5:下の世界
◇◇◇◇◇◇
下界に堕とされてから一日が過ぎたころ。
エリィはぼんやりと意識を回復した。
拷問を受けて傷だらけの身体が痛むが、それでもまだ彼女は自分がまだ生きていることに驚いていた。
下界はかつて最終戦争によって大量殺りく兵器が投下されて以来、石と剣で戦うような文明水準が著しく落ちており、自分たち天空界に生きる者たちは、そんな最終戦争を行わずに古代の技術を守り続け平和の道を選んだ選ばれし選民であると教師から耳にタコができるまで言われた。
「………ここは?」
見たところ、あの船ではないのは確かだ。
船の中ではエリィは拘束されていた。
だが、ここでは拘束されていない上に、追放の証として斬られた翼は縫合されて、ふかふかのベッドの上で毛布をかけてもらっている。
部屋の壁もコンクリートではなく、大理石のような立派なものを使っており、天空界でも見たことのある照明器具などもある。
そして、一番エリィが気掛かりだったのは、隣でスゥー、スゥーと眠りこけている狼の頭部を人間の身体にくっつけたような女性が椅子に座っていることだろう。
エリィは彼女が下界人であると判断したが、この状況を考えると監視こそされているがもてなされているのではないかと考える。
もし、奴隷として扱うなら檻に入れるか、獰猛な獣たちによって殺されているだろう。
そうでないとすれば、エリィ自身は丁重に扱われている。
それは確実だ。
「………んっ、んぁっ………いかん、少し眠りこけていたな………いかんいかん、しっかりせねば………」
それと同時にナルが眠りから目を覚ました。
第九軍の指揮を執ってからほぼ不眠不休であった為に、ほんの30分程度の間だったがうたた寝していた。
ナルは眠い目を左手で擦って両手で頬をバチバチと叩く。
一旦目を閉じてから再び目を開けると、ベッドに眠っていたエリィと目が合った。
直ぐにナルは姿勢を正してエリィに謝罪する。
「も、申し訳ございません…。貴女の護衛をしていながらうたた寝をしてしまうとは…どうかお許しください」
「い、いえ………こちらこそ、翼の傷………縫合までしてもらったみたいで本当にありがとうございます、あなたがやったのですか?」
「いえ、縫合に関しては医者が行いました。私は貴女を運んだだけに過ぎません」
こうして会話ができることにエリィは顔では平然を装いながらも内心では驚いていた。
古代の時代に言語が一つに統一されて以来、その時代の言葉や文字などを使い続けた天空界では、下界の言語や文字は再びバラバラになった可能性があると権威ある学者達の書いた論文で読んだことがあったからだ。
文字のほうは分からないが、現時点では少なくとも言葉のほうは下界も天空界も大きな変異は無かった。
「…これから健康診断を行うので医者を呼んできます。少しの間この部屋で待っていてください」
そう言ってからナルは部屋を出るときにエリィの方を向いて一礼すると、廊下を駆けてアルベの元に向かった。
アルベはモルルと共に大広間の一角に置かれた個室で仮眠をしていた。
いや、仮眠というよりも爆睡しているといったほうが自然だろうか。
消毒液の浸かったバケツの中に血で汚れた手袋と白衣を入れて二人そろって椅子に腰掛けて机に伏せていた。
「先生!!!!アルベ先生!!!!起きてください!!!ついにあの御方が目覚めましたよ!!!」
爆睡している二人をナルが起こしにきた。
普段ならアルベが不機嫌になるのだが、ナルがあの御方と言ったので直ぐに睡魔も吹っ飛んだ。
ガバッと身体を起こして診療器具を持ってエリィの所に駆け足で向かう。
助手のモルルもアルベについて行く。