夕食はファミレス
「へぇー、そうなんだ」
「ええそうですとも。お母様は私を心配し過ぎなのです。私だっていつまでも子供ではないのですから少しは自由というものを!」
成道は凛子の愚痴を聞きながら適当に相槌を打ち、グラタンを一口食べた。その後の表情から見るにまあまあ美味しいらしい。凛子はというと余程不満が溜っていのか、口調をほんの少しだけ荒くして愚痴っていた。
「お父様もお父様です!あれではダメだと分かっているのにお母様に何も言わないなんて!」
夕飯を取ろうという話になり、近場のファミレスに入って早一時間。凛子の愚痴は店に入った瞬間から始まったのだが未だ止まらない。止まらないどころかますますヒートアップしていっている気がする。
今までの凛子の愚痴を聞いて察するに、どうやら凛子は母親の過剰な干渉に嫌気が差して抜け出してきたようだ。親友の皐月がそれに協力し、家絡みとはいえそれなりに付き合いがある成道が時間潰しに呼びだされた。そんなところだろう。
それにしても愚痴が一時間以上続くとは、かなり溜め込んでいたのだろう。
「凛子、それぐらいにしときなって」
凛子の不満を理解しながらもさすがにこれ以上はまずいと思ったのか、皐月がようやく止めに入った。成道はちらりと皐月を見て、すぐにグラタンに視線を戻した。
鳴もそろそろ制止するかなと思っていたところなので、皐月に乗っかるようにして言葉を重ねた。
「凛子さん、大変だったのは分かったから。何か食べる物頼みましょうよ」
「むぅ…………」
普段は見れないような膨れっ面で、凛子は渋々座りメニュー表を開いた。それを見て、鳴、皐月、成道の三人は肩を撫で下ろした。これ以上は凛子の家の体裁にまで関わってきそうだったので、多少の危機感を感じていたのだ。
凛子は店員を呼び、皐月と同じものを頼んだ。ついでに鳴はグラタンを頼んだ。
「ふぅ……気は収まった?」
「まあある程度は」
つっけんどんな態度をとる凛子はどうだ?と聞きたげに成道は鳴に視線を向けてきた。鳴は肩をすかすことしかできない。確かに珍しいのだろうが、会って初日の女の子のぷりぷりした姿を見ても特に何も思わないのが本音だ。
ほどなくして凛子の目の前にカルボナーラが運ばれてきた。
麺を啜る凛子を見ながら、鳴は話題を変えることも兼ねてふと思ったことを口に出す。
「そういえば、福海学院の訓練って一日何時間くらいなんですか?」
訓練。それはもちろんバトルログの戦闘訓練のことを指している。
鳴は特に訓練に対しては不安も緊張も、そういった気負いのようなものは何一つ感じていないので何気ない会話の一環と受取れるが、三人はどうやら違っているらしい。
皆一様に、複雑な顔をしていた。鳴はそれを見てやっと自分の失敗と、その原因に気がついた。
「あ、すみません。食事中に話すような事じゃないですね」
こればかりは人の感覚の違いである。鳴が悪いとは言いけれないが、潔く鳴は頭を下げた。
「いえ、大丈夫ですよ冬鐘さん」
「気にすることねぇって」
「うん、全然問題ないし!」
若干固い笑顔でフォローしてくれる友人達に平謝りしながら、鳴は日本に来て一番深いため息をついていた。
確かにバトルログの訓練とは人を殺す訓練に他ならないが、どうなのだろう。今ですら動作と心を切り離せない彼らが、いざという時に引き金を引けるのだろうか。
鳴にはそれが、とても心配だった。
「ふぅ」
あの後微妙の雰囲気を払拭しようと努力し、かなりの労力を使ったのは言うまでもない。
それにしても、本当に疲れた。基本的に人嫌いというわけではないが、人が二人以上集まると色々面倒なことが起こる。その予兆に敏感で、尚かつ収拾をつけるのが得意な鳴は大抵火消し役に回ることが多い。その気苦労は、非常に大きいのだ。
鳴は本日二回目、力尽きたようにベッドに倒れこむ。
ゆっくり息を吐きだして、そのまま目を瞑った。
明日からの学院生活に期待を抱きながら、鳴は眠りに落ちた。
朝七時ちょうど。ベルの音が鳴り響く。耳に飛び込んできた騒音に、鳴は驚いて飛び起きた。
鳴の携帯のアラーム機能ーーではない。そもそもこんなに凶悪なアラームなど、惰眠を愛する鳴が設定するはずがない。耳を凝らせば音は隣の部屋から発せられている。
「おい!何考えてるんだ消せ!うるさいんだよ!」
喚きながら隣の部屋に伝わるように壁をガンガンと蹴りまくる。その鳴の形相は、まるで鬼のようだった。
数秒後、鳴の剣幕に負けたように目覚まし時計らしき音は消えた。
鳴は文句を言いつけてやろうと、ベッドから飛び上がって隣の部屋へ走っていった。
「すいませーん、隣の冬鐘ですー」
とはいうものの、元は冷静な鳴である。苦手な朝に叩き起こされた怒りは、ドアをノックしている途中に引っ込んでしまった。
が、恨めしくないわけではない。注意ぐらいはするつもりでいた。
「すみせー……あれ?」
開けるつもりはなかったが、もしかしたらと僅かな希望で掴んだドアノブは何の抵抗もなく捻ることができた。
「開いてる……」
ここで鳴は復讐のチャンスだと、悪そうな笑顔を浮かべる。こっそり忍び込み、顔に水でもかけてやれば相手も驚くことだろう。自分の睡眠を妨害した罪を償わせてやる、と鳴は息巻いて部屋に忍び込んだ。
部屋の中身は鳴の部屋と同じだった。当然であるが、その当然ですら鳴は自分を神が応援してくれている証に錯覚してしまう。鳴は音を立てないようにこっそり寝室に入り込む。
その鳴を待ち受けたのは
「おじゃましてまーーーーーーすぅぅぅぅ!?!」
十を超える目覚まし時計だった。どれも通常の目覚まし時計の三倍ほどの大きさだ。これが鳴を先ほど叩き起こした元凶であろう。今すぐ破壊したいところなのだが、それが十あるのだ。少なくともあと九回は、あの大騒音が発生する。
鳴は後ろ手でドアノブを探すが、手が震えてなかなか見つからない。頭では今すぐにここを離れるべきだと分かっているのに、体が動いてくれない。視線は目覚まし時計にくっついてしまったように離れない。
目を見開く。よく見れば残り九つの目覚まし時計は同じ時間にアラームが鳴るようセットされていた。七時五分を指し示す赤い針。急いで秒針を見ると、既にカウントダウンは始まっていて、残り五秒となかった。
それを理解した、理解してしまった瞬間、鳴の体は機敏に動く。ドアを開きつつその体を隙間に滑りこませ、素早くドアを閉じ耳を塞ぐ。その予定だったのだが、人生そう上手くいくものではなかった。
隙間に体を滑りこませようと素早く振り向いてドアを開けながら前進してしまい、ドアノブを縁に額を勢い良くぶつける。
「ぎゃっ」
畜生が罠にかかったような間抜けな声を出して、鳴は後ろにひっくり返った。
その体制のまま、目覚まし時計の一つを見る。秒針がいつもより異常にゆっくりと宙を差し、分が一つ進んだ。
鳴は僅かに目に涙を滲ませ、諦めたようにゆっくり目を瞑った。
次の瞬間、轟音が寮中に響いたのは言うまでもない。後に福海学院寮の伝説として、七時五分の狂騒曲、なんて呼ばれて語り継がれることになる。
「成道……恨むぞ」
鳴はイマイチ力が入らない体を引きずりながら、隣で意気揚々と歩いている成道を睨みつける。
「ははっ、そう怒るなって鳴ー」
恨みをのせた視線も、成道にとってはなんの意味もなさなかった。笑って流される。
そう、目覚まし時計の主はあろうことか、成道であったのだ。聞くところによるとどうやら成道は自称世界一のねぼすけであり、朝起きることは死ぬよりも苦痛なのだという。死ぬよりも、というのはきっと過剰形容なのだろうが、それぐらい朝が苦手ということだろう。
だがそれでも鳴は納得しきれない。しかしただでさえ嫌いな朝に耳元で爆発でも起きたような轟音を聞かされては、鳴は怒る気すらなくしてしまう。それよりも鳴未だ消えずに残る鈴音の余韻のせいで、乗り物酔いのような気分に耐えることで精一杯だ。
「くそ……ほんと何考えてるんだよお前……」
「だって一日目から遅刻なんて嫌だろ?だからいつもより念入りにだな」
「お前一回耳鼻科行ったほうがいいぞ」
鳴の口調はすっかり砕けている。砕け散って破片は暴風か何かでどこかへ行ってしまった。先の出来事で鳴の成道に対する遠慮など意識と共に吹っ飛んでしまったのだ。
徒歩十分。鳴と成道は福海学院に到着した。
一年一組。そこが鳴の教室だ。偶然にも、成道と皐月も同じ教室らしい。鳴はそのことを昇降口でたまたま合流した皐月に聞かされた。
「まあ、この流れで行くとそうですよね」
「はい?何のことでしょうか?」
開口一番、そう言った鳴に凛子は首を傾げる。半分予想していたことなので、鳴は凛子が同じクラスでも驚きはしなかった。
しかし四人共同じクラスか。運がいいな
知り合いと同じクラスというのは、緊張が幾分か軽減される。特に緊張をしている自覚がなかった鳴でさえ、心が少し軽くなったのを感じた。
鳴は登校時刻まで、時間割を確認し、ついでに同じ教室の男子に少し挨拶をして回った。
一年一組全四十名が鐘の音が鳴った途端に着席を始める。そして同時に、教室のドアが静かに開いた。
「皆さんおはようございます」
まずは朝の挨拶からホームルームを開始したのは、担任と思わしき教師。
特に目立ったところのない、どこにでもいそうな地味なメガネをかけた男性だ。唯一の特徴といえば、鳴とは正反対の癖毛であることだろうか。
「担任の根本です。一年間、短いですがよろしくお願いします」
根本はひょこっと一礼する。疎らな拍手がパラパラと鳴る。
なんだか真面目で無難そうな先生でよかった
鳴はほっと一息ついた。
「いやー、なんか普通の先生だったねー。ウチはもっとゴツい人が来るかと思ってたよ」
「そうだな」
「少し拍子抜けというか……気が抜けてしまいました」
「まあ、分からなくはないですね」
根本が教室から出た後、四人は早速固まって談笑していた。あまりに根本が普通すぎて、皆戸惑い半分安心半分なのだろう。
福海学院は軍校だ。軍校というのは形だけに過ぎないが、それでも筋肉ムキムキの如何にも軍人って感じの教師を連想してしまうのは無理がない。
ーーーー鳴以外は、だが。
凛子達が時間割を見たら、きっと落胆することだろう。昨日の入学式が月曜日、つまり今日は火曜日だ。
火曜日の一時間目と二時間目。教科名は『訓練』であった。つまりバトルログの訓練である。
訓練といっても今日は初日だ。きっと一週間は慣らすための練習になるだろう。そんなにハードではない……はずだ。それでも彼らには過酷に感じるだろう。
何せ初体験の連続である。ここ一週間は驚きにより忙殺されるだろう。初めての仮想世界。初めての戦闘、もしかしたら初めての殺人まで。この一週間で三百人ほどいる一年生が何人落ちるか。
出来れば目の前の三人の友人には落ちて欲しくない、と鳴は願っていた。
一時限目開始の合図が鳴り、根本が大きな段ボール箱を持って教室に入ってきた。
どうも餃子です。
どうでもいい話ですが、私名前は餃子なのに実は餃子自体はそれほど好きではありません。嫌いなわけではないのですが、五個目ぐらいから飽きてくるんですよね……。
僕は三食の餃子より三時間のゲームですね。
すげぇどうでもいいなこれ……