必殺の一撃
「凛子!」
音を立てて床に倒れこんだ凛子を見て、皐月が思わず悲鳴を上げて飛び出そうとする。だが根本が腕でその進行方向を塞いでおり、皐月は立ち往生することになった。皐月は戸惑ったような顔をして根本を見上げた。根本の目は皐月を見ておらず、倒れた凛子と飄々と立っている鳴を見つめていた。皐月が苦しそうな声で言う。
「先生、どいてください」
「そうしてあげたいですが、それは無理です」
「なんっ……」
何故と問おうとして、その直前に皐月は気づいた。今までやってきた組手のルールでは、相手が死ぬかギブアップするまで戦闘は終わらなかった。これが組手の枠に入っているとしたら、凛子はギブアップはしていないし、もちろん死んでもいない。まだ終わってないのだ。皐月がそれにはっと気がついた時も、根本はまだ二人を凝視していた。
鳴も終了の声がかからないことに疑問を持ったのか、根元の方をじっと見ていた。そして思い出したように凛子に視線を戻し、淡々と歩み寄っていく。皐月はその不吉な歩調から、最悪の事態を察知した。考えるよりも先に体が動く。根本の腕を押しのけて、凛子に向かって走りだした。
鳴は凛子を殺すつもりだ。間違いない。だとしたらそれだけは止めなければ。親友にあんな思いをさせるわけにはいかない。
根本の制止なんて関係ない。ルールなんて関係ない。ここで凛子が死ぬくらいならうちが盾になってでもーーーー
「凛ーーーーぅうっ!?」
しかし根本はそれを許さなかった。容赦ないパンチが皐月の腹に入る。一瞬気が飛びそうな痛みの後、強烈な吐き気が皐月を襲った。
皐月が痛みに体を震わせながらうずくまりながらも、その視線だけは凛子に向いていた。鳴が勝ち誇るように、挑発するかのようにその視線を受け止めた。鳴はもう凛子に手が届くところにいて、凛子を見下ろしていたのだ。
「先生……!」
振り絞った声も虚しく、根本は皐月を見てすらいなかった。死者の門出を惜しむような神妙な顔で、さっきとなにも変わらないように鳴と凛子を見ている。
根本からの協力は得られないと悟った皐月は、凛子に視線を戻した。鳴は凛子の頭の近くで跪き、そこで皐月の視線に気がついたようで、こちらに頭を上げた。
「すみません大島さん」
その口から出てきたのは、気のない謝罪の言葉だった。そしてそれは同時に鳴が今から何をするかを予告するものだった。
「謝る……くらいならっ……やめろ……!」
必止めなければ。痛かろうが吐こうが、たとえ死のうが凛子だけは死なせてはいけない。
皐月は一度死んだ。防衛ロボットとの一戦の時、鉄の拳と地面に挟まって、やわらかいトマトのようにあっけなく潰れきった。ほんの一瞬だけ激痛が走り、いつのまにか現実世界の訓練室で目を覚ますと、言い表し難い虚無感に襲われたのだ。それこそ本当に自殺でもしようかと本気で悩むくらいの。根本は軽い感じで「体のショック反応ですよ」なんて言っていたが、凛子にあんな思いはさせたくない。
必死の形相で這いよってくる皐月を一瞥して、鳴は凛子に注意を戻した。右手を手刀の形にして、一度凛子の首筋に狙いを定めるように触れてから振り上げた。
その時点で、皐月だけでなく他の一年一組全員が凛子の行く末を察した。凛子の首は難なく折られ、あの椅子だらけの部屋で目を覚ますのだろう、と。
根本すらそう思っていた。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
怒気と懇願が混じった怒鳴り声が、道場に響き渡った。皐月は祈るようにぎゅっと目をつぶった。
■
「席が隣ですわね」
中学校の頃だ。皐月は引っ越したばかりの土地に、見慣れぬ家に慣れようとするのに精一杯で、あまり学校に馴染めずにいた。友達は密かに想いを寄せている楠木成道ぐらいしかおらず、休み時間はいつも一人だった。別に見た目や性格が悪いわけではない。それは周りも分かっている。ただ思いつめたようなしかめっ面が、他人に近づくことを躊躇わせたのだろうと皐月は思う。あの頃は心に余裕がなくて、めいいっぱいだった。
そんな中凛子は話しかけてきた。二年のクラス替えの直後だった。皐月は視線だけ隣に向けて、無愛想に「よろしく」とだけ挨拶した。第一印象はその程度のものだった。ごくごく普通の、いや普通を少し下回るぐらいの出会い。
それでも親友という間柄が続いているのは、偏に凛子のおかげだろうと自覚している。別に皐月と凛子は強烈に馬が合うというわけではない。お互い趣味は別だし、環境も大きく異なる。
以前その事について凛子に聞いた時。こんな答が返ってきた。
「んん……あれじゃないですか?女の友情というやつはいかがでしょう」
「女の友情、ねぇ」
「気に入らなかったでしょうか?」
「……いや」
女の友情。なるほどそれは的確かもしれない。ただの友情ではないことは確かだが具体的にどういったところが違うのか分からないところがいい。
皐月は凛子のそのセリフを聞いて、女の友情というものを実感したのかもしれない。凛子に成道を紹介したのは、そのすぐ後だったと思う。
■
鳴の手刀は寸分違わず、凛子の細い首に振り下ろされたはずだった。肉体強化を応用して骨の硬度を上げ、更に身体能力も上げ手刀の威力を上げた必殺の一撃のはずだった。
なのになぜ
「まったく……」
まさかあの状態から復帰したのか?嘘だ。完全に意識は消失していたはず。
だとしたらそれは、恐ろしいことだ。
「凛子……?」
皐月も違和を感じたのか、固く閉ざした目をそっと開けた。恐る恐る開かれたその視線の先には、鳴の寝たまま受け止めている凛子の姿があった。
「凛子!」
皐月は体の痛みも忘れて、飛び上がるように起き上がった。先程から一転、絶望から希望へと表情が激変していて、凛子はそれを見てふっと優しく笑った。
凛子は振り向き、鳴を睨めつけた。長い黒髪がふつふつと怒りに揺れている。よくも親友に悲しい思いをさせましたわね。そんな怒鳴り声が聞こえるような視線に、鳴は思わず目をそらした。泣かせたのはお前だろ、なんて冷静に返していけない気がしたのだ。
そして凛子は不敵に笑い
「皐月!貴方に泣かれたら寝ていられないではありませんかっ!」
激昂しながら、力強く立ち上がった。鳴はなんとかして凛子の手から逃れようとするものの、がっちりと捕まえられていて離れない。
まずい、腕を折ってでも逃げなければ。鳴のその判断は間違いではなくむしろ的確だったのだが、しかし遅すぎた。
鳴の嫌な予感を裏付けるように、凛子が歯を食いしばると、全身から火山の噴火のように煮え滾った何かが噴き出した。握りしめられている腕に熱さを感じて、鳴は思わず顔を顰めた。
これは本当にまずいーーーー
「いきますわよっ!!」
「ぐっ」
鳴は鉄板で胸を殴られたように衝撃を受け、道場の床に背中からめり込んだ。蜘蛛の巣のようにひび割れた床から、鋭い木片が血のように飛び散る。
「ぅぅっ!」
背中の激痛に呻きながら、鳴はなんとか次の攻撃を回避しようとする。だがそれをさせるほど凛子は今甘くはなかった。
「これでーーーー」
鳴が背中に走る怖気を察知して無理矢理に目を開けると、凛子の扇情的な足がすぐ近くにあった。それどころか股が目の前にあり、現状が違えば欲情さえしたのかもしれない。しかしマウントポジションを取られ、さらに拳を思い切り振り上げられていると理解した今はそんなことをしている暇はなかった。
「やめろっ!」
「終わりですわ!!!!」
鳴の制止のせいで一瞬の躊躇はあったものの、結果的に凛子の拳は振り下ろされる。鳴は勝つことを諦め手を三度振ることしかできず、その後隕石の如く強烈な一撃が鳴の腹を貫いた。返り血が凛子の戦闘服を汚すも、それは勝利の決定的な証拠であった。
「ほぉ」
「やったぁ!!」
根本の感心げかため息をかき消すに、皐月の歓声が重ねられた。スキップしながら凛子へ近づく皐月に、根本は深い深いため息を漏らした。
どうも餃子です。
私事ですが、いや読者がいるので一概にそうとは言い切れないのですが、遂に合計PVが1000を突破いたしました。ユニークアクセス数ではないしブクマ登録もされていないのでそこはまだまだなのですが、自分の書いた本が千回開かれたと思うと背中が真っ直ぐになる思いです。
これからも精進していきますので、応援よろしくお願いします!
P.S ブックマーク登録してくれるとやる気が増します。是非に。




