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「……ごめん。委員長の用事は放課後だったかも」
ある程度中庭から離れたところで、コニーは足を止めて言った。このままだとアーヴィンによって、用もないのに氷の風紀委員長の元へ連れて行かれかねない。あの場を立ち去るための嘘なのに、それは避けなければならない。
「そっか。じゃあ、もう時間があんまりないから、お昼は教室で食べちゃおうか」
二転三転する発言は信じてもらうには少し苦しいが、アーヴィンは特に疑うこともせず、コニーの手を掴んだまま教室へ向かった。
コニーとアーヴィンが食事を済ませて、昼休憩を終えた生徒達が戻って来た頃、スザンナがコニー達の教室にひょっこり顔を出した。彼女はコニーの元までやって来ると、放課後に委員会があるので一緒に行こうと告げて、授業があるため早々に自分の教室へ戻って行った。
本当に放課後の風紀委員会の用事が出来てしまった。適当に言ったことが本当に起こって、コニーは少し驚いていた。乙女ゲームの展開を知っているのとは別物だ。もしや、またこれはヒロインが絡む出来事の前触れでは?とコニーは一瞬考えるも、教師がやって来たので中断することになった。
「今日は抜き打ちで放課後の見回りを行います」
そのまま迎えた放課後で、ヒューゴが淡々と業務内容を告げる。
「この見回りは、用もないのに残っている生徒に帰宅を促したり、人が少ないのをいいことに悪さを企む生徒を発見して更正させることが目的です」
新入生は上級生と一緒に行動するようにとのことで、コニーはまた委員長であるヒューゴと組むことになった。放課後は用事のある生徒も多いため今日の委員会参加者は少なく、効率よく回るために分散したら、二人きりの組み合わせになってしまった。
「委員長は一人でも大丈夫なくらい優秀だから、君はドンと構えて、時々サポートしてあげてね」
キリッとしたヒューゴとは対照的にのほほんとしていそうな副委員長に励まされる。副委員長は乙女ゲームなら癒し系のモブで、密かにプレーヤーに人気が出そうだなと暢気に考えながら、コニーは氷の風紀委員長と見回りに出発した。
さて、乙女ゲームと言えば、ヒューゴとヒロインの次の展開も気になる。
『こんな所で何をしているんですか?』
中庭で蹲っているヒロインを見つけたヒューゴが声をかける。ヒロインは驚き、慌てて立ち上がった。
『えっと……その……』
『用のない生徒は速やかに帰宅しなさい』
『違うんです!あの……ブローチを、失くしてしまって……』
『……だから言ったでしょう。高価な装飾品を持ち込むなと』
『高価だなんて……!母の形見なんです。だから、ずっと持っていたくて……ごめんなさい。学業に必要ないもの、ですよね』
ヒロインは涙が滲む顔を隠すため俯いてしまう。そして、諦めて立ち去ろうと歩き出したその時、ヒューゴに手を掴まれる。
『そういう失くしたら困るものこそ持ち込まないべきですが……』
ヒロインが立ち止まると、ヒューゴが手を離して溜め息を吐いた。
『事情はわかりました。中庭で落とした可能性があるんですね?』
そう言って、ヒューゴは茂みの方へ足を踏み入れる。
『見える範囲にないなら、隠れている場所かもしれません。あなたは反対側の茂みを捜してください』
『……は……はいっ!』
まさかヒューゴが一緒に捜してくれるとは思わず、ヒロインは反応が遅れてしまうが、彼の指示に従い、捜索を再開した。
『……あった!』
そして発見したブローチを、ヒロインは大事に抱え込んだ。
『では、俺はこれで』
『あの……ありがとうございました!』
すぐに立ち去ろうとするヒューゴに、ヒロインは慌てて大きな声でお礼を言う。すると、振り返ったヒューゴが一瞬、フッと笑みを見せた。
『早く帰りなさい』
そう言ってヒューゴは今度こそ行ってしまうが、まさかそんな彼の優しい笑みが見れるとは思わず、ヒロインの心臓が跳ねる。
怖い先輩かと思ったけど、本当は優しい良い人なんだ……。
立ち去るヒューゴの背中を、ヒロインはドキドキしながらも、深々と頭を下げて見送った。
──うん、よくある。ギャップにドキドキしちゃうやつ。
ヒロインがお母さんやらおばあちゃんやらの形見を大事に持ち歩いているのも定番よねー。
コニーは自分の妄想に対して心の中で「うん、うん」と頷きながら、ヒューゴと見回りをしていた。この間、話しかけられたり、他の生徒を見つけなかったのは幸いだ。ぼんやりしているのがバレたらヒューゴに怒られるだろう。あの違反者に対するブリザードのようなヒューゴを思い出し、妄想はこの辺りにしておこうとコニーは背筋を伸ばした。
「次の場所を見れば、俺達の担当は終わりです」
そう言ったヒューゴの先導で着いた場所は中庭だった。
誰もいないと思われたそこには生徒がいて、ヒューゴは指導のために足早でそちらへ向かう。対してコニーは、入り口付近で立ち止まった。
その生徒がアリサだと気づき、先程の予想通りになると思ったので、ヒューゴとアリサの邪魔をしないようにと離れた所で見守ることにしたのだ。
「……ふぇ!?」
しかし、間近で乙女ゲームの展開を見れるとワクワクしていたコニーは突然腕を掴まれ、柱の影に引き込まれてしまった。




