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バトルログ  作者: 風呂敷
入学編
3/19

昼食は喫茶店

 


 神田凛子。福海学院で鳴にできた初めての友人であり、人生において初めての女の友人である。


 そして今、何故か鳴の隣にいる。


「どうかしましたか冬鐘さん」


 ひっそり盗み見たというのに、バレていたらしい。凛子は癒やし系のふわふわしている容姿なのだが、意外と鋭い感覚をもっているようだ。


 なんでもないよ、と誤魔化してから、どこへ行こうかと頭をひねる。


 そう、今鳴は女の子と昼食をとろうとしているのだ。どこへ行くか、どうするかは全て鳴が任されてしまった。出来ればそんな役目は負いたくなかったのだが、もちろん隣の凛子のことである。笑顔で「冬鐘さんの好きなところへ連れて行ってください」などと言われたら男として引き下がるわけにはいかなかった。


 好きな食事処といっても、そんなものがつい最近帰国した鳴には分かるはずがない。よって今はぶらぶらと歩き回っている状態だ。エスコートを始めてからはや十分。そろそろ適当に店を見つけなければ、飽きられてしまうかもしれない。

 

 鳴の願いが神に通じたのか、キョロキョロと周りを見る鳴の視線が、一つの店で止まった。


「おっ、あそこ良さそうですね」


 鳴がそう指差したのは喫茶店だった。とてもモダンな感じで、あそこならば食事ついでにコーヒーでも飲めるかと思ったのだ。


 鳴の好物の一つとして、その頂点に立つのがコーヒーだ。主に好んで飲むのは缶コーヒーだが、家にいるときは豆をガリガリと挽くところから始まる。自分で言うのも何だが、同年代の一般的な人間よりはそこそこ詳しい自身があった。


「あ、とてもいいですね。モダンな感じで落ち着いてお食事が出来そうです」


 凛子はあくまで食事らしい。だが、丁度いいお店だった。なんとなくコーヒーを飲みたい気分だったのは確かだし、正直言うと鳴は一日食べなくても通常運転出来る人間だ。凛子はお腹が減っていて、何かお腹に入れたい。喫茶店というのはいい妥協点を見つけた。


 鳴と凛子は軽い足取りで喫茶店『リング』に入った。


「いらっしゃい」


 客の入店を知らせる上品なベルの音に気づき、店主はコップを拭くのをやめた。カウンターの向こう側、白い髭をたっぷりたくわえたサンタクロースのような店主だった。


 鳴は椅子を引いて凛子に席に座るよう促す。凛子は顔を赤らめながらも素直に座ってくれた。鳴もそちらのほうが気分がよく、続いて隣の椅子に腰掛けた。


 店主は無言でメニュー表を一つ、鳴と凛子の間に置いた。どうやらこの店主、あまりおしゃべりな方ではないらしい。そういえば入店した時からずっと無表情な気がする。


「……ホットケーキにブレンドコーヒー」


「私も同じものをお願いします」


 鳴の口調は少しぶっきらぼうだ。乱暴、とは少し違うかもしれない。気を使っていないというか、へりくだっていないというか。それを気にしない凛子も、なかなか肝が座っているのかもしれない。店主は黙って頷き、カウンターの奥へ引っ込んでいった。


「冬鐘さん」


 凛子は鳴の服の袖をちょんちょんとつまんで自分に顔を向けさせた。


「なにか癇に障るようなことがありましたか?」


「いや、別にないですよ」


 真実である。鳴はいつも通りだ。特に怒った様子もなく、口調もいつも通りである。


 何故か鳴はあの店員に対して既に心を開いてしまっているらしい。本来鳴はああいう人間である。


「そう、ですか」


 凛子は腑に落ちない、と不満気に顔を顰めるも、とりあえず納得して前を向き直した。


 



 五分後、ふんわりと焼きあがったホットケーキと、おそらく店主がブレンドしたコーヒーが運ばれてきた。皿が目の前にいる置かれた途端、甘すぎることのない香ばしい匂いが漂ってくる。ホットケーキの表面は少し焼け目が入っていて、それもまたそそられるものがあった。コーヒーは一見普通だが、鳴はそうではないことを見抜く。ホットケーキの香りを消さない程度に鼻に入る香りは、とても上品だった。普段豆の挽きから入る鳴だからこそ、この眼前のコーヒーに使われた豆が上質であることが分かる。


 いただきます、は言わない。言うべきではないし、この雰囲気で言い出せるものは恐らくいないだろう。


 鳴と凛子は一言も発せず、フォークを手にとった。






 結果から言おう。


 凄く美味しかった。


 パンケーキはスポンジのような弾力があり、甘みは控えられていたが満足感が得られた。コーヒーはそのぶん癖が強く、しかしそれが嫌にならない上品なものだった。


 だが、二人で来るには少し重い店だったのは惜しかった。なかなんなら少し遠くても人気牛丼チェーン店にでも行ったほうがよほど鳴の性にあっていたかもしれない。


「いや、ですが美味しかったじゃないですか。私はああいうお店結構好きですよ」


 鳴が凛子にそうぼやくと、凛子はすかさずフォローしてくれる。その心遣いはありがたいものの、店の中でろくに会話もできない雰囲気であったのはどうなのか。


「ありがとう凛子さん。確かに重い感じはあったけど、あの店はあの店の良さがありましたね」


「はい」


 しかしなかなかどうして、お嬢様の相手は少し疲れる。特に食事の時、かなり神経をすり減らした気がする。椅子の背に背中をつけない時点で疲れてしまう鳴は、普段こんなに礼儀作法に拘らない。自分自身をかなり怠惰な人間だと評価している。


 たまにはこういう人を相手にするのもいいかもしれない。少し疲れるけど、可愛いし、優しいし、何より常識がある。


 鳴はそんなことを思っているなどおくびにも出さず、凛子を送っていく。少し店内で落ち着いてしまったのもあって、もうすぐ一般でいうおやつの時間に差し掛かろうとしていた。


 校門前、着いてみると一台の高級そうな黒塗りの車が止まっていた。


「では冬鐘さん、とても楽しかったです」


「こちらこそ」


 鳴は手を振って答える。なんだかんだ言おうと全部が照れ隠しみたいなもので、正直凛子との時間は楽しかった。


「ばいばーい」


 小走りで車に向かう凛子にもう一度手を振って、鳴もその場を後にした。




 特になんの問題もなく、鳴は寮に到着した。二回目になるとこの見た目にも慣れてきた感じがある。特に何も感じない。


 靴を脱いでとっとと三階に上がり、部屋に帰った。


 客間はそのままにしてあるが、寝室はそれなりに物がある。部屋に入って奥の右角にベッド、左角には背の高いクローゼットが置いてある。


 まあ、それだけなのだが。


 鳴は制服を脱いでクローゼットにしまい、代わりにパジャマを着た。外に出ることすら面倒くさい鳴は、基本的に私服をもっていない。家で着るパジャマが5,6着と、それと制服だけだ。


 そのためたまにパジャマでコンビニへ行って恥ずかしい思いをすることが多々ある。


 そんなことはどうでもいい。鳴はとにかく今楽したいのだ。ベッドに飛び込み、ふかふかの感触に包まれながら寝たい。


 鳴は頭を空っぽにして、ベッドに突っ伏した。




 目が覚めたのは七時を回り、もう少しで八時になろうとしたところだった。


「はぁ……」


 ため息をつく。帰ってきのは四時頃だから、三時間以上寝ていたことになる。まだ若いのに年寄りのように眠りこけてしまう自分と、それにすっかり慣れてしまっている自分に呆れ果てる。


 とりあえず何か腹に入れよう。食べなければ明日調子を崩すことは必然だ。


 鳴は寮近くのコンビニへ行こうと決め、制服に着替えてから外へ出た。


「お」


「あ」


「へ?」


 だからこそ間の抜けた声を出してしまった。


 鳴がドアを開けて出た時、ちょうど隣の部屋の前で女子が立っていたのだ。一瞬逢引か?と思ったがそれは違う。なにせ女子は二人いるのだ。もし隣の部屋がとんでもないイケメンで二人の女を手玉に取っている、という場合以外ならば、恐らく待ち合わせだろう。


 そこからの邪推は、二人の女子のうちの一人によって阻まれた。


「冬鐘さん?」


「こんばんは凛子さん」


 平静を装って挨拶する。二人のうちの一人は間違いなく共に昼食を摂った、神田凛子であった。


 二人が見つめ合って固まる中ーーいや、凛子が時間が止まったように固まる中、ドアを開く音がした。


「待たせて悪い!ちょっと電話がーーーーえ?」


 鳴の隣、つまり凛子とあと一人の女子の待ち人だろう。短髪を茶色に染めている割には、なかなか落ち着いたカジュアルスタイルの私服だ。その男子ですら固まっている凛子を見て硬直してしまう。


 鳴は数秒、凛子が硬直から回復するまでの間、非常にいづらい気分を味わった。



 五分後、鳴は予定を変更して、凛子と他二人は予定通りに寮近くのファミレスで夕食をとっていた。


「いやぁ、びっくりしたよ。まさか隣の部屋の住人が凛子ちゃんの知り合いだったなんて」


「私もびっくりしました。まさか成道の隣が冬鐘さんだなんて想像もしませんでしたし。冬鐘さん、私に何か恨みでもあるのですか?」


「いや凛子、それはちょっと無理があるんじゃ…」


「申し訳ない限りで」


「腰低!!」


 ファミレスに四人の学生男女ペア。特別に珍しい光景ではないが、鳴は相手三人のうち二人とは初心者である。


 常に微笑みを絶やさず礼儀正しいお淑やかなお嬢様は神田凛子。これは顔見知りである。いや、友達と呼んでもいいかもしれない。


 顔も態度も軽い癖に私服は落ち着いているというちぐはぐなファッションの男は楠木くすのき成道《成道》というらしい。なんと成道はこれでもそこそこのお坊っちゃまだというのだから驚きだ。とてもそうとは信じられない庶民感である。


 凛子の隣で腰が低い!と鳴にツッコミをいれた女子は大島おおしま皐月さつきだ。話を聞くに凛子とは十年以上の付き合いになるそうだ。所謂親友というやつである。ただ外見は目を見開くほど正反対で、金髪にショートボブ、右耳にはピアスをしている。ちょっと遊んでいる女子高生のような印象を受ける。


 まあなかなか、濃そうな人物だ。鳴は心の中で成道と皐月に対して、ため息混じりに思った。






 インフルエンザの予防接種は皆様打ちましたか?私はちょうど今日、近くの病院へ行ってブスッと刺されてきました。


 小さい頃を思い出してみると、とても注射が嫌いでした。本当にもう、注射をされると死ぬぐらいの勢いで嫌いでした。ひどい時なんか先生の机の下に引きこもったりしてましたね。


 とはいうものの、予防接種はとても大切です。自分自身の健康のためにも、していない方はお早めに。




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