美味しいご飯を食べましょう
カナルはスープを飲み終わると、部屋の中を見渡した。
派手さが無いとはいえ、平民の住む家とは全く違う。木の部分がツヤツヤと光っている家具にフカフカの布団、天井にはつり下がるような灯り……カナルは居心地悪くなって身じろぎした。
「ここはフロイライン子爵のお屋敷です。リリアンヌお嬢様が自分で看病したいと貴方をこの部屋に連れて来ました。熱も下がった様だし、午後には違う部屋に移ってもらいます。お嬢様のご厚意に甘えすぎないでくださいね」
「あぁ」
「移るまではここでゆっくりしていて大丈夫です。もっと食べたいかもしれませんが、絶食後にたくさん食べるのはよくありません。たぶん昼食はお嬢様が持って来てくださいます」
ソニアは手早く片付けると、盆を持って部屋から出て行った。
残されたカナルは自分の手を見る。確認するようにして、握ったり開いたりした。
「俺、生きているんだな。見過ごされると思ったんだけど。これは礼をするべきか」
カナルはベッドに寝転がり、天井を見る。それから頭が隠れるくらい布団へ潜り込んだ。面倒な事は考えたくないと、もう一度眠ることにしたのだった。
――コンコンコン
――バアァン
ノックの直後、扉が大きく開かれた。
「カナル、ベッドから出られる? お昼ご飯にしましょー」
カートを押してリリアンヌがカナルのいる部屋に入ってきた。後ろから水差しを持ったソニアが続く。
「私、歴史の勉強も作法の勉強も済ませてきたのよ。お母様に許可を取ったから、一緒に食べましょう」
リリアンヌはカナルに花が咲いたような笑顔を見せた。
ソニアは部屋の隅にある応接セットのテーブルに皿を並べて、盛り付けていく。
柔らかそうな白いパン、スライスされたチーズ、皮がパリッと焼かれた鶏肉には緑色のソースがかかっている。野菜がタップリ入ったシチューのようなとろみあるスープからは湯気が立っていた。
――ぎゅるぐうぅ
カナルのお腹が鳴った。リリアンヌは微笑んだまま何も言わず、ベッドで上半身を起こしているカナルに向かい手を差し出す。
手を引かれるままカナルは並んだ食事の前に座った。目の前の食べ物は魅力的だった。
「召し上がれ」
リリアンヌの言葉で食事は始まった。
「病み上がりの人はよく噛んで食べなくちゃだめなのよ。この緑のソースはバジルが使ってあってね。ああ、野菜は残さないように」
「……食事中は静かにするのが貴族のマナーじゃないのか?」
「もちろんマナーは知識として知っているわ。でも、ここは食堂じゃ無いし、今、貴族のマナーで食べる必要がある? カナルだって堅苦しいのは嫌でしょ?」
そう言うなり、リリアンヌは鶏肉にぐさりとフォークを刺し、かぶりついた。
「うん、美味しい」
食事が終わるとカナルは浴室に連れて行かれた。慣れないながらも何とかカナルは一人で全身を洗い、やっと清潔といえる状態となった。
客間に戻ればリリアンヌがソファに座り、紅茶を飲みながら本を読んでいた。
「お帰りなさい」
「あぁ」
言葉こそ少ないものの、リラックスしたカナルの表情を見て、リリアンヌは大満足であった。
大きめの灰色のシャツの袖をめくり上げ、青いジレと茶色いズボンを身に付けている。ソニアが何処から調達してきたようだった。
(うん、悪いことしそうな子には見えない)
本を置いて、カナルに近寄り全身を眺める。
「カナルの髪って真っ直ぐで羨ましいわ。だいぶ体調が良くなったみたいだから、使用人部屋に移ってもらうわね。何も出来ない病人に私は手を差し伸べるけど、それ以上は出来ない。屋敷に居る分働いてもらうわ。フロイライン家には気分で誰かを助けるなんて余裕はないの。元気になって領民として働けるようになるまで面倒は見るけどね。働けばお金が入って、買い物して、領地にお金がめぐるでしょ」
「あぁ、分かっている。命を救ってくれたこと、感謝する」
カナルは素直に頭を下げた。
「頭なんて下げないで」
リリアンヌは口を尖らせて言うと、頭を持って上げさせた。
「理由づけしたけど、私がもうしばらく屋敷に居てほしいの。よろしく、カナル」
リリアンヌはニコッと笑って、握手を求めた。
二人は目を合わせて、握手した。
「……お前、頭良いみたいだけど、馬鹿だな」
「?」
「……でも、まあ、だからお前の周りにあいつらが居るのか」
カナルはリリアンヌの頭を見つめながら、彼女には分からない言葉を呟いた。
リリアンヌはストロベリーブロンドの髪を触りながら、こてんと首を傾げるばかりだった。