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「……お庭、どこ?」


初めて来た場所で、しかもこれだけ広かったら迷子になるわよねー。……なんて明るく自分を励ましながら、コニーは困り果てていた。

長い廊下の真ん中で少女がポツリと立ち尽くす様子は、さぞ同情を引くだろうが、如何せん、人影がない。たまたま人通りの少ない廊下に出てしまったようだ。それでも見回りの警備員やら掃除をする使用人やらがいそうものだが、きっと今日は皇太子主催のお茶会準備で忙しいのだろう。

このまま進んでも目的地に辿り着けるかわからない。中庭は最初に案内された場所だから行けると思ったのにな、とコニーはしょんぼりしながら、仕方なく来た道を戻ることにした。

「ええっと……ここの角を曲がって、少し進んで右……だったかしら?」


「君は、もしかして迷子?」


コニーがキョロキョロと挙動不審に歩いていると、背後から男性に声をかけられた。振り向くと、コニーと同じか少し年上くらいの少年がいた。

……この人が乙女ゲームの留学生キャラだ。コニーは一目見た瞬間、確信した。

背中まで届くオレンジ色の髪はサラサラと揺れ、エメラルド色の瞳はキラキラと輝いている。簡素だが質の良さそうな白色の長い生地を体の前で重ねて、幅のある帯で帯締める衣装は、ゆいが知る着物を思わせるが、裾が太もも辺りまでで、その下にタイトなズボンをはいている。これは、あれだ。某宇宙戦争で活躍するとっても強い剣士みたいな……。とにかく、この国の衣装ではない。

そんな異国の服を着た端正な顔立ちの少年は、コニーを興味深そうに見ている。

「どこに行くの?私が案内するよ?」

「えっと……」

彼にはこれからヒロインを見つけるという重要なイベントが待っているはずだ。ということは、コニーが案内役となるのだろうか。道筋がわからないのに……。

「……庭に行きたいんです」

「そっか。じゃあ、こっちへおいで……あっ!私はリュカ。怪しい人じゃないからね」

「コンスタンティンと申します。よろしくお願いします」

見ず知らずの人についていくと家族に怒られそうだが、コニーはこの少年が乙女ゲームの登場人物と確信しているので、警戒心が全くなかった。逆に少年が気を遣うくらいだ。それに、佇まいや纏っているものから高貴な身分の人だとわかる。だから王宮で自由にできるのだ。ここにアニューラス国での住まいが用意されているのだろう。

コニーは少年改めリュカの言葉に甘えて、庭への道の案内をお願いすることにした。というか、むしろリュカに庭へ行ってほしいので、上手く誘導出来たとコニーは内心ほくそ笑むのだった。



「コンスタンティン……ティナって呼んでいい?」

道すがら、リュカはコニーに親しげに話しかけてきた。あまり呼ばれたことのない愛称に、コニーはむず痒く感じた。

「えっと……みんなからは、コニーと呼ばれてて……」

「じゃあ、私だけ特別だ!ティナとリュカ、響きが似てるでしょ!」

にっこりと眩しい笑顔で押しきられ、コニーに新しい呼び名が出来た。

「ティナは王子達の友達?今日は遊びに来たの?」

「兄がエリオット殿下の同級生ですけど……今日は殿下にお茶会へご招待いただきました」

「へぇ、お兄さんがいるんだ。ティナみたいなかわいい妹がいてうらやましい!」

リュカは社交的で、初対面の人にも友好的なようだ。乙女ゲーム的にはっきり言うと、ナンパなキャラなのだろう。

その後もことあるごとに褒められて、コニーはそういうキャラだからと言い聞かせながらも、気恥ずかしくて顔に熱が集中してしまうのだった。




──庭では案の定、アリサとアーネストが散策していた。コニーがいる回廊からもその様子が見えてきた。そして、隣のリュカの歩みが止まったことにコニーは気づいた。

その視線は二人──いや、アリサ一人にまっすぐ向けられていた。


「まさか、あれは……」


リュカの呟きで、イベントが上手く発生したと思ったコニーは満足してこっそり笑みを溢す。

驚きで真ん丸になった瞳が溢れ落ちそうで、本当に宝石みたいだなぁとリュカを観察しながら考える。

驚きからしばらくして、リュカの表情が喜びへ変わったので、コニーは庭の方へ目をやった。アリサがこちらを──リュカを見ているのだ。


「やっと見つけた。私の……妹」


わぉ!ここでネタバレ!!ヒロインや乙女ゲームの画面越しでは聞き取れなかった呟きが、間近にいたらはっきり聞こえてしまった!


微笑みを浮かべたまま黙って成り行きを見守るコニーの内心は、身悶え、歓喜の声を上げる興奮状態だ。

ヒロインが実は隣国の王族や貴族の娘だとわかり、高貴な身分の攻略対象と何の憂いもなく堂々と結ばれる展開、よくあるよくある。


さて、この後のリュカは、アリサと接触してその正体を確かめようと思いながらも、誰かに呼ばれてその場を離れなくてはならないはずだ。コニーが流れを思い出して、ぐるりと周りを見渡すと、少し離れた後方の柱の影からこちらを伺うクリスティアンと目が合った。

「お……お兄様!?」

「私もいるよ」

「エリオット様!?」

同じく柱の影からひょっこり顔を出したエリオットは、クリスティアンと共に柱から離れた。

「何かあると思って、尾行させてもらったんだけど……」

クリスティアンが苦笑いでここにいる理由を告げる。

そういうことか。コニーの立ち去り方があまりに不自然すぎて、何かあることはバレバレだったのだ。そして、クリスティアン達はずっとコニーの後ろについてきていたのだ。だったら迷子になった時、助けに来てよと思いながら、コニーはふと考えた。

クリスティアンとエリオットがここにいるということは、それまで一緒に行動していた彼女は……。

「お兄様……パトリシア様は……?」

コニーが恐る恐る尋ねると、クリスティアンは困った表情で、先程まで自分がいた柱を指し示す。

そこにいたのは、柱から体を半分程出して、コニーの向こうにある庭をまっすぐ見つめるパトリシアだった。その表情はすんっと感情を消した真顔で、影がかかってより迫力があり、恐ろしいものを感じる。


コニーは自分がやらかしたことと悟った。アーネストがアリサといるところを、パトリシア目撃させてしまったのだ。



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