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バトルログ  作者: 風呂敷
入学編
7/19

三の思惑

 鳴と成道は同じタイミングで両手を耳に押し付けた。その数瞬後、腕輪からブザー音が一分間鳴り響く。慣れた手つきだ。なにせ五分おきにこれを繰り返しているのだから、数回やれば誰でも出来るだろう。誰もわざわざ大きい音で耳を潰す趣味はない。


 が、今回は少し違っていた。


「残りあと五人です」


「え?」


「は?」


 それっきり腕輪は沈黙した。鳴も成道も、唖然とすることしかできない。まさか腕輪がしゃべるとは。


「いやいやいや、機械は喋らないだろ」


 鳴は首を振って当たり前のことを自分に言い聞かせる。


 恐らくさっきの音声は一方通行の無線のようなものだ。残りあと五人。確かにアナウンスはそう言った。つまり鬼以外の逃げる側の人間は後五人ということだろう。突然人数をこちらに知らせてくれた親切の意図はさておき、五人とはまた少ない数字だ。鳴の予想であれば最低でも二桁。下手すれば一人も捕まらないものだと思っていた。


「お粗末だな」


「そんなこと言うなって……」


 成道としては今まで残れたことは全て鳴のおかげだと思っているため、そう言われては肩身が狭い。鳴がいなかったら成道は無闇に歩き回っていただろうし、そんなことになったら鬼に捕まるのは時間の問題だろう。


 この初めての仮想世界という状況で、鳴と成道のように大人しく逃げに徹しているというのは少数派である。例え軍校に入ろうとまだ高校一年生だ。なんの訓練も教育もされていない一般人である。そんな子供が仮想世界に入ったら、はしゃぎまわりたくなるのも無理はない。


 結果、鬼に捕まったのだろう。


 鳴は先の知らせが偽の情報であることも加味しながら、作戦を練り直した。このまま逃げ続けるのもいいが、どうやらそれでは不足らしい。


「成道、お前銃撃てるか?」


「は?鬼にか?」


「そうだ」


 鳴は根本が最初にルール説明をしたことを思い出していた。とにかく鬼に捕まらなければいい。そんなことを言っていた気がする。そして鮮明に覚えているのが、拳銃が初期装備の戦闘服を装備させながら、拳銃の使用を禁止しなかったことだ。


 ダメと言われていないのだからやっていい。


 そんな屁理屈と言われても反論できない理論で、鳴は成道に発砲させるつもりだった。もっとも強制させる気は一切ない。成道がやれるというならやらせる。拒否するなら無理強いはしない。


 鳴はきっと成道のことだから「真っ昼間から女の子に銃口は向けられない」とかセクハラギリギリの発言で誤魔化されるかと思っていたのだがーーーー


「やっていいならやるけど、いいのか?」


 逆に聞き返されてしまった。


「え……?」


 予想したものと真逆の答えに、鳴は言葉に詰まってしまう。


 成道はそれを躊躇ととったのか、鳴を真剣な目で窺い見た。


「死ぬことはないだろうけど、きっと撃たれたら痛いぞ?凛子も皐月も、紫って人も痛がるぞ?俺はいいけど、お前はいいのか?」


 あぁ、そういうことか。


 どうやら成道は入学する前に、覚悟を決めていたらしい。それこそ思うのも躊躇うほどの覚悟を。


 そしてその覚悟の中には友達を傷つける覚悟も含まれているのだろう。それを遵守出来るだけの度胸もあり、忍耐力もある。呆れるほど直球な成道にとって、自分が自分にかけた誓いを守るなど易いことなのだ。


「…………」


「どうした?鳴」


 コイツで良かった。鳴はただそれだけ、心の内で呟いた。


「いや、なんでもない。俺は別にいいぞ。ガンガン撃て」


「あいよ」


「じゃあこれ、俺の拳銃も使っていいから」


 鳴はそう言って自分の腰のホルスターごと、成道に拳銃を手渡した。成道は一瞬怪訝な顔をしたものの、おとなしく受け取った。


「お前は撃たないのか?」


 鳴にそう聞く成道の顔は、見事にしかめっ面である。それはそうだろう。人に友達を撃てと言っておいて自分は撃たないから銃をあげる、なんて虫が良すぎる。


 だが、そうじゃないんだ。鳴は急いで弁解する。


「いやいや、違うよ。撃てないんだ」


「なんでだよ」


 成道は即座に聞き返した。その声には少し刺々しさを感じる。なんとか誤魔化すつもりでいたが、こればかりはどうにも隠し通せないらしい。まあ、こんな決定的な欠点を隠せるなど、鳴本人も微塵に思っていない。


 こればかりは見せたほうが早いだろう、と鳴は先ほど手渡した拳銃を返すよう手を出した。成道もその意味は分かったらしく、ホルスターごと返す。


「実はな」


 鳴は喋りながらホルスターから拳銃を抜く。黒光りした拳銃が、日光に反射して輝いた。


「銃を持てないんだよ」


 このとおり、とばかりに鳴は銃を握った右手を成道に見せつける。成道はそれを見た瞬間、驚いて声を上げた。


「なんだそりゃ……」


 手が震えていた。恐怖とか、怯えとか、そんなレベルではない。もっと心の奥底の、生命活動の根幹まで達した何かが、鳴の手を震えさせていた。


「こんなんじゃ銃なんて撃てないだろ?」


 鳴はなんでもないことのように震える右手を上げて、肩をすくめる。どうやら銃をもった手が震えるだけで、他は特に異常ないらしい。


「……悪かった」


 成道は突然、そう頭を下げた。彼なりの気遣いか。別にいいのに、と鳴は笑う。


 笑いながら鳴は成道に拳銃を渡して、成道も今度は大人しく受け取った。両腰にホルスターを装着したのを確認してから、鳴は歩き出した。


 そう、謝る必要などないのだ。なにせこれは鳴が持ちあわせてしまった欠陥。成道には一つとして責任はない。むしろこの欠陥には感謝しているぐらいだ。


 鳴は歩みを止めることなく、少しだけの間目をつぶった。





 鬼に捕まった逃走者はどこへ行くのか。それはもちろん決まっている。某逃走劇番組でも、子供の遊戯でも。逃走者は捕まったら檻へ入れられるのだ。


 鳴と成道が覚悟を確かめ歩き出したその頃、牢屋に監禁されている三十二人の生徒は重い雰囲気を晴らせずにいた。


 この空気の原因は、檻の眼の前で仁王立ちしている教師にあった。一年一組担任教師、根本である。


「まったく……」


 根本の表情は怒りというより呆れと表現したほうが適切だろう。根本は眉をひそめて顔をしかめることはあっても、怒声を飛ばすことはしなかった。


 根本も鳴と同じ予想をしていたのだ。いくら初心者とはいえ隠れることぐらいはするはず。まさか三十人以上捕まることなど夢にも思わなかった。


 別段今残っている生徒が特殊なわけでも、優秀なわけでもない。名簿を見てみれば今もなお逃走を続ける者より適正値の高い者は、檻の中の半数以上だ。そう考えてみると、根本は現在の状況を解せなかった。


 だが唯一誤算の可能性があるとすればそれは。


「皆さん、鬼はそんなに足が早かったですか?」


 根本はその可能性を確かめるために檻の中に問いかけた。檻の中はその問に激しく同意し始める。


「三人共早かったけど、神田さんが一番……」


「もうほんと目にと止まらない速さってやつで、見つかってすぐにタッチされました」


 やはりか。

 

 根本は今更自分の誤算に気づく。あの神田凛子を鬼に入れることはそれなりに鬼に有利が働くことは予想していたが、ここまでとは思わなかった。


 流石十年ぶりの適正値99%オーバーの逸材というべきだろうか。


 根本は久しぶりの心からの笑みを浮かべた。





 そして時はそれより少し遡る。


「お、凛子あと五人だって!」


 腕輪のアナウンスを聞いて嬉々とする皐月に、凛子も嬉しそうに笑いかけた。


 ーーーー否、楽しそうに笑った。


「そうですわね。もうすぐ全員捕まえられますわ」


「凛子、地が出てるよ」


「………失礼致しました」


 凛子は気を抜くと生粋のお嬢様口調になってしまう。親友で長い付き合いの皐月はそれをよく知っていた。


「それにしても仮想世界というものは凄いですね。ここまでとは思いませんでした」


「だよねー。なんか体が軽いっていうか」


「そうですか?私は少し重く感じるのですが」


「へぇー」


 仮想世界の体の感覚というのは、人によって違う。皐月のように体が軽く感じる者もいれば、凛子のように重く感じる者もいる。


 これはあくまで傾向だが、軽く感じる方が敏捷性の高い場合が多い。あくまで、と注釈付きなことから分かるように、なんの理論もない。現に凛子のような例外がいる。


「この調子が続けば時間内に全員捕まりそうですね」


「早く成道たち捕まえたいねー」


 皐月はそう言いながら大きく伸びをして、紫を呼んだ。紫は相変わらず無言である。基本的に喋ることをしないのが彼女のスタイルなのだろう。その辺は皐月も凛子も納得していた。意思疎通は不完全ではあるが不可能ではない。一見無言で無表情で無愛想に見えるが、よく見れば何を感じているか大体わかるのだ。これを客観的に言えば女同士の通じ合いというやつだろう。


「では、行きますわよ!」


「はいはい」


「……」


 流石に二度目は注意せず、皐月も紫も同意を示すだけだった。








 またもや時と場面は切り替わる。


 鳴が成道にコーヒーを振舞っている頃、福海学院地下十階の門扉は固く閉ざされていた。固い、という表現は硬度の問題ではない。指紋、眼球、静脈、最後にパスワード確認をパスした者だけが入室を許される厳重なロック。この部屋だけのために特別に設計された防火防災設計。たとえ日本がまるごと爆発しようとこの部屋だけは無事なほど頑丈に作られている。


 そう、この場所こそが世界に七つしかないバトルログ親機、正式名称仮想兼感親機二号の保管場所だ。


 日本が仮想世界で戦争を行うときは、福海学院校長と内閣総理大臣の両名と、他幹部数名がここに集うことになっている。


 今日はその予定はない。しかしその部屋には一人の老人が立っていた。


「冬鐘鳴……」


 掠れ声で一人の名前を呟くその老人は、今にも倒れそうなほど力なかった。まるで枯れ木のように弱々しく、今にも折れてしまいそうだ。


 彼は興味を抱いていた。ここ二十年ほど抱いていなかった激しい感情、その感情はより強烈に、より悪魔的に彼の理性を唆す。


「少し確認するだけ……」


 老人はそれっきり、言葉を発することはなかった。ただそこに立ち、黒塗りの巨大な立方体を見つめる。老人の視線に呼応するように、黒塗りの機器は唸りを上げる。冷却装置が作動し、部屋全体に霜が降り始める。


 それでも微動だにしない老人の目には、無数の数字の羅列が流れていた。


 

どうも餃子です。


最近冬というものを意識せざるを得ない寒さになりますよね。「夏は全裸になっても暑いけど、冬は重ね着すれば寒くないじゃないかな」という某青だぬきに頼りっきりのメガネ男子の名言を信仰している冬派の僕にとっては、むしろ冬が訪れることは幸運です。しかし暖冬は頂けない。もっとガンガン気温が下がって、雪が降って欲しいのです。そうすれば雪合戦、雪だるま、かまくら、スキーとウィンタースポーツが楽しめるのに……ここ最近の冬はつまらん!


と勢いで書きましたが、それはさておき次回をお楽しみに。やーーーーっと展開が動く(自分で言うかそれ)


では皆さん、こたつで寝ることが無いように。

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