お抱え妖精使いに採用しましょう
カナルが使用人部屋に移っても、リリアンヌは暇を見ては様子を見に行った。
邪魔をしないように覗き見れば、カナルは無愛想ながら、指示された仕事は掃除であっても薪割りであっても嫌がらずこなしている。
(思ったより働き者ね。小さいのに、大人に混じって動いている姿って可愛い)
そんなカナルが一番上手なのが馬の世話だった。初めて馬小屋に入ったときはなぜか馬が暴れて嘶いたが、いつの間にか、昔から世話をしていたが如く馬がカナルにすり寄っていく。カナルがいると馬の機嫌が良いので、リリアンヌが馬車で出掛けるときはカナルも一緒に出掛けることが多くなった。
「ねえねえ、私もカナルみたいに御者台に座りたいわ」
「危ないですから、お嬢様は後ろの座席に座っていてください。座り心地も良くないし、何かあってからでは遅いんですよ」
「……子供はおとなしく乗っていろ」
「カナルだって子供でしょ。ずるいーぃ」
「こら、カナルはもっと丁寧な言葉を使いなさい」
大人にばかり囲まれているリリアンヌにとって、同世代のカナルは身近な友人となった。身分を気にせずリリアンヌに接するカナルを周りの大人はハラハラしながら見ていた。けれども、元々庶民派貴族のフロイライン家のリリアンヌはカナルの態度を咎めなかった。
「ねぇ、カナルって思ったことズバッと言っちゃうでしょ。相手に恨まれることないの?」
「取り繕った言葉を言ったって、良いことなんかない。本当のことを言って恨まれる筋合いはないし。嘘なんて言ったらとんでもない目に合う」
ある日の午後、庭を散策、いやリリアンヌ的には探検しながら、しみじみといった感じで聞いてみた。直ぐさま迷いもなくカナルは返答したのだった。
長い前髪の隙間からカナルはリリアンヌの頭を見ていた。自分の頭を見ているカナルに気が付いたリリアンヌは自分の頭を突き出した。
「私の頭に何か付いているの? 嘘つくととんでもない目に合うって何?」
良くも悪くも素直にリリアンヌはカナルに問うた。気になるから聞くだけだ。
カナルの視線はリリアンヌの頭から離れ、近づきすぎる体を離すようにして、彼女の頭の上を見る。
「お前には世話になったし、こいつらうるせえから、言っちまうか……」
珍しく小声でカナルは呟いていた。
「俺、妖精使いなんだぜ」
一息に言い切ると、エヘンとばかりにカナルは胸を張る。聞いたリリアンヌは思わず右手を口に当てていた。そして瞬きもせず、じっとカナルを見つめる。
「本当に?」
カナルは大きく頷いた。
「助けてもらった礼だ」
屋敷の前に立ったカナルは手のひらを天に向け、高く掲げると指揮をするように両手を動かし始めた。口笛を吹いているような、語っているような、歌っているような甲高い音が彼の口元から流れ出し、両手をブワッと下げると共に音は止まった。
平民と比べれば大きなフロイライン家の屋敷だが、貴族としては大きくもない、少々年期の入った建物である。その屋敷の屋根のてっぺんがキラッと輝いたようにリリアンヌには見えた。
リリアンヌのパッチリと大きな眼がさらに大きく見開かれる。ワクワクするとばかりに両手は胸の前で握りこまれた。
しかし、いくら待てども、何かが変わったようには感じられない。説明が欲しいとばかりにカナルの顔を見つめて、彼の言葉を待った。
「……あー、わかんねえか。お前、けっこう妖精に好かれているんだ。何だかいつも楽しそうにしているからだろうな。お前の周りにいつも何人かいる。そいつらにこの屋敷っていうか、フロイライン家を守護するように頼んだ。……だからしばらく良い出来事が増えると思う」
頬をポリと掻きながら、カナルは答えた。
眼をキラキラさせて、リリアンヌはカナルの肩をガシッと掴んだ。カナルは思わず体が後ろに下がったが、それを許さない強さがあった。
「カナルって、あのあまりいないって言う妖精使いなの? すごーい。妖精と話できるの? わー、妖精使いに初めて会ったわ。……でも、妖精使いって上位貴族のお抱えだったりするんじゃないの? 何でカナルは道端に倒れていたの?」
話しているうちにリリアンヌの頭の中に疑問が溢れてきた。この世界には妖精が存在する。人間に対し気まぐれに、善いことや悪いことをもたらしていると言われている。その妖精に働きかけることで、人為的に良いことが起こりやすく出来るのが妖精使いであった。もちろん人為的に悪いことを起こりやすくすることも出来る。
妖精は楽しいことを好むとされ、気まぐれであるので絶対とは言えないが、妖精が屋敷守として住み着けばその家は繁栄する。そのため上位貴族は妖精使いを召し上げようとするが、妖精使い自体の人数が少ないと言われていた。
「……俺は子供の頃から妖精が見えたし、声も時々聞こえたんだ。たぶん孤児だったと思う。物心ついたときは、オヤジって呼ばされる男と住んでいて、そいつの言うとおりに妖精に命令していた。でも年が上がるにつれて、妖精が俺の言うことを聞かなくなってきたんだ。それでついに追い出された。まあ、あとは適当に生きていたら、死にかけて、お前に救われたって訳」
「それならカナルは今、何処に行く当ても無い妖精使いってことよね。じゃあ、我がフロイライン家お抱えの妖精使いになりませんか?」
「ちゃんと勉強したわけじゃ無いから、望むような事の全てが出来るわけじゃ無い」
「我が家もそんなに良い給料を出せないと思う。だからお互いさまよ。悪い人に良いようにされる可能性があるのに、路頭に迷わせる訳にはいかないわ。お父様が反対するなら、私が説得する」
カナルは自分に対して本気のリリアンヌを信じて良いものか迷っていた。
誰かに良いように利用されるのはもう懲り懲りだった。大人の暴力におびえたり、食事の心配をするような生活には戻りたくなかった。
まだ迷うカナルの背中を押すようにリリアンヌが言う。
「妖精を思い通りに出来ないように、妖精使いのことを誰も縛ることは出来ない。カナル、貴方が知っているか分からないけど、この古の言葉に誓うわ。それに私、貴方のこと、嫌いじゃない。一緒に色々な事を勉強しましょうよ」
リリアンヌは右手を差し出した。おずおずと手を出し、カナルは握り返した。
こうして、カナルはフロイライン家お抱えの妖精使いとなったのだった。
思いっきりネタバレのサブタイトルでしたね www