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アーネストの状況を伝えた後は、エリオットとクリスティアンの学園での思い出話を聞いている内に、ブラウン邸に到着した。
「残念、着いてしまったな。私はこのまま帰らせてもらうよ」
そう言ったエリオットだけが車内に残り、コニー達は馬車を降りた。クリスティアンが御者に指示を出しているので、エリオットはこの馬車で王城まで戻るのだろう。
「楽しかったよ、コニー。今度の休日に私とクリスで約束しているけど、良ければ君も一緒に遊ぼう」
「こ……光栄です」
本気か社交辞令か、エリオットにキラキラの笑顔で誘われて、コニーの落ち着きかけた心音は再び跳ね上がる。アーヴィンはアーヴィンで、コニーの手をぎゅっと握ってエリオットを睨んでいるので、別の意味で心臓に悪い。
エリオットが帰って、アーヴィンは宣言通りブラウン邸でコニーとお喋りを楽しんだ。クリスティアンは研修で出された課題を済ませると部屋に籠ってしまったので、二人きりだったが、幼なじみという気心が知れた仲なので、コニーも気楽に楽しくお喋りできた。今度はコニーがアーヴィンの家に遊びに行く約束もした。ガーネット公爵夫人が、あの家庭教師襲撃事件以来、気分が落ち込んでいるようなので、お見舞いも兼ねて。体は無事だが、襲われかけたのだからショックは大きかっただろう。
そんな話をしていると、あっという間に日が暮れ、アーヴィンはガーネット家の迎えの馬車で帰っていった。
それにしても、今の段階でアーヴィンはまったくアリサに興味がなさそうだが、大丈夫だろうか?コニーの予想では、隣の席で、しかも同じ生徒会に所属することになって、共通の話題からよく話すようになるはずだが、今のところ会話らしい会話をしていた記憶がない。
クリスティアンも未だに事件らしい出来事がないからか、アリサとの接点がまったくない。ハンカチを拾った時も、特に会話をしなかったと聞いている。学園に来ていた今日は、偶然会ってたりしないだろうか?
「お兄様が彼女に惹かれているのであれば、コニーは全力で応援します」
「うーん……そう言われると、意識しちゃって、そういう考えになれないかなぁ?」
両親が出かけているため二人きりとなった夕食の席で唐突な発言をする妹に、クリスティアンは苦笑いを見せた。
給仕も下がらせたので本当の二人きりだからいいが、使用人がコニーのこの発言を聞いたら何事かと騒ぎになっていただろう。
優しすぎるが故に女性にフラれ続けているぼっちゃまについに春が……!
──というような誤解をして、ぬか喜びと、密かにクリスティアンを慕うメイドの嘆きが屋敷中を駆け巡ったことだろう。
「今日、学園にいらした際に何もなかったのですか?」
「生憎、お前達以外と会話した記憶はないな……お前が言う“ヒロイン”さんも見かけていないと思うよ」
クリスティアンの回答がつまらなくて、コニーは唇を尖らせた。母がいればはしたないと叱られるところだが、この優しい兄は「こらこら」と軽く窘める程度だ。
「お兄様がなければ、エリオット様は?」
「特に誰かと会ったりは……あっ」
「何があったのですか!?」
心当たりがありそうなクリスティアンの反応に、コニーは嬉々として食いついた。コニーが見れなかった乙女ゲーム展開があったのなら、是非聞かせてほしい。
「お前の期待する内容ではないかもしれないが……リオの希望で中庭に立ち寄ったんだ。生徒会室は中庭に面していて、近くの木に登れば中の様子が窺えるから、おそらく、リオはアーネスト殿下の様子をこっそり見ておきたかったんだろう。私は下でリオを待っていたから何が見えたのかわからないが、降りてきたリオは楽しそうな笑みを浮かべていた」
クリスティアンの言うとおり、それだけ聞いたら乙女ゲーム的展開ではないかもしれない。だが、エリオットが木の上で何を見たのか予想するのだ。それはもしかして、コニーが複数考えていたエリオットのイベントの内の一つではないだろうか?
──木に登る……は想定していなかったが、お忍びで学園にやって来たエリオット。そこで都合良く遭遇するヒロイン。
エリオットと目が合った瞬間、どこかで会っただろうかと既視感を覚えた。いつか出会った青年を思い出す。
実家の手伝いで店頭に立っていたヒロインは、こちらへ駈けてくる青年に気がついた。あまりに美しいその青年に息をするのも忘れて魅入ってしまう。キラキラと輝く黄金の髪、宝石のように煌めく瞳。まるで作り物のように均衡のとれた整った顔立ち。ヒロインの目には彼の何もかも美しく見えた。そんな彼はすぐに走り去ってしまったので、一瞬だったが、ヒロインにとっては忘れられない出来事だった。
後に、その青年がこの国の王太子であることを知ったわけだが……髪色や長さも違い、眼鏡のせいか地味な印象を受ける目の前の青年を見て、何故かあの日の彼を思い出してしまう。
ヒロインが不思議に思っていると、青年はふっと笑みを浮かべて立ち去ってしまった。
あの日と同じように、ヒロインの胸は高鳴り、青年の笑顔が頭に残った。
一方のエリオットは再び遭遇したヒロインとの不思議な縁に驚きつつも、興味を持っていた。
今回の場合だと生徒会の雑用で室内を忙しなく動き回って仕事をする姿に、町で見かけた時と同じように一生懸命でかわいらしいと思い、笑みが溢れる。
目が合って内心ドキリとするが、表面上は余裕があるような笑みを見せ、エリオットは慌ててその場を立ち去った。
ヒロインとまた会うであろうと予感し、それを嬉しく思いながら……。
──良いわ!これからの展開にドキドキモヤモヤする!……モヤモヤ?
「コニー……また何か予知しているのかい?」
「予知なんて大層なものではありませんわ。ただ起こりうる展開をいくつか知ってるだけですもの。それに、今想像しているのは既に起こったことでしょうから、あえて言うなら過去視ですわ」
うふふとご機嫌に笑うコニーに対して、クリスティアンは苦笑いだ。
「大丈夫ですわ、お兄様!お兄様にもきっとドキドキの展開が待っています!」
「そういうことじゃないんだけど……まあ、今はお前が楽しそうだから、大丈夫なんだろう」
兄の心、妹知らずなコニーだった。
思いもよらず、王太子に妹認定をいただいてしまったコニーだが、やはりヒロインはアリサで、これからイケメン達と恋模様を広げていくのは彼女なのだと思い直す。
それを見ることが楽しみな反面、一瞬感じたモヤモヤは何だろう……?
コニーは疑問に思いつつ、深く考えないことにして、今夜もぐっすり眠るのだった。




