問われるもの
根本に焚き付けられてその気になった一年一組は、それなりに厳しい訓練を受けていた。ログロワイヤルに向けて普通日課が変更され、座学は訓練の時間へとすり変えられ、そのなけなしの座学すら銃の構造や戦術を学ぶことがほとんどだった。他の生徒は少し憔悴している様子だ。
数々の訓練の中で生徒に最も疲労するのが、なんと言っても戦闘訓練であった。
最初の仮想世界の訓練でいきなり拳銃を持たせるというぶっ飛んだことをさせた根本も反省したのか、今までは素手での組手を多くさせていた。だがログロワイヤルに向けての訓練が始まると、訓練の方向性が一気に変わった。
「迷うな!やらなきゃやられるぞ!」
「はい!」
攻めるか否か、迷っている女子生徒に根本は厳しい声をかける。女子もそれで決心がついたのか、目の前の男子の顔面に膝蹴りを食らわせた。
彼らだけではなく、一年一組全員は今急所への攻撃以外が禁止されている組手をさせられている。ルールのエグい総合格闘技といった体だが、これがなかなか堪えていた。
特に先程根本に叱責された女子生徒のような、心根が優しい人間は苦労しているようだった。見ている限りでは渋々やるクラスメイトも少ない訳ではなく、どちらかといえば鳴や凛子、成道あたりの躊躇せず顔を殴ったり関節を折ったりしている方が怪訝な目で見られている。
皐月も、そんな目で鳴達を見る一人だ。
鳴は横目で皐月の様子を伺い見る。すると目の前の相手に攻撃をするか否か、悩んでいるところだった。同じように根本が大声で指示しているのだが、どうも動けずにいるらしい。
大丈夫かアイツ……?
鳴は皐月を心配している中、いつのまにか視界の端を掠めた拳を反射的に叩き落としていた。攻撃の主は決まっている。目の前にいる成道だ。
「鳴よぉ、女の子チラ見なんて余裕だなっ!」
いつもの軽口と同時に鳴の首を刈り取ろうとする成道の蹴りを、鳴は片手で受け流す。勢いを殺しきれなかった成道は右足を大きく振り抜いた。鳴は弁解をするために、その間にバックステップで距離をとった。
「別に見てたわけじゃない。安心しろよ、手を出したりなんかしないから」
「ほ、ほぉ……うわっと!」
鳴の言葉、特に手を出したりなんかーーの辺りを疑うような目で見つめてきた成道に、鳴はお返しとばかりに蹴りを返す。だがその蹴りは先の成道のハイキックではなく、足首を叩き折るような重いローキック。成道は一度入れたハイキックかと思わせるためのフェイントに見事に引っかかり、鳴のローキックに反応できなかった。成道はもろに食らい、力が入らなくなった足のせいで膝をついた。
「ぐ……ぅぶ!」
そして位置が下がった成道の頭に向けて、無情な一撃が叩きこまれた。
「楠木成道が気絶。一分後に強制起床させます」
いかにもAIという抑揚が声調が不自然な声がトレーニングルームに響く。その声を聞きつけた周りが鳴の方に振り返り、のびている成道を見て事情を察した。
「うっわ……」
「さすが鬼鐘……」
「エグいわぁ……」
周りが思わず呟くその中に、鳴のあだ名というか、ニックネームのようなものが混じっていたのを鳴は聞き逃さなかった。
「今鬼鐘って言ったの、清水さんですよね」
「え、いや」
「言い訳は結構。ところで清水さん動きが固いですね。俺がレクチャーしますからさぁ、やりましょう」
「いやいやいやいや!遠慮します遠慮します!」
「遠慮なんてせずにさぁ」
鳴はスタスタと歩いて清水に近づいた後、戦闘服の襟を掴んで先程成道と闘っていた場所へと戻っていった。
クラスメイトもさすがにそれ以上は口にしなかったが、全員がこう思っていたに違いない。
やっぱり鬼だなぁ……、と。
その後、同情も虚しく清水は数秒と経たないで鳴にしばかれた。
■
「それにしても冬鐘君は強いですねぇ」
「それなりですよ」
一人汗を拭いていた鳴の隣に根本が腰を下ろし、陽に眩しそうにしながらそんなことを言った。鳴はあくまで振り向かず、むしろ不機嫌そうな声で答えた。その態度に根本は苦笑のような笑みを漏らす。
ここはトレーニングルームの内の一つ、日本の道場風の建物だ。縁側に出れば春の陽気のような温かな光が迎えてくれる。こんなにものどかな雰囲気なのは、少しでも生徒の疲労を軽減するためだろうか。
そんな無粋なことを考えていると、突然思いついたような口調で根本が口を開いた。
「そうだ、是非よければ休憩の後は神田さんとやってくださいよ。皆のお手本みたいな感じで」
「何でそんなことしなくちゃいけないんですか」
ぴしゃりと言い返す鳴にまたもや苦笑しながらも、根本は鳴の意向を無視するつもりなのか凛子を呼び出した。凛子は健気に駆けて来る。
「何か御用でしょうか?」
「突然で申し訳ないんですが、休憩が終わったら冬鐘君と組手をしてくれませんか?」
「えっ……」
驚いたのか、凛子は鳴と根本を交互に見た後、悩むような仕草を始めた。
ダメだよ凛子。その教師ははっきり断らないとすぐ付け込まれるよ。
鳴の心の中の警告も虚しく、根本は一瞬だけ人の悪そうな笑みを浮かべて、あれやこれやと理由をつけて凛子に半強制的に言質をとった。
だからダメなんだって……
流されて頷いてしまった凛子の前で、鳴は頭を抱えるしかなかった。この純粋さは褒めるべきか改善するべきか、いまいち判断がつかなかった。
根本はその後凛子を下がらせ、また鳴の隣に座り込んだ。
「さ、決まりましたよ冬鐘君」
「……分かってます」
わざわざ言われなくても分かっている。根本が勢いで押し込んだ組手の約束など、声自体が丸聞こえだ。
全くこの根本という教師は、教師あるまじき人物である。
「根本先生が何をしたいか、俺には全くわかりませんよ」
「やだなぁ、そんなの決まってるじゃないですか。冬鐘君と神田さんを戦わせれば、きっとそれを見た一年一組の刺激になるからと思ったからですよ」
根本はにっこりと笑いながら続ける。
「それよりも冬鐘君は自分の事を気にしたほうがいいですよ。そんなにツンツンしてるから、鬼鐘なんて呼ばれてしまうんです」
それは言われたくないことだった。鳴は思い切り表情を歪める。
何回目かは覚えていないが、まだ自由な素手での組手の訓練の時、鳴はほどほどに相手をいなして一撃で沈めるという至極シンプルな方法で体を動かしていた。だがその様子がどういうわけか曲解されてしまい、「冬鐘鳴は相手を弄んだ後一撃でプライドごと潰す」との噂が広まったのだ。
それから鬼鐘というあだ名がつくのにはそう時間はいらなかった。噂を聞いて先入観を持ったギャラリーが増え、その時は自分の状況が分からなかった鳴は格闘の方法を変えずそのまま続け、結果そんなあだ名がついてしまった。今では一年一組全員に定着しているようで、時々初対面の人にもそう呼ばれる。
そんなことを思い出して内心膝をついてから、やっと気づいた。また流されてしまった。自分は本当にこういうのには向いていないのだなと、鳴は何百回目かの自覚をする。
鳴は諦めて、空を見上げる。真っ青な空に雲がいくつか浮いていて、風の言うとおりに流されている。よく雲は自由だとか言うが、その雲でさえ風には抗えないのだから悲しいものだ。
「ほんと、先生が何がしたいかさっぱりです」
鳴はため息混じりにそう呟いた。
片や一年一組を潰そうと画策していたり、片や一年一組の戦闘力向上のために人を使ったり。根本のやりたいこと、目的というものがさっぱり見えない。まるで根本が二人いるようだ。
鳴の呟きに答えず、根本はただ宙をぼーっと見ていた。呼吸は非常に穏やかで、精神的動揺など見られない。
まあ、こんなの答えるわけないか。と鳴が諦めかけた時、根本がゆっくりと答えた。
「それは……私にも分かりませんねぇ…………」
鳴はその言葉に驚いて、思わず振り向いて根本を見た。そして仰天した。
根本はいつもと変わらず、淡々としていた。なんとなくふざけた空気も纏っているが、それ以上に根本の目は、恐ろしく何も無かった。その無といったら、虚空の一言も過剰形容だ。
が、それも一瞬だった。その異様な眼差しはなかったように消え失せ、次にはにっこりと薄ら寒い笑顔を浮かべて鳴に笑いかけていた。
「さて、休憩は終わりにしましょうか!皆さん休憩は終わりです!この後は神田さんと冬鐘さんのーーーー」
少し不自然な空気は気にしていないのか、根本は立ち上がって一年一組に呼びかけ始めた。鳴は座ったまま、先程の根本の発言を頭で改めていた。
『それは……私にも分かりませんねぇ…………』
鳴の思い違いでなければ、この言葉は根本の初めての本音であったような気がしていた。
どうも餃子です。
最近寒くなってきましたね。つい先日は僕の住んでいる地域にも雪が降りました。夜中にパラパラと降って浅い靴底ぐらいしか積もりませんでしたが、確かに冬の訪れというものを実感しましたね。しかしなかなかどうして、少しだけの雪景色というのも良いものでしたよ。




