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『アーネスト様は私の婚約者なのに……あの女、許さない!』
コニーの脳内には、過激化する悪役令嬢の様々な嫌がらせが浮かんでいた。
私物を壊したり、道で突き飛ばしたり、更には悪役令嬢が手を回した悪そうな人達がヒロインに絡んだり、誘拐を企んだり……。
さすがに、そんな危ない目に遭わせるのは忍びない。
かと言って、コニーが現場に乗り込んだところで何かできるはずもなく、逆に状況が悪化しかねない。
──そこで、コニーは考えた。
「お兄様。ご相談が……」
「もうちょっと早く相談してほしかったけど……何だい、コニー?」
コニーは無難に、警察関係者でもある兄のクリスティアンに相談することにした。今の今まで一人で突き進んでいた妹が、神妙に顔を寄せる様子に、クリスティアンは苦笑するのだった。
「あれ、エリオット?いつの間に来たの?」
アリサを見ていたリュカは、近づいて来たエリオットに気づき、視線をそちらへ移した。
「今来たところ。コニーと仲良くなったみたいだな」
「コニー……ティナのこと?うん、仲良しだよ!」
ニコニコと嬉しそうに言いながら、リュカはコニーの手を掴まえた。クリスティアンとの話の途中で突然手を握られ、体を引っ張られたコニーは、何が起こったのかわからず、困惑して何も出来ずにされるがままだった。
「こんなかわいい女の子、もっと早く紹介してよ」
リュカのもう片方の手はコニーの肩に置かれ、コニーはリュカに後ろから覆われるような形になっていた。
「──さて、茶会の開始時刻が迫ってきたことだし、移動しようか。リュカも少し早いが、一緒に行こう」
対面するエリオットは、リュカの言葉をスルッと無視して、パンッと手を叩いて話を変えた。この状況をエリオットがどう思っているのか、表情からは読み取れない。笑顔ではあるが、それが張り付けたものであるとコニーは直感で感じていた。……大人の駆け引きっぽくて何だか怖い。何故自分が巻き込まれているのかもわからず、コニーは困惑するばかりだった。
「パトリシア嬢も行こうか」
エリオットが声をかけるが、パトリシアはまだ心ここにあらずといった様子で、視線が合わない。いつの間にかアリサ達は庭からいなくなったようだが、パトリシアはまっすぐそこを見つめていた。
「パトリシア嬢?」
「……申し訳、ございません」
エリオットが視線を遮るように正面に立ったことで、ようやくパトリシアは彼に気づいた。淑女教育が行き届いた彼女には珍しく、動揺が隠しきれていないようだ。
これは本当に、いよいよ、まずい。コニーはパトリシアの様子にそう確信し、お茶会が終わればすぐクリスティアンに相談しようと決意するのだった。
「こちらは、ディアラ国第二王子のリュカ殿です」
「よろしく」
リュカはやはり高貴な身分で、隣国の王子様だった。エリオットからお茶会で紹介され、ニコッと愛想を振り撒いている。
そんなリュカにそのままエスコートされてお茶会にやって来たコニーは、居心地が悪かった。他の出席者から何故あなたは王子にエスコートされてるの?と疑問から来る色々な感情で見られているからだ。何故、と言うのはコニー自身も疑問に思っている。
ようやくリュカの手が離れたのは、用意された席に座る時だった。
「コニー!何で隣国の王子と一緒なの!?」
「……私が聞きたい」
お茶会に招待され、コニーとは別々に来たアーヴィンが、お怒りの様子で詰め寄って来た。さながら、飼い主に構ってもらえず、キャンキャン吠える小型犬のようだ。あいにく、コニーは彼の求める答えを持っておらず、疲れたので出来ればそっとしておいてほしかった。
そんな状況もあったが、お茶会は和やかに終わった。悪役令嬢であるパトリシアも不気味な程穏やかで、まるで、嵐の前の静けさだとコニーは感じたのだった。
「アリサが王宮に行ったらしい」
「うん、知ってる」
明くる日の放課後、定期連絡で最近のアリサの様子について話していると、ノアがコソッと声を落としてコニーに秘密を打ち明けるようにを言った。しかし、コニーはその情報はとっくに知っていて、何なら現場を目撃していた。
「なぁんだ。内緒で行ってきたって言ってたのに、コニー様はお見通しかぁ」
「いやいや。堂々と王宮の庭を歩いてたけど、あれ、内緒だったの?」
確かに誰もいない時間帯のようだったが、別に隠れている様子はなかった。現にコニーやリュカ、他数名に目撃されている。それに、一緒にいたのは王子だ。護衛や使用人が付いていただろうし、彼女が王宮でアーネストと一緒にいたことはあっという間に広まってしまうだろう。
それでどうか、コニーが隣国の王子にエスコートされた件は忘れてほしい。リュカが編入してくるのは明日なので、それまでお茶会の出席者は彼のことを秘密にするよう指示されている。エリオットに厳選された人達なので口は堅いだろうが、解禁された途端にコニーのことまで話を広められたら、どんな目に遭うか想像するのが怖い……。
……ともかく、ヒロインはアーネストルートを驀進中のようだ。一つのルートを選んでも、ある程度までは他のルートへ進むイベントが発生するし、他のルートのイベントを一部こなさないと進みたいルートの道が開かなかったりするのが乙女ゲームだ。まだまだコニーが楽しむ余地はある。
まずは悪役令嬢からの嫌がらせよね。王子兄弟の確執とかも?あ、幼馴染みが嫉妬したりとかもあるかしら?
「コニー様?」
コニーは今後の展開を予想しそうになるが、ノアの手前ぐっと堪えるのだった。




