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前世らしきものを思い出した翌日、コニーはすっきり気持ちの良い目覚めを迎えた。
様々の情景が浮かび、色々と考えたせいか疲れていたようで、夢も見ずに爆睡できた。
そんなコニーが家族と朝食を取るべく、廊下に出ると、部屋の前に誰かが立っていた。
「おはよう、コニー」
危うくぶつかりかけたその人を見上げると、兄のクリスティアンだった。コニーと違ってサラサラのキャラメル色の髪は、窓から入る日の光を受け、キラキラ輝いている。
改めて見ると、物凄い美形だ。とても自分の兄とは思えないが、コニーの十三年分の記憶が、紛れもない兄妹で、とても仲が良かったことを主張している。
「おはようございます、お兄様」
「体調はどうだい?昨日は夕食の途中で部屋に戻ってしまったけど……」
美形の上、とても優しい性格のクリスティアンは、妹を心配してわざわざ部屋まで迎えに来たのだ。そんな兄がコニーは大好きなのだが、ふと不安なことが浮かんでくる。
こういう人物はとことんお人好しか、腹に一物抱えているかのどちらかというのが乙女ゲームのお約束だ。
クリスティアンの場合は、前者の方だろう。人へ気を遣いすぎて、相手が誰であっても庇おうとしてしまうので、よく父に優しすぎると叱られている。
警察庁長官であるブラウン伯爵の後を継ぐ上で、致命的な欠点だ。
何かを選んで、何かを切り捨てる決断が出来ないクリスティアン。その立場を利用すべく騙そうとする者も出てくる。そのような状況で、ブラウン伯爵は息子を案じているのだ。それをわかっているこそ、クリスティアンは思い悩む。
──悩みながらも後継者として勉強を続ける中、彼はヒロインと出会う。
ヒロインはクリスティアンの優しさを肯定し、励ましてくれる。そんな彼女に甘え、惹かれながらも悩み続けるクリスティアンは、ある日ついに大きな決断を迫られる。ヒロインが襲われて、その黒幕がクリスティアンの友人だというのだ。
ヒロインに危害を加えようとした友人を許せない。だけど、信じたいクリスティアンは葛藤して成長する。
……みたいな展開になりそう!
ヒロインが危険な目に合って、攻略対象が成長する──乙女ゲームによくある展開だ。
ここが乙女ゲームの世界だとしたら、クリスティアンは攻略対象に十分なり得る。
「……やっぱりまだ具合が悪い?」
コニーは思考が乙女ゲームの展開予想に飛んでいて、兄への反応が遅れた。そのことがクリスティアンには体調不良でぼんやりしていると映ったようだ。
心配そうに近づいてコニーの顔色を伺うクリスティアン。
美形で、優しくて甘い。コニーのおそらく前世であるゆいの好みのタイプだ。
ただし、それは乙女ゲームにおいてのみ。
「お兄様……そんなことでは、いつか悪い女に騙されますわよ」
「……は?」
現実の兄が、次期伯爵がお人好しすぎるのは戴けない。このままの調子で行けば、そのうち罪を着せられ、借金を背負わされ、周囲から見放されるなんてことになりかねない。身内である自分もただではすまない。そんなのは困るし、何より大好きな兄が騙され、傷つくのは見たくない。
ヒロインに出会って癒され、成長するのなんて待っていられないのだ。
コニーは決断し、心を鬼にして苦言を呈した。
「……コニー?何を言ってるの?」
妹にいきなり大真面目な顔でこんなことを言われたら、それは戸惑うだろう。クリスティアンはぽかんとしている。
もしかしたら、優しすぎるクリスティアンは、既に誰かに傷つけられていているかもしれない。
そういえば、たまに家に来るクリスティアンの友人の一人がどうにも胡散臭くて気に入らなかったのをコニーは思い出した。クリスティアンの同級生だという男は、家に遊びに来た際、初対面のコニーにまで馴れ馴れしく、いきなり手を握ろうとしてきて驚いた。あの人懐っこい感じでクリスティアンをいいように使っているに違いない……許すまじ。それこそ自分の学校の掃除当番を言い訳して押し付けたり、財布を忘れたように装ってお金を借りて踏み倒したり……。そんなことが頻繁にあれば、さすがにクリスティアンも疑うだろうが、友人を信じたくて口を紡ぎ、思い悩むのだ。
コニーは現場を見たわけでもないのに、何故か妙な確信があった。
「……友人とはいえ、何でも言うことを聞くものではありません。不用意なお金の貸し借りなんて、もっての他です!」
段々胡散臭い男に対する怒りも湧いてきて、コニーは語気を強めた。
「さっきから何を言ってるの、コニー?」
「とにかく、もう少し人を見る目を養いなさいませ!」
コニーは戸惑う兄にピシャリと言い放つと、鼻息の荒いまま食堂へと歩み始めた。
「……父上みたいなこと言うなぁ」
一方、残されたクリスティアンは驚きつつも、感心して呟くのだった。