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EBE  作者: しる
プロローグ
5/19

 玄関のドアが開いた。もう夜の七時を回っている。

「遅かったわね。おかえり」

 玲奈は居間でテレビを見ていたが、返答のないことに気付き、玄関の方を伺った。一人の少女が立っている。玲奈の娘だ。相変わらず髪が異常に長く、他人から見ると少し不気味な娘。しかし、何か様子が変だ。

「ちょっと、あんた、どうしたの!?」

 白いワンピースに血が大量に付いている。長い髪で分からなかったが、泣いてもいる。手には何やらビニール袋を持って、玄関で立ち尽くしている。

 娘に近寄ると、娘自身の血でないことはわかった。

 それだけで、玲奈は大体を理解することができた。こういうことは、これまでにも起こっている。

「玲奈・・・」

 弱々しくか細い声で、目に涙を浮かべながら私を見てくる。

「すぐお風呂に入りな。体も汚れてるよ」

「玲奈、ごめんなさい。せっかく買ってもらった洋服が・・・」

「あーあ!気にしないの!いつものことでしょ。んなことどうでもいいから早く風呂入ってサッパリしておいで」

 娘は俯き、風呂場へと向かっていた。

 またか。と、玲奈は溜め息を吐いた。

 何となく嫌な予感はしていた。娘が人と関わると、必ずと言っていいほど問題が起こる。最近友達ができたというから、それほど愛していない娘にもたまには何かしてやるかと、誕生日を祝った。

「愛していない」・・・か。考えれば奇妙な関係だ。

 愛していないはずだ。なのに、時間が経てば経つほど妙に彼女のことが気になる。今も、おそらく彼女のことを心配している自分がいる。

 自分らしくない。そう思いながら、玲奈は台所へお湯を沸かしに行った。



 シャワーで自分の体についた血を洗い流しながら、心結はこれまでのことを振り返った。

 心結がこれまで服をいくら汚してダメにしてしまっても、玲奈には怒られたことはない。今回もそうだった。

 単に自分に興味がないだけだと思っていたが、何か違うようだ。

 ひょっとして、玲奈は何か知っているのだろうか。

 あんなに血がついて、あの四人組はどうなったのだろうか。

 結衣と結衣のお母さんに家の前まで送ってもらった。結局、鼻血だという、無理な言い訳で済まされたが、嘘だというのは明らかだ。

 結衣は、自分の何かを見ても友達だと言ってくれた。

 嬉しかった。しかし、恐くもあった。自分の中に何かがいるとすれば、そいつが結衣を傷つけないとは限らない。

 自分はどうすればいいのだろうか。誰かに相談した方がいいのか。でも絶対に普通じゃない。相談するのは恐い。相談して、自分の何かに気づくのも恐い。

 明日はウォルに会う日だ。ウォルにだけはこれまでの奇怪な現象のことも話している。

 ひとまずウォルに相談しよう。そう決めて、心結はシャワーを止めた。



 結衣は、事の顛末てんまつをすべて母に話した。

 あんなに血だらけになって、さすがに母には鼻血の話なんか通用しなかった。

 心結の前では口振りを合わせてくれたが、家に帰った後追求され、答えるしかなかった。

 誰にも言いたくなかった。心結本人にさえも。

 一番辛いのは彼女だろう。

 母には、もう心結と関わらないように言われた。

 他の誰にも言い触らさないだけ、母は優しい。

 これ以上心結と関わらないように、言うのは至極当然のことだろう。

 でも、結衣は心結のことを裏切れない。友達でいたい。

 彼女は決して害のある子ではない。

 自分は彼女に助けてもらった。それが事実だ。それだけで充分ではないか。

 最初は助けてもらった、それだけの理由で友達になろうと思った。次第に付き合っていく内に、彼女の持つ優しさや強さに憧れるようになった。

 ある時、彼女を庇ってイジメの火が自分に向かいかけた。それでいいと、結衣は思った。一人イジメられるより、二人で分かち合えるならと。

 しかし、彼女は結衣を突き放すことで、結衣をイジメから守った。あれだけ毎日イジメられてなお、結衣を守った。

 彼女は強い。そして、誰よりも優しい。

 なぜ友達を止めなければならないのか、結衣は理解はできても納得はできなかった。

 確かに彼女は、普通ではない。

 でもそれが友達を止める理由にはならない。



 シャワーを浴びてからは、いつも通りインスタントの夕食を食べ、いつも通り適当な話をしながら、心結は布団に入った。

 玲奈は、特に血の話もせず、いつも通り振舞っていた。

 翌日は普通に学校に行った。混乱はまだあったが、気持ちは少しは落ち着き始めていた。

 しかし、朝のホームルームで心結の頭は再びかき乱された。

「皆さん、おはようございます。今日は皆さんに大事な連絡があります。この後保護者宛てのプリントも配りますが、昨日事件がありました。〇〇中学校二年生の男の子四人が何者かに襲われ、ケガをしたようです。四人共何かで切られたような傷を負っていて、幸い酷いケガではないようですが、男の子達からは、まだ犯人の特徴は聞き出せていないようです。まだ犯人は捕まっていないので、皆さんも放課後はあまり外を出歩かないようにしてください。」

 心結は凍りついた。私だ。犯人は。

 教室がざわつく。

「先生、何かで切られたって包丁とかですか?」

「それが、何で切られたのかもまだわからないようで、警察の人が一生懸命調べているようです」

 また教室がざわめく。

「えー、こわーい!」

中二ちゅうに四人もいて、やられたのかよ!ヤバくね!?」

 心結は、結衣の方を見た。

 結衣の顔も蒼い。

「はーい、では静かに。朝の出欠をとりますよ」


 中休み。

 心結は、いつもなら学校で結衣には話しかけないが、堪らず声をかけた。

「花村さん」

 結衣が驚いたように心結の顔を見る。

「今朝の話、昨日の四人組のことだよね?」

 結衣は、心結から目を逸らし答えない。

「花村さん!」

 つい声を荒げてしまい、その時教室にいた人達の注目を集めてしまった。

「え、何今の?」

 ヒソヒソと女子同士が話す。

「何で塚原が花村さんに声かけてんの?」

「友達?」

 心結はどうしていいかわからず俯いた。

 結衣も下を向いている。

 一人の女子が声を出した。

「ちょっと止めなよ、塚原ぁ。花村さんすごい困ってるじゃん」

 それに続いて他の女子も口を開いた。

「そうだよ!あんたみたいな奴に声かけられたら恐くてたまんないっつーの!」

「花村さんかわいそー。大丈夫?」

 結衣が顔を上げた。まずい。

 心結は結衣を椅子ごと突き倒した。

 その光景に教室中で悲鳴が上がる。

「花村さん!大丈夫!?」

「ひどい!暴力!先生呼んで!」

 結衣と目が合う。ごめんね。

 心結はランドセルを取り、教室を飛び出した。

「塚原が逃げた!」

「先生ー!!」

 心結はそのまま学校の外へ出た。

 もうダメだ。自分は戻ることができない。

 あの四人組は、その内必ず自分のことを警察に話すだろう。自分が何をしたかは知らない。しかし、そんなことは関係ない。問答無用で逮捕されてしまうだろう。

逮捕だけならまだしも、自分が何をしたのか、あの四人組の口から聞くことが恐かった。

 走りながら胸を押さえる。苦しい。気持ちがだ。

 どうしていいかわからない。頼れるのはウォルしかいなかった。

 心結は全速力で、ウォルのいる山へと向かった。

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