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その後、コニーはアリサの様子を伺っていたが、特に変わった様子もなく、放課後を迎えた。
今日のイベントはもう終わったのだろうか?
「コニー。一緒に帰ろう」
「今日は生徒会ないの?」
「毎日なんてやってられないよ。元々委員会活動は原則週一回ってなってるし」
繁忙期に限り複数回の活動を認められるが、常に忙しい委員会はそれが常態化してしまっている。ただし、週の中日は委員会も部活もない休息日と定められているのだ。
「コニー、アーヴィン」
「お兄様!」
コニーがアーヴィンと並んで廊下を歩いていると、背後から声をかけられる。振り向くと、そこにはクリスと、もう一人手を振る人物がいた。どことなく見覚えがあるような気がするが、知り合いに黒髪で眼鏡をかけた若い男性がいないので、コニーは首を傾げた。
「……何故、エリオット様がここに?」
「しーっ。見ての通り、お忍びだよ」
アーヴィンが怪訝な表情で名前を呼ぶと、男性は人差し指を口元に当てて答えた。そう、ニコニコと楽しそうなその人物は、王太子のエリオットだ。黒髪のカツラと眼鏡を装着して変装しているのだ。
そのことに気づいたコニーが驚きで声を上げそうになるが、エリオットは自分に当てていた指をコニーの唇に移し、それを阻止した。
「ちょっと気分転換のお出かけだよ。この格好は、そのままの姿で動くと色々面倒だから。でもちゃんと護衛は付いてるけど」
エリオットが指差す方向を見ると、護衛も離れたところにこっそり付いているが確認できた。護衛の人達も目立たない格好に変装しているが、学生ばかりのこの学園に紛れるのは大変そうだ。エリオットはまだ学生に見えるが、見た目的に無理がある人がちらほら……。
「今、名前を呼ぶならリオってことにしといてね」
「リオ。とりあえず馬車に移動しましょう」
楽しそうに言うエリオットに、クリスティアンが促した。いくら変装していても、クリスティアンやアーヴィンも美形で目立つ上、長い間立ち話をしているのも目についてしまう。
「ああ、そうだったね。コンスタンティン嬢、お手をどうぞ」
「え……あ……ありがとうございます」
コニーはまさか王子にエスコートされるとは思わず、困惑しながらも差し出された手を取った。
ブラウン家の馬車にコニー、クリスティアンにエリオット、何故かアーヴィンまで乗り込んだ。
「僕だってコニーと話したいことがいっぱいあるから。最近なかなか機会がないでしょ?このままコニーの家にお邪魔していい?」
「私はいいけど……」
コニーはちらりとエリオットの様子を伺った。彼はニコニコと楽しそうな笑顔でコニー達を見ていた。
「コンスタンティン嬢とアーヴィンは仲良しなんだね。もちろん、私はアーヴィンと一緒で構わないよ」
エリオットが了承すると、隣に座ったクリスティアンも頷いた。ならいいかとコニーも納得したところで、四人を乗せた馬車は動き出した。
「二人共、学園はどう?まだ入ったばかりだから、戸惑うことばかりじゃないか?」
「話には聞いていましたので、それほどは。アーネスト様に生徒会へ加入を命じられたのは正直困りますが」
「拗ねるな拗ねるな。公爵子息の義務だと思って諦めて頑張れ」
「でん……リオ様はアーヴィンと親しいのですね」
人見知りのアーヴィンが思ったより気安い感じなので、コニーは恐る恐る問いかける。コニーのような普通の貴族の子女は王太子と話すことはそうそうあることはない。とても緊張することだ。以前の一言挨拶しただけとは違い、こんなに狭い空間で、接する時間も長い。コニーの緊張と困惑は続いていた。
そんなコニーにエリオットは、変装していても目映いキラキラな笑顔を向けた。
「前もそうだったけど、もっと気楽にしてくれ。親友の大事な妹は、私にとっても妹のようなものだ」
なんとも恐れ多いことを言ってくるエリオットに、コニーはどうしたらいいかわからず、クリスティアンに助けを求めた。妹が困った表情を向けているというのに、クリスティアンはクスリと笑みを浮かべる。
「リオがそう言っているんだから、お言葉に甘えなさい。ここは公の場ではないのだから」
「そうそう。……ああ、私も公の場以外ではコニーと呼んでも構わないか?」
「……はい」
コニーは色々と諦めて流れに従うことにした。
まさか乙女ゲームの登場人物でもないであろう自分が、王太子とこんなに接近することになろうとは、コニーには思いも寄らなかった。
「ガーネットは筆頭貴族だから、王族の遊び相手としてよく子どもを連れてくるんだ。アーヴィンは私や弟よりも年下で、人見知りが激しくてなかなか懐いてもらえず手こずったよ」
エリオットの説明にコニーは納得した。幼い頃のアーヴィンは本当に人を寄せ付けない子で、コニーも連れ出すのが大変だったので、その苦労がよくわかる。それでも今打ち解けているということは、エリオットの努力の賜物だろう。
「エリオット様はともかく、アーネスト様は苦手」
「お前のことを子分みたいに扱うからな」
ムスッと不機嫌そうな顔で言うアーヴィンに対し、エリオットは笑顔のままだ。エリオットにとって、アーヴィンも可愛い弟なのだろう。コニーはその気持ちもよくわかった。他の人からは年下扱いされることが多いコニーだが、アーヴィンにはお姉さんぶりたいのだ。
「ついでに二人に聞きたいんだけど、昨日今日のアーネストの様子で変わったところはなかったかい?」
エリオットが笑顔のまま、サラリと尋ねてくる。
なるほど、表面上の理由が嘘か真かわからないが、エリオットは弟の不穏な情報を聞いて確かめるためにコニー達に会いに来たのだろう。それならば、コニーの気も楽だ。事実を報告するだけでいいのだから。
コニーとアーヴィンが今日の出来事を話した。
「……なるほど。コニーには弟が迷惑をかけたみたいだね」
真面目な顔で一瞬何か考えているようだったエリオットが、コニーに申し訳なさそうに言ってきた。
「初めての委員会で緊張してるところに、そんなことがあって余計に疲れただろう」
クリスティアンが正面に座るコニーの頭を優しく撫でる。
「委員会ではヒューゴが厳しく指導していて怖く見えただろうけど、本当は優しくていいやつだからな」
隣に座るアーヴィンも体をコニーの方に向けて、ぎゅっと手を握ってきた。
コニーは乙女ゲームの攻略対象達に自分が囲まれ、慰められている状況にドキドキしつつ戸惑っていた。
……何でモブの私が逆ハーレムみたいになってるの!?
混乱状態のコニーはどうしたらいいかわからず、とにかく赤くなった顔を隠そうと、黙って俯くのだった。




