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それは、ある時ふっと浮かんだ。


ベッドと机、テレビしかない小さな部屋で、“私”はコントローラーを握って画面に釘つけになっていた。

キラキラした感じで抽象的に描かれた人物画……イケメンが動いて良い声で喋っている。その内容は女性を口説くもので、選択肢によって違う台詞を言ってくる。女性向け恋愛シミュレーションゲーム、いわゆる乙女ゲームというやつだ。



──いや、ちょっと待って!

そもそも乙女ゲームって何?テレビ?コントローラー?







「コンスタンティン?どうしたんだい?」


名前を呼ばれて、コニーは遠退きかけた意識を取り戻す。



そう、私はコンスタンティン・ブラウン。愛称はコニー。

アニューラス王国ブラウン伯爵家の長女で、もうすぐ十三歳。来月には国内の良家の子女が通うエンダー学園へ入学する予定。今のところの学力は可もなく不可もなく。

容姿は絶世の美女とはいかないが、キャラメル色のふわふわの髪に、空色のぱっちりした瞳は気に入っている。

今は両親、兄と一緒に晩餐の最中だ。


そんなコニーは今、あり得ない記憶を思い出してしまった。



“私”って、名前は“小林ゆい”じゃなかった?

──でも、この十三年間、確かに私はコンスタンティン・ブラウンと呼ばれていた。


住んでいたのは日本で、普通のサラリーマンの家の子じゃなかった?

──でも、ここは世界でも先進的で列強と言われる大国・アニューラス王国で、我が家は由緒正しき伯爵家で、父のブラウン伯爵は決して小さくはない領地の運営をしながらもアニューラス王国の警察庁長官を任され、母のブラウン伯爵夫人は領地運営の手伝いをしている。


髪も目も黒色で、ザ・日本人な顔をしてなかった?

──でも、毎日鏡で見る顔は西洋人のように肌が白く、目鼻立ちがはっきりしている。




「コニー?具合が悪いの?」

「……いえ。何でもありません……けど、あまり食欲がないので、自室に下がらせていただきますわ」


沸き上がってくる疑問は留まることを知らず、心配そうに見てくる兄をあしらい、コニーは足早に自室へ戻った。



自室もまた記憶にある四畳半の窮屈なものではなく、大きなベッドや鏡台があっても、まだあの小さな部屋がいくつか入りそうな余裕のある、広々としたものだ。それが普通だと思う自分と、信じられないという自分がいる。


「……さて」


まず状況を整理しよう。




「──私は誰?」



小林ゆい。

──コンスタンティン・ブラウン。


二人の名前と記憶が出てくるコニーは、どうやら持っていた前の人生の記憶を思い出したのか、ゆいの意識がコンスタンティンに乗り移ったのか、はたまた多重人格かとんでもない妄想を持っているようだと考える。コニーが知る限りこの世界にないものが思い浮かぶので、おそらく転生か憑依だろうが。ゆいが異世界転生等の創作作品をよく読んでいたので、その辺りは早々に受け入れられた。


ただ、何より気になるのは……。


「これって何のゲームかしら?それとも漫画?小説なの?」



──自分の容姿や名前、国名にも全く見覚えがないか、これが乙女ゲームの世界なんじゃないかということ。




そう考える理由その一。

建物や衣装なんかは中世ヨーロッパ風かと思いきや、蛇口を捻れば綺麗な水が出て、スイッチ一つで火を灯さずとも灯りが点く──上下水道が整備され、電気が通っている。さらに、移動手段は馬車だけではなく、蒸気機関車やレトロな自動車も存在する。

中世と近代の良いとこ取りをした世界観なのだ。いかにも、誰かが考えたフィクションの世界っぽい。


理由その二。

カラフルで、突出した美形が多い。兄のクリスティアン・ブラウン次期伯爵は、兄妹だけあってコニーと同じ色彩だが、切れ長の目にしゅっと通った鼻筋で、文武両道。身内から見てもスマートな美男子だ。

父親同士が友人で、幼少から交流のある公爵家のご子息は、見事な赤色……ゆいの時の世界で見た赤毛ではなく、宝石のルビーみたいな綺麗ではっきりした赤色の髪なのだ。髪の派手さとは対照的に目は暗い灰色で、不思議な雰囲気の美少年だ。

式典や新聞などでお見かけする二人の王子はゴージャスな金髪に、色気の漂うシルバーブロンドの高貴な美形。

ゲームの攻略対象になりそうなキラキラした人ばかりだ。


理由その三。

貴族の子ども達が通う学園が存在する。コニーももうすぐ入学することになるが、基本的に十三歳から十六歳までの三年間、国内の貴族子女は王都にある国立学園に通う決まりとなっている。勉学だけでなく、協調性や社会性など大人として生きていく術を身につけることが目的だ。ここで才能を発揮した者はもっと専門的に学べる機関へ行けたり、就職先が見つかったりする。特に後継ぎではない子ども達にとっては重要な場所だ。

そんな学園は貴族だけでなく、優秀な人材は平民も特待生として受け入れる。

貴族ばかりの学園に特待生としてやってきたヒロインが、貴族にはない価値観で攻略対象達を籠絡していく……ゲームにありがちな設定だ。




でも、ここが乙女ゲームである確証はないし、今の自分が持つ情報では似たようなものは思い当たらない。


「……まあ、いっか」


どんな話かわからない以上、色々と、特に危険なことは予想しつつ、今を生きるしかない。極端なことを言えば、似たような展開が多いから、大体の予想はつく。何もないかもしれないが、もしかしたら、美形な攻略対象と可愛いヒロインのラブシーンを目の前で見れるかもしれない。

とりあえず今はそれを楽しみに、これまで通りの振る舞いでの生活を頑張ろう。

ただでさえ、貴族令嬢というものは大変で、歩き方一つで母親からブリザードが吹き荒れる。うじうじと悩み、妄想に耽って勉強を疎かになんかしたら……恐ろしい。


小林ゆいもコンスタンティン・ブラウンも積極的で何事もポジティブ思考というわけではないが、引き際はわきまえ、決断する時は決断するのが信条だ。──口よりも思考が雄弁で、色々考えすぎて最終的に面倒になってぶん投げるともいう。


とにもかくにも、これからのことを決めたコニーは気が抜けたのか、前世らしきものを思い出した衝撃も何のその、ぐっすり眠ることが出来たのだった。


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