3話 奇文
勇仁郎と烏天が会話を始めてからどのぐらい経ったのだろうか?
時間の概念が存在するのかどうか分からないこの世界でその答えを知る術はない。
少なくとも同じ姿勢で座り続けている勇仁郎の足が痺れるくらいには時間が経過していた。
烏天の言葉を聞いた勇仁郎の声が広大な更地に響く。
「こ、攻略本を持っているって、本当ですか⁉︎」
烏天の『攻略本』発言に希望を見出した勇仁郎は襲いかかるかのように烏天の肩を掴んで叫ぶ。
「は、はい!持ってます!
今からそれをお見せするので
お、落ち着いてください!」
勇仁郎はその言葉に冷静さを取り戻し、「すいません」と詫びながら慌てて手を離す。
「いえ、興奮する気持ちは分かりますから」
烏天は、微笑みながらそう答え、「ふぅ…」と一呼吸を入れてから話を再開する。
「では、『攻略本』取り出しを始めます」
そう言った彼女の右手には、いつのまにか、折りたたまれた1枚の紙が握られていた。
おそらく袖の中に隠し持っていたであろうその紙を赤い地面に広げる。折り紙ほどの大きさであるその紙には、魔法陣が書き込まれていた。
「エストラーク!」
魔法陣を作動させるための言葉を彼女が発した途端、書かれていた魔法陣が スー と消え、紙が元の10倍ほどの大きさとなり、立方体を形作る。
その立方体の上の面は開くようになっているらしく、烏天はそこから、中に入れていた黒い本を取り出した。
「この本が『攻略本』です。あの…中身…読みますか?」
目を爛々とさせ、取り出した本をじっ と見つめる勇仁郎に問う。
「い、いいんですか?」
「はい。どうぞ」
勇仁郎は、烏天から受け取った本を地面に置き、ページの端から端までじっくりと読み始めた。
「えっと…生物はスライムやオーク、ドワーフなんかもいるんだな… 『エルフはあの日から観測されていない、絶滅の可能性有り』…どういう意味だ?」
ぶつぶつと1人喋りながら本を読み進める。
「各種族ごとに異なった言語を使い、言葉を聞きとる魔法陣も無し…か。
うーん、どうしようかなぁ」
勇仁郎は、様々な思いを巡らせながらページをめくっていく。
半分ほど読み進めたところで急に白紙のページが現れた。その白紙のページは本の最後まで続いていた。
「攻略本って言ってましたけど、半分までしか書かれていないんですね」
そう同意を求めてきた勇仁郎へ烏天は、驚きながら話す。
「お、おかしいです、この本。私が読んだ時は、最後のページまでしっかりと書かれていました。それに、エルフのことなんて一言も…」
「んー、なるほど… この本は読み手によって内容が変わる本なのかもしれないですね」
そう言いながら烏天に本を返……そうとしたその時、突如、本が白く淡く輝きだした。
その輝きは、ものの数秒で失われた。
勇仁郎は、即座に本の中身を確認する。
「生物の名前や説明、魔法陣の数が増えている…」
驚く勇仁郎へ烏天は説明をする。
「先ほどの光が放たれたとき、この本は必ず内容を更新するんです。」
「なるほど、これはこまめに確認しないといけないですね」
そう話しながら、どんどんページをめくっていく。すると、最終ページの中央に1文書かれているのに気がついた。
「『薬には、気をつけろ』?
どういう意味ですかね?これ」
「私にも、さっぱりですね… 薬を飲む時は、慎重に…ってそんなわけありませんよね」
奇妙な文について話し合う1人と1匹。
『攻略本』のカバーが外れかかっている。よく見ると、カバーの内側に1文書かれているようだ。
『烏は1匹しかい…ない』
という1文が。