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翌朝、コニーは馬車から降りたところで、ふと目をやった先でヒロインを見つけた。

隣には彼女の幼なじみらしき人物が並んでいて、一緒に登校してきたようだ。

「たしか……ノア……だったかしら?」

マナーの授業でアリサを救った可愛らしい少年だ。彼も攻略対象であろうと予想はしているが、今のところ情報が一番少ないので、実際はどうなっているのかわからない。

「入学試験で平民ながらガーネット様の次点の成績を修めた天才奨学生のノア。薬屋の息子よ。母親が元医者で、医学の心得もあるらしいわ」

突如背後から解説されたコニーが振り向くと、そこには笑顔のスザンナがいた。

「おはよう、コニー」

「おはよう、スー。もう彼のことも調べたのね」

「一年生の情報はほぼ入手済みよ。あと一、二週間程で学園の全ての情報を掌握してみせるわ」

さすが国王をも唸らせる商売人・マキュリの娘だ。

「ところで、昨日のクラスの様子はどうだった?」

「あなたが気になるのは、悪役だと思っているパトリシア様のことでしょう」

「うん」

「勿論、殿下の噂は耳に入っているはずよ。クラスでもざわついていたし。でも、彼女は特に変わった様子はなかったわ。動揺してる感じもなかったのは妙だけど……あんまり失礼なことを考えるもんじゃないわよ」

スザンナに窘められながらも、コニーはパトリシアの動向が気になって仕方なかった。このまま大人しく、何もせずに黙っているということが考えられないのだ。


そして、コニーの予想は的中した。



コニーはアリサよりも先に教室に着いて、机の引き出しから教科書を取り出していた。ゆいの世界と同じ仕様だ。毎日全ての教科書を持ち帰って自宅での勉強に活用する強者もいるが、コニーは課題が出ている教科以外は教室に置きっぱなしにしている。ほら、忘れたら困るし、大事なものだから持ち出しは必要最小限にね、と誰に向かってかわからない言い訳をコニーが考えていると、アリサも教室に入ってきた。


アリサが引き出しを引くとポロッと何かが落ちた。コニーが床に落ちたそれを目で追うと、封筒であることがわかった。それを拾ったアリサは不思議そうに宛名や差出人を確認していた。斜め後ろから見ているコニーにも封筒には何も書いていないことがわかった。アリサはそれを開封してみることにしたようで、特に糊付けもされていないそれを開け、中から折り畳まれた紙を取り出した。どうやら手紙のようだ。

紙を広げたアリサの顔から驚きと戸惑いが伝わってくる。


……あれ、多分脅迫状だよね。王子に近づくなーとか、身の程をわきまえろーとか。


昨日の出来事を受けての悪役令嬢の警告第二弾だろうと推測したコニーは、手紙の文章も確認しようと身を乗り出した。

「コニー、何してるの?」

「なっ……んでもない。おはよう、アーヴィン」

「おはよう」

タイミング悪くアーヴィンが登校してきて、コニーの視界を塞いでしまった。

「ほら!先生が来るから、もう座らないと!」

「……うん」

アーヴィンは怪訝な表情を浮かべながらも、自分の席へ向かった。視界が開けたコニーが急いでアリサの方を窺うと、彼女は手紙を閉じて引き出しに入れてしまっていた。

残念ながら、手紙の内容することは叶わないようだ。コニーは諦めて居住まいを正す。


いずれにしろ、あの手紙は良くないものであることには変わりない。乙女ゲームのヒロインだったら、こういう時は不安に思いつつ、大概寝かしてしまう。大事になる前に誰かに相談するか、周囲を警戒して行動に気をつけるかしなさいよ、とコニーなら思うが、乙女ゲームのヒロインとは状況をよくわかっていない天然か、そのまま受け入れようとする健気という名の面倒くさがりなのだ。……あくまで、コニーもとい、前世ゆいの主観である。



始業前にそんなことのあった日の昼休み、コニーは今日もアーヴィンと昼食をとるため、中庭に向かっていた。

アーヴィンは攻略対象なのにヒロインと交流しようとはしないが、大丈夫だろうか?アリサはアリサで、昼休みに入った瞬間に席を立ち、どこかへ行ってしまった。アーヴィンルートはなかなか難解だ。

そんなアーヴィンは教室に忘れ物をしたので途中で引き返し、コニーは先に一人で中庭に到着した。

「……あれ?」

中庭には先客がいて、ベンチに寝そべっていた。木漏れ日を浴びて、また絵になる美少年だ。

彼に見覚えのあるコニーは、気にせず進むか、回れ右するか悩んだ。

彼がいるということは、これからここでイベントが起こるかもしれない。巻き込まれるのは困るが、イベントを近くで見る機会は早々ない。

欲に負けたコニーは、少年が眠るベンチから少し離れたベンチに腰かけた。コニーがチラリと少年の様子を窺うと、ちょうど開かれた彼の目とばっちり合ってしまった。


アメジストの髪が光を受けて宝石のように輝いて、まるで後光が射してる天使のような少年が、蜂蜜色のタレ目を大きく見開いてコニーを見ている。そんな可愛らしい少年から見つめられ、コニーは内心慌てふためきながらも目を離せずにいた。


彼がコニーを見て何を考えているのかわからないまま、無言の見つめ合いは続いた。こういう時は時間が立つのを長く感じるものだ。


「ノア!」

「コニー!」


そんな気まずい時間を終わったのは、互いの幼なじみがやって来てくれたおかげだった。




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