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「どうも、コニー・ブラウン様」
「……どちら様ですか?」
コニーは知っている人物だったが、ちゃんと向かい合ったことも話したこともなかったので、知らないふりをした。突然引っ張られ、壁ドン状態になっていることにムカッとしていることも理由の一つである。
いくら顔が良くても、不審者にこんなことされてもドキドキしないんだからね!……なんて、ツンデレみたいな言い方で文句を考えてみる。相手が相手なので、コニーは暢気に構えていた。
「一年二組のノアと申します。家は町の薬屋なので姓はありません。あなたにお話があります」
相手はヒロインの幼なじみな攻略対象なので、コニーに対して不埒なことをするとは考えられない。そんな彼が自分に何の用だろう、とコニーは首を傾げた。
「コニー様とお呼びしても?」
「……コニーは親しい人から呼ばれる愛称で、私の名前はコンスタンティンです」
「そうなんですね。でも、長いのでコニー様でいいですか?」
ノアはかわいらしい顔でぐいぐい攻めてくる。コニーがちゃんと親しい人と強調したのに、愛称で呼ぶ気まんまんだ。貴族に対しても物怖じしないところは、さすが乙女ゲームの攻略対象と言うべきか。
「あなたは、アリサを助けてくれましたよね?」
「な……んのことですか?」
ノアにバレていたことに驚き、コニーは一瞬言葉に詰まった。関わりにならないよう、気づかれないようにやったはずだ。しかし、ノアはきっちりコニーがしていたことを言ってのける。
「誤魔化さなくていいですよ。マナーの授業で、あの意地悪そうなお貴族様がアリサに接近してきた時、それを妨害してくれたでしょう」
「そうでしたっけ?」
「その後も俺達の様子を伺ってましたよね。俺は見てましたから」
コニーの抵抗虚しく、ノアは確信を持っていた。万事休すだ。
「理由は知りませんけど、コニー様はアリサを気遣ってくれてるんですよね」
コニーはノアの顔がどんどん迫って来ているような気がした。まだお互い十三歳で、男女でもそこまで身長差はない。わざわざ屈まなくても距離を詰めるだけで、綺麗な顔とぶつかってしまいそうだ。
「コニー様……アリサの友達になっていただくことはできませんか?」
コニーが流石にドキドキして身動ぎしようとした時、ノアからとんでもないお願いをぶつけられた。
「俺は別のクラスですし、コニー様なら同じクラスで同性で、しかも身分のある貴族様だからアリサを庇える!」
「無理です!無理無理!」
「……そうですか」
ただのクラスメイトのモブでいたいのに、いきなりヒロインの友人ポジションになれとは無理な相談だ。コニーは全力で拒否した。しかし、それを受けたノアが目に見えてしょんぼりしてしまう。
「そうですよね。無礼なことをして申し訳ございませんでした」
まるで捨てられた仔犬のようだ。垂れた犬耳としっぽが見える……。
罪悪感を抱かせるノアの態度に、コニーの心が揺れる。
「一度助けていただいただけでも有り難いのに、図々しかったですよね。すみません。改めて、あの時はありがとうございました」
「……様子を見るくらいなら」
ヒロインの友人として仲良く一緒に行動をするのは巻き込まれる可能性が高いので受け入れ難い。だが、ノアが心配する気持ちはわかる。コニー自身もアーヴィンやスザンナに心配事があれば、周りの伝手を頼ってしまうだろう。
「おかしなことがあれば、あなたに伝えるくらいならしてもいいです」
だから、これが妥協案だ。また乙女ゲームの攻略対象と思われる人物と関わりが深くなってしまうことになるが、必要最小限に抑えれば、影響はないだろう。むしろ、いつもご都合主義でヒロインのピンチに駆けつけるヒーローだが、現実だと無理があるかもしれない。コニーが情報源となることで、その展開がスムーズに進行されるなら、コニーとしても楽しめるかもしれない。コニーは前向きに捉えることにした。
「ありがとうございます!」
パアッと笑顔を咲かせるノアは、下手すればヒロインよりかわいらしい。コニーはギュンッと胸が締め付けられるのを感じた。
「えっと、それじゃ……週に一回ここで待ち合わせして色々教えてください。予定の変更や緊急の場合は手紙か……申し訳ないですけど、直接会いに行くかもしれません」
それはとても目立ちそうなので、コニーとしても避けたい事態だ。
「極力週に一度の待ち合わせか手紙でお願いします」
コニーが強く念押しすると、またノアがしょんぼりしてしまう。
「そうですよね……平民が気軽に話しかけちゃダメですよね。厚かましくてすみません……」
「そうじゃなくて、関わりを周りに知られない方がお互いのためというか……ああもう!来る時は目立たないようにしてくださいね!」
捨てられた仔犬に負けたコニーは、ノアの提案を受け入れてしまった。たちまち犬耳が立ち、しっぽをブンブンと振っているように見えるので、コニーはすっかりノアの魅力に侵されているようだ。
「では、よろしくお願いします!コニー様!」
「……こちらこそ。ノア様」
「俺は平民なんですから、様も敬語もいりませんよ」
完全にノアのペースに呑まれているコニーはふぅっと息を吐いて色々諦めた。
「よろしく、ノア」
……でも、そうか。目に余るいじめがあったら、ノアに言えば何とかしてくれるのか。
そう思うと、コニーは少し気持ちが楽になった。乙女ゲームのイベントとは言え、いじめを見過ごすのは気が引けるものだ。
そして、ようやくノアから解放された時には、アリサとのやり取りを終えたヒューゴがこちらへ戻って来ている最中だった。中庭に残っているアリサは深々と頭を下げている。
乙女ゲームのイベントを見逃してしまって悔しいコニーは、ノアに振り回された疲れもあって、帰りの馬車でぐったりと倒れこむのだった。




