3:魔王の治療
周囲に白煙が舞い上がる。
空から何かが落ちてきた衝撃によって円陣を組んで装置の周りにいたチスイやその部下たちは一斉に吹き飛んでしまった。
ナルは咄嗟に構えていたので吹き飛ばされることはなかったが、この独特な金属が焼けるような臭いの出処が気になっていた。
魔王が復活したのか…そしてチスイ達は無事なのかが気になった。
「チスイ殿、チスイ殿!!!無事か?!」
「………ゲホッ、ゲホッ………ええ、私は無事です。それにしても………白煙で辺りが見えません………申し訳ないですがナル様、煙幕払いをお願いしてもらってもよろしいでしょうか?」
「わかりました………」
ナルは腰に身に着けている一族秘伝の刀剣を取り出す。
ウェアウルフ族の中でも腕の立つ鍛冶職人によって製作に一年を費やすほどの刀剣であり、刀剣には魔力が備わっていることで、多くの敵を斬り落とすことができる代物だ。
ナルが会得している煙幕払いは決戦から脱出する際に使用しており、この月夜の間に充満している白煙を外に押し返す。
刀剣で白煙を切裂き、そして刀剣に吸い寄せられるように渦を巻いて外に吐き出した
「………煙幕払い!!!」
白煙が月夜の間から消えると同時に、魔王復活のために円陣を組んでいた場所には今までに見たこともない奇妙な物体が鎮座していた。
ナルやチスイ、そして彼の部下たちはその物体を見て唖然とした。
物体はオレンジ色の塗装を施されており、透明なガラスには一人の女性が目をつぶったまま仰向けになっている。
「こ、これは………魔王…様………なのか?」
ナルが様子を見ようと近づくと、物体はプシューと水蒸気のようなものを吐き出してゆっくりとガラスの部分を開放した。
開放されると同時に、ナルはこの物体に乗っていた女性が只者ではないことに逸早く気が付いた。
女性には鎖が巻かれており、薄いワンピースを着ているが身体の至るところに傷や打撲の痕がある。
そしてなにより、彼女には歴代魔王にしか宿さないといわれている背中に生えている翼があったのだ。
「一瞬人間かと思いましたが………間違いなく魔王様の血筋にあたる御方かもしれない………」
「背中にあるのは間違いなく歴代魔王様のお血筋にしか生えてこないと言われている背翼………もしや魔王様が姿を変化してお戻りになられたのではないでしょうか?」
ナルとチスイの意見は異なってはいたが、二人とも魔王の血筋もしくは生まれ変わりではないかという意見で一致したのだ。
このような珍妙な物体に乗ってやってくることができるのは魔王様かそれと同等の魔力を持った人物以外にあり得ない。
それにしても、この痛々しい姿はどうにかしなければならない。
ナルは鎖を外して女性を抱えると、すぐに治療を行うべく医務班の所へと駆け足で向かった。
………★………
「ぐあああああっ!!!いてぇぇぇよぉぉぉぉぉ!!!アルベ先生!!!痛いですよぉおぉぉ!!!!」
「我慢してください、もう回復ポーションが無いので針で縫うしかないのです。せめて電撃でスタン状態にして痛感を麻痺させましょう。モルル、電撃弾をお願いします」
「あべべべべべべべ………」
医務班で魔王お抱えの医者であったシャドーエルフのアルベは要塞の大広間で負傷した魔物たちの治療に専念していた。
いま治療しているのは大腿骨頚部を大きく損傷したオークの治療であったのだが、回復ポーションが無くなってしまったので、代わりに助手でハイエルフのモルルに電撃弾を使ってオークの感覚を麻痺させた状態で損傷した部分の治療に励んでいたのである。
決して電撃弾を撃ち忘れていたとかそんな初歩的ミスはしていないのである。
たぶん。
どかどかと駆け足が聞こえてくると同時に、女性戦士の勇ましい掛け声が大広間に響き渡る。
「先生!!!!アルベ先生はいらっしゃいますか?!!!!!!!」
「ちょっとナル様、他の患者様がビックリしてしまいますわ、ここではお静かに願いますわ」
「それどころじゃないんだ先生、ちょっと手を貸してくれ………」
「一体急になにを………………その御方は………………まさか………………」
ナルが抱えていた女性を見た途端にアルベは目を見開いて驚いた。
歴代魔王や魔王の血筋にしかないはずの背中から翼の生えた女性、お抱えの医者であったアルベは何度も魔王を治療したことがあったので見間違う筈もなかった。
魔王様を含めて血筋の者は全滅したはず。
「詳しい話は後で………とにかくこの御方の治療を最優先で頼む!!」
「ええ、わかりました…すぐにあちらの個室をご用意いたします!!モルル、そのオークさんは他の人に治療をしてもらうように指示を出して!!あなたは私と一緒にこの御方を治療するわよ!!」