1話 嬉々悪魔
勇仁郎は、走り始めたころから毎日ストレッチをしていた。欠かしたことなど一度もない。
そのため、体が柔らかく180°の開脚など朝飯前だった。
勇仁郎は、その日も見事な開脚を披露した。
魔法陣の上で…
何が起きたのだろうか。
彼は、開脚をしたままあたりを見回す。目に映ったのは、どこまでも広がる赤い土と枯れ果てた木々、そして、両手を挙げ涙を流しながら歓喜する女性の姿だった。
はじめは、人間だと思った。小麦色の肌に肩より少し長めの黒色の髪、小さな顔に瑠璃色の瞳、ほっそりとしたウエストにすっきりとした胸とお尻。15歳くらいだろうと。
頭の角と羽を見るまでは。
その角と羽は作り物ではないとすぐに断言できた。角は2本、どちらも上向きに生えている。左の角の方が少し長く、皮膚と角の境目が分からない。
羽は4枚、全て腰のあたりから生えている。色は目を奪われるほど美しい漆黒であり、どちらも人の手では到底作れないであろう代物であったからだ。
その姿に見とれていると
「あの…私の声、分かりますか?」
と彼女が話しかけてきた。
手で涙を拭いながら発せられたその声にもまた魅了された。
「はい、分かりますよ」
足を閉じ、立ちながら答える。
その言葉を待ち望んでいたかのように大喜びする彼女に対して、長時間の開脚からくる股関節の痛みに耐えながら勇仁郎は問う。
「聞きたいことは山ほどありますけど、とりあえず、あなたは誰でここはどこなのか教えていただけませんか?」
「そうですね、ごめんなさい。本当に嬉しかったものですから」
彼女は、胸に手を当て深呼吸を3回はさみ落ち着いたのち、
「私の名前は、『烏天』と言います。『烏』という漢字に天麩羅の『天』で烏天です。悪魔やってます」
と、名乗りこの世界について知りうる全てのことを話しだした。