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ヒューゴが生徒会室の扉をノックすると、部屋の中からバサバサと複数の紙が落ちる音がした。

「失礼します。風紀委員会です」

「なっ……何の用だ?」

「委員会活動の相談で来ました。お時間よろしいですか?」

「ちょっと待っ……いや、大丈夫だ。どうぞ」

中は何やら慌てた様子だ。……これは、アリサとアーネストで何かあったな。

コニーは確信しながら、ヒューゴの後に続いて生徒会室へ入った。


正面に置かれた生徒会長の執務机にアーネストがいるが、その周囲には書類と思われる紙が散らばっていて、アリサが慌ててそれを拾っている。

「……どうされたんですか?」

「うっかり落としてしまって……気にするな」

怪訝な様子で訊ねるヒューゴに、アーネストは目をそらして答えた。言いづらいことをしていて落としたということだ。

「今日は二人だけで活動を?」

「ああ、再来週の交歓会のことで話し合いをしていたんだ」

「へぇ。副会長や他の生徒会の方々抜きで」

「ほら、彼女は特待生だから、そういう視点でどういうものがいいか意見を聞きたくて!あんまり人がいたら彼女も希望を言いづらいだろうし……」

コニーにはアーネストが説明すればするほど言い訳に聞こえて、追い詰められている気がした。


きっと、特待生の話を聞くというのは口実で、二人っきりになりたかったんだろう。

何故か近い距離で話していて、うっかり滑って密着しちゃったりなんかした。そして、慌てて離れた拍子に書類をばら蒔いてしまった──というところだろう。


コニーは妄想でにやけそうになるのを堪え、ヒューゴの補佐として真面目な顔で立っていた。

「こちらのご令嬢は?」

アーネストがチラリとこちらを見たので、気をつけておいて良かったとコニーは内心ほっと息を吐いた。

「お初にお目にかかります。コンスタンティン・ブラウンと申します」

「……ああ。兄上の友人の……」

クリスと面識のあるアーネストは、コニーが何者か認識したようだ。

「彼女も風紀委員なので同伴しました。このまま話してもよろしいですか?」

「どうぞ」

ヒューゴはまだ書類を拾っているアリサを気にした様子だったが、アーネストの許可が出たので話を進めるようだ。仕方がないので、コニーはファイルを脇に挟んでアリサを手伝うことにした。

「来月、隣国から留学生を迎えるにあたり、その当日まで風紀委員会による見回りを強化しようと思います。今度の総会で提案しようと思いますので、その根回しに来ました」

「なるほど。そうしてもらえると助かる」

「……留学生?」

「ああ。交歓会で全体に発表するが、来月から隣国のディアラから学生を一人迎える予定だ」

何の話かと手を止めて首を傾げるアリサに、アーネストは優しく応える。二人の雰囲気は大分良い感じになっている。

「見回りなのですが、回数を増やすと風紀委員の手が足りなくなると想定されます。なので、生徒会からも人員の差し出しをお願いします」

ヒューゴは二人のほんのり甘い雰囲気に構うことなく、自身の要求を述べた。

「そうか……仕方ないな」

「ありがとうございます。割り当てについては……」

ヒューゴが手を自分に向けてきたので、コニーは立ち上がって自身が抱えていたファイルを渡した。ヒューゴはそれを受け取ると、中から紙を数枚取り出し、アーネストの前に差し出した。

「とりあえずこのように設定しました。確認していただいて、細かな調整はまた後日行いましょう」

「わかった。確認しておく」

「では、我々はこれで。コンスタンティン嬢」

再び書類を拾う手伝いをしているコニーに、またヒューゴが手を向けてくる。とりあえず拾った書類を渡してみると、ヒューゴは溜め息を吐くと無言でそれを生徒会長の机に置いて、コニーの手を掴んだ。

「ぅひぁっ!?」

ぐいっと引っ張り上げられ、コニーはバランスを崩しそうになりながらもヒューゴに支えられて何とか立ち上がった。右手を掴まれ、倒れないように腰に手を添えられ、ヒューゴの胸にもたれるという体勢だ。



──これってもしかして、私じゃなくてヒロインにすることだったんじゃないの!?




『いつまで床を這いつくばっているんですか?』

そう言ってヒロインに手を差し出すヒューゴ。ヒロインはその手が何を求めているのかわからず、首を傾げた。

ヒューゴはその様子に呆れて、強引にその手を掴んで引っ張った。彼女を立たせようと手を差し出したのだ。ところが、突然のことにヒロインはバランスを崩してヒューゴに倒れ込んでしまった。しかし、ヒューゴはそれを想定していてしっかり受け止め、共倒れになることはなかった。

図らずもヒューゴに身を預ける形になったヒロインは、予想外の逞しさに胸をときめかせる。一方のヒューゴもヒロインに密着してしまい、脈打つ鼓動に動揺していた。彼女の柔らかさ、体温や匂いに何故胸がときめくのだろう?

ヒューゴは必死に動揺が表に出ないよう堪え、ヒロインを引き剥がした。そして、さっさと落ちている紙をかき集めてそのまま掬い上げると、バサッと机の上に置いた。

『……では、俺はこれで』

そう言ってヒューゴは足早に部屋を出ていってしまう。ドキドキしたままのヒロインは、ぼんやりとそれを見送るのだった。




……そう。こんな展開が、アリサとヒューゴにあったかもしれない。なのに、どうしてコニーがヒューゴに支えられているのだろう?

まさか、イベントを横取りしてしまった?そんな、乙女ゲームに転生して破滅フラグ回避に励む悪役令嬢みたいなこと……!


「コンスタンティン嬢?」

色々な意味でドキドキして硬直するコニーに、ヒューゴが不思議そうに声をかける。その顔は相変わらずクールで落ち着いていて、コニーは自身の妄想が杞憂であると悟った。スンッと心を静めたコニーは、姿勢を正してヒューゴから離れた。

「大丈夫です。ありがとうございます、アクア先輩」

「良かった。さあ、行きましょう」

「はい。失礼いたします」

ヒューゴに促され退室するべく、アーネストにお辞儀したコニーはそこで気づいた。アリサがじっとこちらを見ていることに。その視線はヒューゴではなく、コニーに向けられているようで、バッチリ目が合っても逸らされることも、会釈等の反応もない。ただこちらを探るように注がれる視線にコニーは居心地が悪くなり、足早に生徒会室を後にするのだった。


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