2話 攻略本
女性と2人きりで過ごす時間。
楽しく、嬉しい、そしてドキドキとする時間。
勇仁郎もそんな時間を過ごしてみたいと日頃から考えていた。そのため、烏天と一緒にいる時間が楽しく、嬉しかった。ドキドキした。
例え、相手が悪魔であったとしても。
「この世界の名は、マーニル。世界の半分ほどが更地状態のようです」
烏天の言葉に勇仁郎は顎に手を当て考える。この世界で生きていく方法を。そして、
「それと…言いにくいんですけど、この世界には、私たち1人と1匹しかいないと思われます」
考えることを止めた…
「えっと、え、それは、う、嘘…ですよね?」
思わず声が震える。
食べ物や飲み物は見渡す限りどこにもない。それでも、「この世界に詳しい人が何人かいればなんとかなるかもしれない」と勇仁郎は考えていたからだ。
彼は期待する。烏天は初対面の相手でも平気で嘘をつける悪魔なのだと。
期待する。期待する。期待…
「嘘…ではありません」
彼女のその言葉が勇仁郎を絶望へと叩き落とした。
「ただ、誤解しないでほしいのが、この星に生物はいます。私も何度か会いました。それでも、『1人と1匹しかいない』と言ったのは、言葉が通じる生物がいないんです」
「そう…ですか」
期待を裏切られた勇仁郎の声に元気はなかった。しかし、
「では、烏天さんは、どうやって生きてこられたんですか?」
会話は止めなかった。
勇仁郎は知識を得ることが好きだった。疑問をそのままにはできない性格であった。
そのため、彼は「どうせ死ぬのならせめてこの世界のことを少しでも知ってから死のう」と考えたのだ。
彼の思いを感じてか、烏天は悲しそうに答える。
「えと、悪魔は、食事・睡眠を必要としないんです。風邪などにもかかりません。ですから、自殺・他殺か寿命でしか死ぬことはないんです」
「そうでしたか。羨ましい…ですね」
この言葉を聞ききながら、勇仁郎は想像していた、烏天の側で生き絶える自分の姿を。
「孤独の中で死ぬことにならなくてよかった」と内心 ホッ としていた。
「少し話が変わるんですけど…烏天さん自身のことを聞かせてもらえませんか?」
勇仁郎は、「自分の最後を看取ってくれる女性のことをもっと知りたい」という理由から話題を変えた。
「……勇仁郎さんは、もう気付かれていると思いますが、私は、もともと日本で暮らしていました。
こちらの世界にきてから徐々に昔の記憶が失くなっているので、今は、『日本に住んでいたこと』と、『事故で死に、目が覚めたらこの世界にいた』ということ以外は覚えていません」
「そうだったんですね… 漢字や天麩羅のことを知っていましたから、元日本人ではないかと思っていました。
えっと…話したくなければいいんですけど、どんな事故だったか覚えていませんか?」
勇仁郎は烏天に問う。
下を向き、より一層影が落ちた顔で烏天は答える。
「……本当に申し訳ないんですけど、言いたくありません。思い出したくもないので」
「……そうですよね。失礼な質問をしてすいません」
自分を恥ながら勇仁郎は彼女に謝罪した。
彼の謝罪に返ってくる言葉はなく、沈黙が1人と1匹を包みこんだ。
しばらくの沈黙。それを破ったのは、勇仁郎の疑問だった。
「あの、1つ、質問したいんですけど、なぜそんなにこちらの世界に詳しいのですか?」
烏天は日本生まれだ。だがそれにしては、こちらの世界に詳しすぎる、勇仁郎はそう考えた。
正直「転生したのが、ずいぶん前のことだから」と言われるだろうと予想していた。しかし、返ってきた言葉は、
「実は、私…この世界の『攻略本』持ってるです」
意外な言葉であった。
それは、同時に、希望を見出す言葉でもあった。