木の下で読書をしましょう
お待たせしました orz
フロイライン子爵は、「カナルを妖精使いとして雇いたい」という愛娘の願いを叶えるべく奔走した。もちろん、当主として希少な妖精使いを雇えるものなら雇いたいという気持ちもあった。ラクして幸運が舞い込むならその方がいい。しかし、努力で幸運を掴むことだって出来るのである。必ずしもカナルが必要という訳ではないのだ。
「妖精使いは何者にも縛られない」とは世間一般に言われていたが、力ある妖精使いならば国に保護または雇用される存在でもある。幸いカナルの力は弱く、きちんと教養を与えるという条件下でフロイライン家に留まることが国から許された。
「カナル、君を単なる妖精使いとして我が家に雇うほどの余裕は無いんだ。国から幾ばくか保護支援金は出るのだが、リリアンヌの従者兼任で良いなら雇おう。もちろん妖精使いとしての教養を身に付ける勉強は、リリアンヌと一緒に受けさせる。それで良いかい?」
「はい。……よろしくお願いします」
カナルは表情が変わること無く、雇い主となるフロイライン子爵に頭を下げた。雨露をしのげる場所と食事が保証されている生活ができるうえに、従者として働くことで多少は賃金がもらえるのだ。自分を保護する者も無く、一度死にかけた身としては有り難いだけである。もしも、この生活が嫌になって、一人で生活できるめどがあるなら、出て行けば良いだけのことだ。
「これでもうカナルはずっと我が家の一員よ。よろしくね」
安心したとばかりにニコニコとしながらリリアンヌはカナルの顔を覗き込んだ。
近すぎるリリアンヌに対しやや身を引きつつも、眩しいものを見たとばかりにカナルは眼を細めたのだった。
◇◇◇
カナルが妖精使い兼従者となっても、フロイライン家の雑用をこなすことに変わりはなかった。リリアンヌが勉強するときには一緒に机に向かわされることと、出掛けるときには必ず一緒に出掛けることが新たに加わった。
不機嫌そうに見えながらも、誰に言われるでもなく、用事がなければカナルはリリアンヌの側にいた。リリアンヌも話し相手が出来たとばかりにカナルへと話しかけた。
「皆が幸せになるように」という信念に近い考えを持って、リリアンヌは知識を身に付けることに励んだ。新しい技術や仕組みを覚えることが、将来、領地が豊かになることに繋がると信じていた。領民が気持ち良く働けるならと自ら率先して動いていた。
幼い頃に読んだ本のヒロインのように、ヒロインであるように振る舞い、リリアンヌはヒロインであった。
「カナル、私お勧めの本はもう読んだの?」
「あぁ。……いや、はい」
「ふふっ。二人だけの時なら無理して敬語にしなくてもいいわ」
フロイライン家ご自慢の大きなケヤキの木の下に大きな布を敷いて、リリアンヌは本を読んでいた。木陰を涼やかな風が時折吹き抜けていく。カナルは木にもたれるようにして立ったまま目を瞑っていた。
カナルが妖精にお願いしたからフロイライン家に「良いこと」が起きるようになったとかに関係無く、二人の間には何となく心地良い空気が生まれていた。
「絵本とはいえ、短期間で字が完璧に読める様になったのはすごいわね。それで、面白かった?」
リリアンヌは本をパタンと閉じて、カナルにいたずらっ子のような視線をやった。
「えっ、あぁ、俺には女の子が王子と幸せになったとか実感わかなくて、正直いえば何が面白いのかよく分からない」
「そーお? 私なんかドレス着て踊っている絵を見るだけでワクワクしたものだけど……言われてみればそうよね。私はヒロインのようになりたいって思って過ごしてきたけど、実際の生活はたいして変わらないし。ああ、今の生活に不満があるわけじゃないわよ。毎日楽しいし、幸せって思えるわ」
カナルはリリアンヌを見つめた。今日も彼女の周りには妖精が舞っている。
「絵本の中の女の子って、その後はどうなったのかしら。現実で考えたら、後ろ盾もない田舎娘が王宮で暮らすだけでも慣れない生活で大変だろうし、義理とはいえ国王夫妻が親になっちゃうのよ、気疲れしそうよね。貴族だけでなく、使用人にも、なんでお前がっていじめられそう。そうよねぇ。王子の愛だけでは暮らせないわよね。ちょっと会っただけで結婚しているし、愛なんてなくて勢いだけだったのかも。うわぁ、よく考えてみれば、幸せになりましたって言えないわ。ハァ」
リリアンヌがカナルを見れば、ウンウンと頷いている。
「妖精が気まぐれにもたらした幸せ?」
「あり得なくはないな」
リリアンヌは見えない周りにいるらしき妖精に向かって手を合わせた。
「私、王子様と何かなるような幸せはいりませんからね」
そう言うと、再びリリアンヌは本を手に取り、読書を再開した。
カナルはケヤキの葉の隙間から見える空の色を確認すると、再び木にもたれ目を閉じたのだった。
知り合って日の浅い二人が、昔からの知り合いのようにお互いのことをわかり合えることが、妖精のもたらした幸運の一つであるのかどうかは分からなかった。