人に言葉を返した。
すると今度は夫人がきょとんと目を丸くし、アーヴィンは苦虫を噛み潰したような顔になった。そして溜め息を吐くと、キッと公爵夫人を睨んだ。
「……とにかく、コニーに変なこと言わないでね、母上!」
そう主張したアーヴィンの様子に、公爵夫人はクスクスと笑い声を漏らすのだった。
夫人の体調が気がかりなのであまり長居することは憚れ、コニーは一時間程の滞在でガーネット公爵邸を後にすることにした。
帰りの馬車の中、コニーはぼんやり街の景色を眺めながら考える。
──私、恋愛とか結婚とか、自分のこととして考えてなかったなぁ……。
コニーも貴族の令嬢として、いずれは然るべき相手と結婚することになる。
しかし、この国は恋愛結婚も珍しくない。現にコニーのところやアーヴィンの両親も恋愛結婚と聞いている。
なので、コニーだけではなく、クリスティアンも親から婚約者を決められたりはしていない。
そういえば、アーネストは政略でパトリシアと婚約しているようだが、その兄である王太子のエリオットはどうなっているのだろう?
第二王子の婚約が決まっていて、第一王子が決まっていないのはあり得ない。当然、誰かと婚約していることだろう。
……どんな人なんだろう?エリオット様とその人は両想いなのかな?
考えれば考える程、コニーは悶々とした気持ちになっていった。
このまま考えていても気分は晴れないと思ったコニーは、窓の外の景色を注視することにした。
すると、気分を変えようと目をやった先で、コニーはよく知る人物を見つけた。──兄のクリスティアンだ。
彼は一人ではなく、誰かと一緒にいた。その人物の正体に気づいたコニーは、馬車の中であるにも関わらず、思わず立ち上がって天井に頭をぶつけてしまう。
「いっ……と、止めて!馬車、止めて!!」
痛みに呻きながらもコニーは、突然の鈍い音に驚いたであろう御者に向かって叫ぶのだった。




