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「ここにいたのね、ノア」
「待たせてごめんね、コニー」
アリサとアーヴィンが並んで中庭にやって来た。
……ということは、少しは進展があったのではないだろうか?
コニーの妄想が始まる──
幼なじみを捜すヒロインは廊下を歩いていた。
彼の教室に行ったがすでに席を立った後で、食堂にも寄ったが見当たらなかった。いったいどこに行ったのか?ヒロインは校内を捜してみることにしたのだ。
そんな中、廊下を小走りで移動するクラスメイトが目に入った。
不思議な色彩の髪や目で、お人形のように整った美少年は、あまり人と関わろうとしない。同じクラスで、委員会も一緒なのに、ヒロインは彼とほとんど話したことがなかった。
そんな彼が、慌てて中庭に向かっているようだ。何かあったのだろうか?
……そういえば、中庭は捜していなかった。私も行ってみよう。
そう思い立ったヒロインは、アーヴィンの後を追う形で中庭へ向かうことになった。そして、見慣れた髪色の少年を遠目で認識し、つい走ってしまい、アーヴィンに追い付いて並んだのだった。
──あかん!アーヴィンがヒロインと話すところが想像出来ない!
コニーの妄想でも、アーヴィンはヒロインと進展してくれなかった。
「えっと……彼女は?」
「……コニー。何、その人?」
アリサとアーヴィンは完全に互いの幼なじみしか目に入っていなかったらしく、ようやく他に人がいることに気づいた。しかも、端から見れば見つめ合っているとも取れる体勢で……。
コニーはアーヴィン達に向いていた目を、再び向かい合う人物に向けた。向こうも同じことをしていたようで、また蜂蜜色の目とぶつかってしまう。
しかし、それは一瞬で、ヒロインの幼なじみであるノアは慌ててコニーから目を反らし、起き上がった。
「何でもないよ。どうしたの、アリサ?」
「何だか教室に居づらくて……一緒にお昼を食べられないかしら?」
アリサはコニーを気にしながらもノアを昼食に誘っていた。アリサは未だにクラスメイトと馴染めていない上、手紙のこともあるので気心の知れた相手と過ごしたいのだろう。
『私……この学園で上手くやっていけるのかしら?』
ヒロインはつい幼なじみに弱音を吐いてしまう。
『お友達もなかなか出来ないし、アーネス……会長は良くしてくれても、王子様で雲の上の存在だし……』
珍しく弱気になっている幼なじみが心配になりつつ、ノアは彼女を励ますために笑顔を見せる。
『アリサはいつも頑張ってる。俺は応援してるよ』
ノアはアリサの両手を取り、ぎゅっと握った。
『何かあったら俺を頼って。俺がアリサを守るから』
『……ありがとう、ノア』
ノアの真摯な想いが伝わり、ヒロインは彼に笑顔を返すのだった。
コニーは先程と違い綺麗に収まった想像に納得して頷いた。
ヒロインがときめき、攻略対象もヒロインを守ってあげたい衝動に駆られる、乙女ゲームによくあるシーンだ。
しかし、今のコニーはまずい状況にいる。こんな時にこんなところにいれば、コニーはモブから当て馬的な脇役に昇格してしまうかもしれない。アーヴィンの幼なじみだし、ノアとこんな所で二人きりになってるし、クラスメイトなのにアリサを避けるというか関わらないようにというか、特に仲良くしようとしてないし……。
「……あー!委員長に呼ばれてたの忘れてたー!」
コニーは大袈裟に声を上げて、荷物を掴んだ。なるべくアーヴィンやアリサ達と目を合わさないようにして、早足でこの場を去ろうとする。
「ごめんね、アーヴィン!埋め合わせはまた今度!」
「待って、コニー!」
逃げようとするコニーの手は、アーヴィンに捕まってしまった。
「僕も行くよ。早く用事を済ませないと、ご飯を食べる時間がなくなっちゃう!」
アーヴィンはそう言って、コニーをぐいぐい引っ張っていく。
コニーとしては、アーヴィンにはこの場に残ってヒロインと進展してほしかった。ノアと三角関係みたいになって、ノアとヒロインを触発してくれてもいい。
なのに、アーヴィンはコニーを急かして、小走りで中庭から離れてしまった。
あーもう!何で乙女ゲーム通りに動かないのかな、このアーヴィンは!?
コニーは八つ当たりで掴まれた腕をブンブンと振り回すが、アーヴィンが彼女の腕を手放すことはなかった。
「……ねえ、アリサ。あの二人を知ってる?どこかで見た気はするけど……」
コニー達の背中を見送って、ノアがふいに問いかけた。
「アーヴィン・ガーネット様と……コニー?そう、たしかコニー・ブラウン様。私と同じクラスの貴族様よ」
「コニー・ブラウン……」
「本当に何もなかったの?何かされたんじゃない?」
アリサはコニー達を気にかける幼なじみが心配になって問い詰めるが、ノアは首を横に振った。
「何でもないよ。ちょっと聞いてみただけ。さ、ご飯食べよ」
かわいらしい笑顔で促され、アリサはノアとの時間でつかの間の癒しを得るのだった。
──みたいな感じでちょっと含みを持たされてたら嫌だなぁ!!お願いだから私のことは気にしないで、二人でドキドキのほほんしといてぇ!!
こうなったら嫌だなと思い描いていたことが実際に中庭で起こっているのだが、この時のコニーは知る由もなかった。




