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「コニー!あなた、言ってる傍から一人で突っ込んで行って……!」
授業が終わって昼休みになった途端、コニーはスザンナに詰め寄られた。一緒にいたアーヴィンから引き離されて、女性用トイレに連れ込まれる。
「何かが見えたら相談する約束でしょ!?」
「ご……ごめん、スー。でも転ばせようとしてるのを阻止するくらい大丈夫かなって。実際、大丈夫だったし……」
「わからないわよ。あの方に目をつけられたかもしれないし」
スザンナが言うあの方とはパトリシアのことだ。侯爵家の彼女に悪く思われるのは、コニーの家的にもよろしくない。先程のやり取りだけでは目をつけられることはないと思うのは楽観視しすぎだろうか。スザンナに言われてコニーは不安になってきた。
「とにかく、何度も言うけどちゃんと相談すること。わかった?」
「……はい」
スザンナにピシャリと言われて、コニーはしょんぼりしながら返事をした。
「それじゃあ……」
ぐいぐいとコニーに顔を寄せていたスザンナは体を起こして、表情を和らげた。彼女の様子からお説教タイムが終わったと思い、コニーはほっと安堵した
「話は変わるけど、今日の放課後、風紀委員会の集まりがあるそうよ。加入を決めている新入生も来るようにってことだから、一緒に行きましょう」
「委員長、新入生が来ました」
「スザンナ・マキュリです」
「コンスタンティン・ブラウンです」
コニー達はまず、風紀委員会の活動用に与えられている部屋で委員長に挨拶した。
群青色のさらさらの髪にキリッとした漆黒の瞳を持つ凛とした青年だ。コニー達が挨拶をしてもニコリともせず、淡々とした表情のままで、顔が整っているだけに冷たい印象を与える。
「ブラウン……貴女がクリス先輩の妹さんですか」
風紀委員長がコニーに手を差し出す。
「ヒューゴ・アクアです。先輩にはいつもお世話になってます」
ヒューゴは今年が最終学年で、一つ上のクリスティアンの後を継ぎ、今年委員長になったそうだ。つまり、去年まではクリスティアンが風紀委員長だったのだ。優しい兄だが、顧問がオスカーで、後輩がヒューゴであれば、飴と鞭で上手くやっていたんだろうなとコニーは思った。
「クリス先輩から貴女のことをよろしくと言われています。困ったことがあれば、いつでも相談してください」
ヒューゴは笑みを浮かべることもなく淡々と告げているようだが、クリスティアンが託すくらいだから、きっと本当は優しい人だろうとコニーは思うことにした。
そして、多分この人も攻略対象だろうなと予想する。
アクアといえば、男爵家で貴族社会の中でも平民に近いくらい低い位置にいる。
男子も何人かいたはずだから、ヒューゴは男爵家の後を継ぐことがないため、婿入りや就職先探しに必死だろう。
貴族でありながら貧しく、幼い頃から成人したら出ていくよう言い聞かされていた彼は、物事を達観するようになっていた。
どうせ手に入らないのだから……諦めが早く、執着が薄い。
学園で出会ったヒロインは何事にも一生懸命で、最後まで諦めることがない。バカだなと思いながら、どこか羨ましいという気持ちを持って彼女の行動を見るようにしていた彼は、いつの間にか惹かれてしまっていた。
王子や上流貴族も目をかける彼女のことを、いつもの自分であれば諦めていたはずだ。しかし、彼女を見ている内に自分が失っていた諦めの悪さ、負けず嫌いの気持ちを思い出し、彼は諦めなかった。
そして、ヒロインと結ばれた彼は、彼女と共に平民として商いをして、小規模ながらも繁盛し、穏やかで幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。
うっかり結末まで童話みたいな調子で妄想してしまったコニーは、スザンナに袖を引かれていることに気づいた。
「会議が始まるわ。私達は隅の方に座りましょう」
委員の面々が続々と席に着いていた。コニーとスザンナも着席し、初めての委員会会議が始まった。
──そういえば、ヒューゴがアリサが出会うのはどこになるのだろう?
風紀委員会に加入していればコニー達と同じタイミングで出会ったのだろうが、アリサは生徒会を選択した。そうなると、別のところで行われるのだろうが……。
考えられるのは、生徒会対風紀委員会の敵対図だ。漫画とかでもよくある。
生徒会長でありながら、校則に反した行動がしばしば見られるアーネスト。反するとは言うものの大っぴらではなく、抜け道的な、これくらいいいだろうと目をつむれる程度だ。しかし、抜け目なくそれを指摘するヒューゴ。もっとも王族に対して末端貴族が強く言えるわけがなく、立場上チクリと釘を指す程度だろう。
そして、たまたまヒューゴが小言を言うところに出くわしたヒロイン。怖そうな人だと思うそれが、初遭遇イベントとなるのだ。
クールで淡々としていたヒューゴはヒロインと接する内に次第に打ち解け、顔を綻ばせるようになる──ツンデレ?クーデレ?どっちでもおいしい。
「──というわけで、明日の抜き打ち検査は新入生も参加するように。集合は朝八時に昇降口前。時間厳守です」
コニーがはっと気づいた時にはもう会議の終盤だった。よくわからないが、明日は風紀委員会の活動があるらしい。
ヒューゴと目が合ったコニーは聞いていたことに気付かれないよう、澄ました顔をしておいた。ヒューゴの表情も澄ましたクールなもののままなので、気付かれているのか、何を思っているのかわからないが……。
とにかく、委員会活動があるということは、先程予想した展開があるかもしれない。
コニーはまたイベントを見れるかもしれないとワクワクしながら、初めての委員会会議を終えたのだった。




