空からの襲撃者
「おい、そろそろ行くぞ」
「もう少し待ってくれよー」
成道は額から流れる汗をゴシゴシと拭きながら音を上げた。この数十分で成道の体力はことごとく奪われている。音を上げることについては、鳴も仕方ないと思い、鳴から休憩を提案した。
鳴と成道の位置は以前よりむしろスタート地点から近い。なぜなら今二人は全速力で最初に穴熊していた建物に戻っているのだ。
これは鳴が立てた作戦である。残り人数の少なさから、どう考えても鬼は適正値順に選ばれた可能性が高い。新入生代表、適正値学年一位の凛子、そして皐月に紫という女子。上から三人選んだのか、上位から三人抜擢したのかは不明だが、間違いなく鬼三人は成道と、成道と行動をともにする鳴より素早いだろう。
これも予想だが、鳴が成道に拳銃を手渡していた時点ではまだ鳴たちの方が鬼よりスタート地点から離れていた。鬼にはどうしても他の逃走者を捕まえるための時間が必要だ。捕まった逃走者は三十二人。鬼が三十二の人間に触れるために幾らの時間を要するだろうか。
距離の問題で言えば間違いなく鳴たちは有利だっただろう。だがそんな距離差などいくらでも埋められる才能が鬼側にはある。安直に遠くへ遠くへと走るのはあまりにも愚かだ。
ならばどうするか。「遠くへ」ではなく「近くへ」進めばいい。
鬼の注意が前方へ向いている今こそ、鬼の裏をかくには絶好の機会だ。逆にスタート地点へ接近することで鬼とすれ違うことを狙い、鬼自身が逃走者との距離を離していくという決定的なミスを誘う。
一種の賭けだが、もうこれしかない。鳴はそう判断した。
この作戦が成功することに不可欠なのは鬼とばったり会わないことだ。すれ違うつもりが正面から出くわすなんてことがあれば、それこそ一環の終わりである。一応その時の対応は用意したが、焼け石に水の結果に終わりそうだ。
「成道、もう休憩終わりでいいか」
「おう、悪いな」
成道は腰を上げ、瓦礫だらけの道路に足をかけた。アスファルトが砕き散らされた道を歩くというのは、思いの外体力を使う。
仮想世界の肉体、つまり仮想体の体力はほとんど練度に左右される。練度というのは仮想世界でどれだけ戦ったか、で上がるものなので、今の一年一組では鳴以外全員が練度1だ。それに対して鳴の練度は110。鳴と成道の体力の差は圧倒的である。鳴はこんな進行苦でもないが、成道にすれば足に重りをつけてフルマラソンをしているようなものだろう。
肉体的疲労が軽減されている分、精神的疲労は溜まっていくばかりだ。
案外鬼も疲れているのかもしれないけど、こんな状態で鬼に見つかったら最悪だな
そんなことを考えていた鳴の眉がぴくりと動く。
「成道!」
鳴は言い表しようのない強い予感に襲われ、咄嗟に成道に警戒を促した。成道もそれを理解できたようで、少し前傾になり警戒態勢に移行する。
悪寒の正体を掴むため、周囲の音を聞き取るため、鳴は目を瞑った。視界が真っ暗になり、全神経を聴覚に集中する。
何か、重い物が風を切る音。そういえば旅客機の飛行音に似ている。それはさておき、この音の発生源を掴まなければならない。鳴はどうしてもそれが気になり、右耳に右の掌に添えた。
"感覚強化"された耳は音をより鮮明に捉える。位置、速度、生物か物質か、液体か固体か。音だけで鳴はおおよその予測が出来る。
「ーーーーっ!?成道上だ!」
そしてその音の大元は、鳴のちょうど真上から発せられていた。
「なっ?!」
二人は一斉に上を向いた。そしてそれは簡単に視認できた。遥か上空、青空の向こうから何かが降ってくる。太陽の逆光でそれが何かは判別できないが、それは真っ直ぐに落下していった。
このまま行けば地面との衝突に巻き込まれる。もちろんそのまま直撃も構わず動かないわけがなく、鳴と成道は早急に離れた。
そして一分も経たない内に、猛烈なスピードでその何かは地面に突っ込んだ。落下エネルギーという暴虐な力に晒されたアスファルトの欠片は、シュレッダーにかけられた紙っぺらのような細かになってしまった。
細かいアスファルトの砂塵がもうもうと立ち込める中、それが何か判別するために鳴と成道は目を凝らした。全長は優に三メートルを越していて、二人はその何かを見上げるかたちになっていた。
鳴の胸には言いようのない警鐘が鳴り響いていた。逃げろ逃げろ逃げろ。もっと距離を取るべきだ。そんな判断を何も見えていないくせに脳が下す。鳴は無意識に後退りしていた。
やがて土煙が晴れ、それの全貌が露わとなる。
「あれは……」
「なんだありゃあ……」
鳴と成道の視線は突然落下してきた正体不明の何かに釘付けになった。
日本刀のような鋭い鋼色をした全身をしたロボット。ただしその身長は鳴と成道を遥かに越え、三メートル以上あった。さらに自身の身長より1.3倍程大きいタワーシールドを装備しているうえに厚そうなボディーアーマーを前進に身に着けている。
鳴はそのロボットに見覚えがあった。自律戦闘人間型機械、オートバトルロボット。二足歩行を可能とし、人間らしい動きを再現することに成功した自動で動く戦闘人形。
銀色の鉄の巨躯はゆっくりした動きでタワーシールドを構える。その行為で改めて盾の大きさを理解させられた。三メートルを超える鉄の巨躯は、更に大きい鉄の板で隠れきってしまった。
鳴は瞬時に戦闘力の差を悟り、成道を庇うように前に出る。装備を見たところ攻撃型ではなくむしろ陣地防衛のための防御型。しかし三メートル強の鉄の機械仕掛けから放たれる攻撃は、生身の人間には侮れない威力を持つはずだ。
「フユガネ……ナル……」
ロボはおぼつかない様子で鳴の名前を口にしながら腰を落とす。角度の変化により超大盾は日光を反射して輝いた。
「おいおい鳴、いつからあんな子と友達になったんだよ。紹介してくれればよかったのに」
「余裕だな成道。ならあとは頼んだぞ」
「勘弁してくれよ……」
成道は疲労が隠しきれていない顔で軽口を叩く。鳴は素早くそれを手痛く返してやった。
二人とて、この状況に余裕を感じるはずがない。半ば現実逃避気味のやりとりである。それでも、鳴はただやられるつもりなど毛頭なかった。軽口を叩こうと成道も同じはずだ。
ロボットは二人の闘志を感じたのか、更に視線を低くする。大盾がついに地面に接した。
「成道来るぞ!」
「おう!来いポンコツ!」
「煽るな馬鹿ーーーーっ避けろ!」
ロボは視線を低くしたまま鳴と成道に向かって突進する。否、猛進といっても過言ではない。大盾は足をつけているアスファルトを砕き散らしながら、二人に迫っていった。
鳴は右に、成道は左に避けた。二人の過去位置を大盾が地ごと抉るように過ぎさる。大きなアスファルトの塊は車に轢かれたように吹き飛ばされ着地点で粉々になり、細かなアスファルトの欠片はより細小になっていく。
「最悪の足場を整地してくれる天使みたいなやつだな」
成道は目の前のそれを見てまたもや軽口を叩いた。こればかりは鳴も言い得て妙だなと頷く。
しかし、もしあのアスファルトの一つ一つが自分であったらと考えると寒気しかしない。
二人を巻き込むことができなかったロボットは少しだけ背中に悔しさを滲ませているようにも見える。なんと人間らしいことか。
それの問題は置いておいて鳴は冷静に分析を始める。あの分厚い盾と鎧に加え、ロボット本来のボディ自体が防弾加工されているようなものだ。もっと性能のいい拳銃か普通の小銃ならば関節部分などの脆弱な部分を破壊出来ただろう。しかし成道に持たせているのは二丁の練習用拳銃。もはや湯水をかけたほうがマシなのではないかと思うほど、拳銃への期待は絶望的である。
ならば取るべき行動は限られてくる。
「成道、少し引きつけるぞ」
成道の返事を待たずに鳴は瓦礫の上を駆け出した。成道も黙ってそれについていき、必然、ロボットも二人を追い始めた。
鳴は足を動かし、頭も全力で働かせながらも使っていない脳みその隙間でついつい愚痴ってしまっていた。
あと五分、あと五分だけ待って欲しかった。そうしてくれれば鬼ごっこは終了し現実世界に帰れたかもしれない。
出来るなら今すぐロボットの首を斬り落としたいが、それは隣の成道と、更にはきっとどこかで監視している根本に正体を晒すことになる。一時の苛立ちのために刃を振るうのは。あまり賢い選択とは言えない。
足場は崩れ瓦礫だらけになり、追ってくるのは巨大な三メートル級の防衛ロボット。普通なら絶望で膝をつくところだが、案外こちらが一方的に不利というわけではなかった。
なにせここは迷宮のように入り組んだ住宅街。曲がり角など腐るほどある。鳴はそれを利用してあっちへこっちへ、ロボットを翻弄していた。更には防衛ロボット自体のスピードもそんなに早くはない。恐らくはあの全身の厚いボディーアーマーと手に持つ巨大なタワーシールドで、ある程度機動性が奪われてしまっているのだろう。
この二つの幸運が重なったおかげで、未だ追いつかれずにいる。
成道の体力の消耗も無視できないという油断出来ない点もあるが、その前に鳴はさっさとロボットを撒くつもりだ。だが急いではいけない。策を構じ、実行し、来る好機を待ち続ける。こみ上げる焦りを抑えつけ、鳴は成道と共にまた角を曲がった。
そして曲がった先に一番会いたくない者達がいた。
「あら、冬鐘さん」
「あっ成道だ!」
「っ…………」
角を曲がって先にいたのは、凛子、皐月、紫であった。三人の鬼の顔は逃走者を見つけたことによって歓喜に染まる。
「最悪だ……」
「タイミング悪すぎなんだよテメェらぁぁぁぁ!」
成道が袖で強引に汗を拭いながらそう絶叫した。鳴も気持ちは痛いほどわかるが、体力的にも成道ほど追い詰められてはいないので行動には移さない。
とにかく、鬼は残り五人の内の二人を見つけたのだ。鬼達は早くも前傾姿勢になり、捕まえるために走りだそうとした。この距離ならばきっと三秒とたたず距離を詰められる。この一時間で三人は自分の身体能力を把握しきっていた。
三十八人を捕獲した絶対の自信を胸にいざ。
「冬鐘さん!捕まっていただきますわよ!」
「成道ぉぉぉぉ!」
「…………っ!」
凛子、皐月、紫の三人は一斉に飛び出した。
彼女らの神経はほとんど捕まえるべき鬼に向けられていた。ならば当然、鳴達の後方から轟く大きな足音には気づくはずもなかった。
どうも餃子です。
今日は冬休み第一日目記念として投稿させて頂きました。やっと展開が大きく動き出しましたね。次の次あたりからは本格的にバトル描写が始まると思います。読む側が熱くなれるような表現が僕にできるのだろうか……自信ないです。
それはさておき、僕は長期休暇の宿題はコツコツと終わらせることができないタイプなのです。決まって最後一週間で焦りながらギリギリ終わらせます。小学生の頃は母に泣きついて手伝ってもらっていました。
皆さんはどうでしたか?やっぱり毎日コツコツとやることは大切ですよね。だからこそ僕は毎日コツコツゲームコントローラーを握りしめているわけです。