ゴミを見つけたら拾いましょう
フワフワのピンクゴールドの髪にパッチリとした碧い瞳、ほんのりピンク色の頬、小さめだが艶やかな唇……ニコニコとしていて周りの人に幸せをふりまくような少女。それがフロイライン子爵令嬢、リリアンヌである。
王都から馬車で半日ほどの距離にあるそこそこ栄えたダーチェという町にフロイライン家の屋敷はあった。子爵とはいえ、貴族としては裕福とは言いがたい庶民寄りなフロライン家であったが、町の住人に慕われていた。
幼い頃に幾度となく読み聞かされた物語の主人公のように、誰にでも親切にすることをリリアンヌはモットーとしていた。貴族としての勉強や礼儀作法を学習する合間に町のあちらこちらに出没していた。
「あー、約束していたベリーのパイはもう孤児院に渡してしまって残っていないわね。あと残っているのはクッキーが10袋と。さあ、喜んでもらってくれる人を探しましょう」
趣味のお菓子作りの完成品を、実益を兼ねて配り歩くのはいつものことであった。リリアンヌはふと、いつもは行かない屋敷とは反対方向の地域に行ってみようと思い立った。そちらには救護院がある。クッキーが病人への慰めになればと考えたのだ。
まだ日は充分に高い。馬車だから移動時間はそれほどかからないし、今から行けば帰宅が遅くなって家人に咎められることも無いであろう。
華美な装飾の無い、実用性重視の馬車は軽やかに街並みを進んで行った。
救護院は町の外れに建っていた。側には大きな森が広がっている。緑濃い森の恵みは多岐にわたり、ダーチェは豊かな食を誇る町として近隣に知られていた。
森は町の住人に恵みをもたらしていた。森の奥深くには妖精が住むと言われ、精霊信仰の聖地とも言われていた。
頑丈そうな石造りの建物の入口でリリアンヌは馬車から降りた。救護院を塀がグルリと取り囲んでいる。馬車を出入口前に停めて置くわけにもいかないので、御者は門前の番兵に馬車停めの場所を聞いていた。
初めて来た場所なので、リリアンヌは辺りをキョロキョロと見回した。前の小道には馬車や荷馬車が通っていく。顔色悪く救護院へと入っていく者がいたかと思えば、足取り軽く出てくる者もいる。
道の反対側の木々にリリアンヌは目を遣った。道を境にして森の奥まで木々がうっそうと茂っている。緑の香り濃い空気が森から溢れるように漂ってきている気がした。
「なんか、この辺りって空気が美味しいかも。なぁんてね」
リリアンヌは美味しい空気をたくさん吸い込もうと、手を大きく広げ、森を見ながら大きく息を吸い込んだ。
――スッッッゥ
「うっ!うぅ?」
目を見開いた後、可愛らしく右へ首を傾けるや否やリリアンヌは森に向かって駆けだした。道を走る馬車を軽やかに避け、ツインテールと言われる髪型の髪が大きく揺れる。
「ゴミ?」
道を渡った木の根元に大きくて黒い何かはあった。やや遠くから目を細めて、リリアンヌは眺めるようにそれを見た。
「うーん、ゴミなら捨てなくちゃならないけど……」
リリアンヌは綺麗な森に捨ててある巨大なゴミを見つけたと思って来たのだが、どうも違ったようだった。ボロ布の塊のように見える。異臭も漂っているし、正直に言えば近寄りたくない代物だった。目を凝らしてよく見れば微かに上下に動いているような気がする。
リリアンヌは近寄り、そっと手を伸ばした。
――ビクン
その何かは一瞬だがハッキリと動いた。
「え?え?やだ、これ人だわ」
汚いとは思いつつ、リリアンヌの手は動いた。素早くボロ布をめくり上げ、手のような場所を掴む。触った途端に手を引っ込めた。
「あなた……すごく熱いわ」
再びボロ布をめくり、今度は確認するようにして額に手をあてる。意識が無く、グッタリと力の抜けた体はずっしりと重たい。
ボロ布と一体化した体をそっと横たえると、リリアンヌは馬車に向かって走り出した。
そうして汚い塊と化していた人をリリアンヌは自分の屋敷へと連れ帰ったのだった。あまりの汚さに救護院に連れて行ったら、他の患者の病気が悪化しそうだったからである。
リリアンヌは目の前の命を助けるために最善と思われることをしていった。