行儀良くいたしましょう
フロイライン家の実用性重視の無骨な馬車は街道を走って王都へと入った。そのままにぎわう王都のメインの道を通り抜ける。半日ほどでスファロニウス王国の王宮へと辿りついたのだった。馬車の正面には壮麗な王宮が天高くそびえ立っている。
「わぁ、王宮ってキラキラしているのね」
「そうだな、妖精が尖塔の周りを大勢飛びまわっている」
カナルの言葉を受けて、リリアンヌは立ち止まった。後ろに倒れそうなくらい首を後ろに倒して、空に向かって立つ幾本もの尖塔を見上げる。しかし、いくら目を凝らしてもリリアンヌには白い外壁が陽の光でキラキラ反射しているようにしか見えない。
(うーん、やっぱり妖精は見えないわ。残念)
家令のバードを馬車に残し、残りの三人は足早に王宮へと足を踏み入れた。
「お茶会開始まで時間があまり無いのだから、二人とも急ぎなさい」
「「はい」」
リリアンヌとカナルはフロイライン子爵の後を追った。
◇◇◇
「リリアンヌ様、キョロキョロしないように」
「リリアンヌ様、そっちは方角がちがう」
「リリアンヌ様、走ってはいけないって言われたよね」
王宮の入口で身分証を提示して、簡単な身体検査を受けた後、フロイライン子爵と子供達は別行動となった。途中までは一緒に居たが、第一区画と呼ばれる場所を過ぎると、別々となり、子供達は役人に指示された通路を通っている最中である。ただでさえ広い王宮である。リリアンヌとカナルにとって初めての場所であるし、リリアンヌにとって誘惑が多く、なかなか指定された場所にたどり着けない。
「カナル、私だって寄り道はダメだってわかっているのよ」
「俺だって、何度も言いたくない」
「そうでしょ、だったら」
「ダメだ。……あ、言いにくいから名前を省略して良いか?」
足を早く動かしながら、二人は会話を続ける。
「リリ様って呼ぶ」
「えっ!? あっ、それ、かわいい。うん、良いわ」
この時から、カナルのリリアンヌに対する呼び方はリリ様となったのである。
王宮の奥宮の中程にあるテラスが今回のヴィルベルト王子主催のお茶会の会場だった。建物から大きく張り出した屋根で日差しは遮られていながら、心地よい風が時折吹き抜けていく場所である。
低く刈り込まれた花を付けた低木と緑濃い芝を眺めることが出来る。真っ白いテーブルクロスの掛けられたテーブルとおそろいの白い椅子がテラスには置かれていた。
リリアンヌは腰から下が大きく膨らんだいわゆるピンク色のドレスを着ていた。フワフワのピンクゴールドの髪とドレスは下に向かって濃くなるピンクのグラデーションとなっていてとても愛らしい印象である。カナルは白いシャツに黒いジレを重ね、濃い緑の細身のパンツという仕立ては良いが地味な装いであった。
「カナル、行くわよ」
ふぅーっと息を吐くとリリアンヌはつるバラのアーチをくぐった。カナルもすかさず後を付いていく。
奥の席にはすでに何人かが着席していた。男子の従者は何人か見えるが、今回は貴族の女子のみが集められたようだった。
大きなテーブルには三段重ねのティースタンドがセッティングされ、小ぶりのサンドイッチにスコーン、ケーキが並んでいる。どれもツヤツヤとしてとても美味しそうだ。空のティーカップの中は真っ白で、紅茶の色が映えそうである。
末席にリリアンヌはそっと腰を下ろした。後ろにカナルが立って控える。
心持ち口角を上げたまま、リリアンヌは辺りをうかがった。
まだ王子は登場していない。全員揃ってから現れるのだろう。
皆、顔見知りなのか小声で談笑している。リリアンヌを見て、これ見よがしに眉間にシワを寄せる者もいた。お茶会の常連なのかもしれない。
(どう見ても、私が一番格下よね。下の者から声はかけられないし。黙って見ているしか無いか)
失礼にならない範囲で辺りをよく見れば、令嬢達は薄くフワッとした生地のドレスを着ている。大きく膨らんではいない。夜会ではないということで、リリアンヌの身に付けているものとはだいぶ違うようだった。
リリアンヌに普段行き来するような貴族の友人はいない。普段は好意的な使用人や領民と接するのみである。格下に見る視線や値踏みするような視線はたいそう居心地悪かった。
リリアンヌは俯きたくなる頭を高く上げる。最奥に同じように姿勢を正して、顔を正面に向けたまま微動だにしない顔立ちのハッキリした美少女が居た。
隣りに誰かが座った。リリアンヌはとっさに振り返る。
ーーカラン、パシャ
「失礼」
フィンガーボウルの水がリリアンヌのドレスにかかったのだった。床には一緒に入っていた花が一輪転がっている。
固まって動けないリリアンヌに更に冷笑が降りかかる。
「リリ……さまっ」
カナルが駆け寄った。隣の令嬢をにらむカナルをリリアンヌは手で制し、お茶会会場からいったん退出するため立ち上がった。濡れたままではこの場に居られない。
「私はロゼリア・アインマイルです。これを使いなさいな。王子には私から遅れると伝えておきます。……気分転換していらっしゃい」
いつの間にか先ほど見た孤高の美少女が目の前に居た。そのクッキリとした切れ長の青い目には嫌悪も哀れみも浮かんでいない。気遣いだけが浮かんでいる。艶やかで真っ直ぐな黒髪は彼女の気性を表しているようだった。
アインマイル公爵令嬢。非公式のお茶会だから言葉を交わせる。リリアンヌからしたら雲の上の存在であった。
差し出されたハンカチを受け取る。繊細な花の刺繍が施されていた。
「リリアンヌ・フロイラインです。あ、ありがとうございますっ」
リリアンヌは思いっきり頭を下げていた。ロゼリアに見惚れた瞬間であった。
フィンガーボウルには指先を洗うための水が入っています。王宮なので更に花を一輪入れてみました。