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バトルログ  作者: 風呂敷
入学編
11/19

鳴の刃

 成道に抵抗する余力はなく、横向きの衝撃に身を任せるしかなかった。腹を見ると、黒い布のようなものが抱えるように巻き付いている。それを確認すると不意にさらに強い衝撃が走った。衝撃がロボットと接触した右足にまで響き、成道は体を強張らせ目をギュッとつぶる。ぼんやりとした頭でも衝撃が着地によるものだと気づくのには時間はいらなかった。


「ぐ……っ」


 耐えても耐えても、痛いものは痛い。成道は思わず呻く。気になって足を見ると、踵どころか膝まであらぬ方向に曲がっていた。掠っただけだというのにこの有り様、直撃したら文字通り木っ端微塵になってしまっていただろう。なるほど、これならたかが着地で痛いわけだ。


 その何かは呻いた成道を心配しているように、ゆっくりと座りやすそうな瓦礫に下ろした。その間目をつむって痛みに耐えていた成道は、下ろされてすぐにその何かを直視する。それは見知った友の一人だった。


「鳴……?」


「大丈夫か」


「……まあまあだな」


 そこにいたのは鳴だった。成道に声をかけながら、淡々と凛子を寝かせている。その飄々とした態度はいつも通りだが、唯一違うのは服装だった。見慣れない真っ黒ローブを着てフードを目深に被ったその姿は、まるで死神のようだ。


 凛子を寝かせ終わり、よっこらせと立ち上がった鳴に成道は口を開いた。


「ハロウィンは……今日だったか?」


「仮装じゃねぇよ馬鹿」


 朦朧とする頭でなんとか考えた冗談を口にした成道の頭に向かって、鳴は容赦なく拳を振り下ろした。そのつむじの痛みは見知ったもので、成道は安心感を覚える。


「いいからお前は黙って寝てろ」


「いや……でもあいつは……」


「いいから」


 成道が心配するも、鳴は自信満々に言い切る。肩を押しこまれ無理やり寝かされた成道は立ち上がる力も残っていないのか、そこで僅かに身動ぎするしかできない。


 成道は恨めしげに睨めつけるも、弱々しい視線では鳴にはなんら影響なく、逆に肩をすくめられてしまった。


 成道はその態度に怒りを覚えた。こっちが心配してやってるのになんだそれは。皐月があれにやられたと言ったのはお前だろ。どうやってそれを知ったかは知らないけど、ならあいつが超強いってことは分かるはずだ。


 だが、痛みで朦朧とする頭ではその怒りすらも薄れていく。だんだんと意識が遠のいていっているのが、自分でも分かるほどだった。成道はなんとか口を開き、最後の警告をする。


「あいつマジでやばいから……お前だけでも逃げろって……恨まないから……」


「なぁ成道」


 それでも鳴は成道の忠告は一切聞く気はないらしく、今度は無視をして逆に成道に問を投げた。


「口は堅いほうか?」


 成道は数秒間を開けて、思わず吹き出してしまった。一体なんの話だか全くわからない。だがここまで鳴が平気な顔をしていると、心配している自分が馬鹿なように思えてしまった。


「ああ……硬いぜ……なんせコンクリート製だからな……前にキスしたら……相手の唇が砕けちまったよ……はは……」


 はっきりしない口調でも、成道がまたつまらない冗談を言ったことは分かったらしい。なんとか笑いながら答える成道に、鳴もまた笑い返した。


「そうか、じゃあここで起きたことはーーーー」


 成道から視線を移し、ロボットを見据えた鳴。どこからともなく吹いた風が黒の生地をはためかせる。よく見れば腕には腕輪がピッタリとはめられていた。


 しかしそれは成道がつけているような、先程根本に配られた代用子機などではなかった。素人が見ようと、色でそれが理解できた。成道の腕輪は飾り気のないつまらない白である。


 対して鳴の腕輪は、秋の夕焼けが返り血を浴びたような、ゾッとする真紅。殺風景な白などその前には無色に等しい存在感だ。

 

 成道が見とれていると。鳴は深く腰を落として


「オフレコってことで」


 強く地を蹴った。


 瞬間、瓦礫が爆弾でも仕込まれていたかのように弾けた。撒き散らされる小粒の石欠片を顔から庇いながらも、成道は鳴を目で追おうとした。


 何かが素早く動いていることは分かる。腕輪の赤が残像となり、空中の赤の軌跡を残すからだ。しかしその動きを捉えるとなると、成道はまるで出来る気がしなかった。ただ空中に残る赤の残像を追うことしかできない。


 鳴と思しき残像は、一息でロボットとの距離を詰めて正面に躍り出た。迫る人影になんとか反応できたのは、高性能カメラを複数稼働していたロボットのみ。ロボットは寸前で動きを察知し、苦し紛れの予測地点に盾をかざす。


 もちろん鳴も突き出され盾にそのままタックルをかますはずがない。前開きのローブを手で開き、、そこから腕を入れて戦闘服の腰の後ろに手をかざした。柄を手繰り寄せ、腰に固定された鞘から刃を引き抜く。


 現れたのは短剣。刃の長さは二十センチほどで、刃渡りは長いとは言えない。見た目も特に特徴はなく、強いて言うならば刃が妙に白い。雪を溶かしてその白だけを抽出したような、そう、白銀という文字がぴったりだ。


 だが成道の視界がぼやけていなければ、きっと驚いたろう。鳴の持つ短刀の刃をよく見れば、非常に細かく震えているのだ。


 鳴は脚力に物を言わせて飛び上がり、そして右手を振るう。その手に握る剣は一瞬という言葉すら永遠に感じるほど早く、速く、疾く、合金の大盾を木板の如く切り裂いた。空間ごと割いてしまうのかというほどの金切り音が響き、一拍後にロボットが大盾ごと吹き飛ぶ。衝撃の余波と独特な斬撃音の余韻を空中に残しながら横一直線に背中から民家に突っ込んだ鉄の巨躯は、土煙を上げながら前のめりに倒れた。


「なっ……」


 成道はただ唖然とする。あのロボットが一瞬で、赤子のように軽く倒された。見るからに頑丈そうな盾を逆に押し返し、重そうなその体をソフトボールのように吹き飛ばした。


 たった一筋の斬撃で。


 どうしようもない実力差に、劣等感や恐怖感すら湧いてこない。一体どうすればいいのか全くわからない。成道は一種の放心状態に陥っていた。


 鳴はそんな成道を一瞥して、ロボットに歩み寄る。見れば見るほどおかしなロボットだ。本来防衛用であるのに、仮想世界とはいえ人に攻撃を始めるなど聞いたことがない。


 ローブの下から掌サイズの四角い何かを取り出して、ロボットの腹に無造作に置く。すると四角形の面が開き、ロボットの腹に強く吸着した。


 鳴が十メートルほどの距離を取り、ローブの広い袖の中に仕込んであるスイッチの一つを押す。


 爆発四散。ロボットの最期は、そんな言葉がお似合いだった。 


 敵の後処理も終わり、今度こそ鳴は装備を解除して成道の元へ向かった。






 それから三十分、鳴は何故か校長室にいた。もちろん現実世界の福海学院の校長室である。


 ロボットを倒してから、鳴は急いで装備を解除して腕輪も偽装し、あたかも何者かが乱入してロボットを倒していきました、といった感じ成道と共に強制回収を待っていた。丁度すぐに現実世界へ帰投出来たが、今度は質問攻めであった。成道は疲弊しきっているため鳴がほとんどの質問をのらりくらりと躱していた頃、突然校内放送で呼びだされたのである。


 校長室は豪勢な装飾が至るところに施され、まさに金持ちの部屋と言うべきーーーー。いや、そこは割愛すべきだろう。ぼやくべきは今の緊迫した状況だ。


 鳴はその部屋の中心の一歩手前に直立していて、隣には根本も並んで立っている。いや、立たされている。当然目の前に厳格な表情で座り二人を見つめるは、福海学院の副校長、入学式で校長代理としてスピーチを務めた柳町竜司である。


 既にこの部屋に入って十分は経過している。常人なら五分で胃潰瘍になってしまいそうなプレッシャーを放ち続ける柳町に対して、鳴はいつもどおりに見つめ返すだけだった。ある人が見れば肝が座っていると感嘆し、ある人が見れば生意気だとこき下ろすかもしれない。そんな態度を崩せないと分かったのか、柳町はやっと重い口を開いた。


「呼ばれた理由は分かっているね。冬鐘鳴君」


 入学式のスピーチと今では、声の感触が全く違う。声を荒げているわけではないのに、相手を押しつぶすような迫力があった。


 まあ、そんなものでは鳴には全く効果を示さなかったが。


「全く分かりません」


「ほう」


 竜司は恐らく齢五十ほどだろう。鳴がとぼけた瞬間、少し垂れてきた目尻には似合わない眼光が鋭く発せられた。根本が少しだけその勢いに負けて、硬直してしまう。


「よければ教えていただけないでしょうか?本当に分からないんです」


 それでも鳴の声は平坦だ。根本は内心、この鳴の態度にくすりと笑ってしまいそうになる。その笑みにはもちろん自重の意味もあるが、それを上回る賞賛がある。あのプレッシャーを跳ね除けるとは、これでは自分がただの学生ではありませんと自己紹介をしているに等しいではないか。


 そのまま一分。じっくりと嬲るような視線が鳴を襲い続ける。隣にいる根本の額から冷や汗が垂れ始めた頃、柳町はようやく諦めた。



「……冬鐘鳴君」


「はい」


 今度は何を言い始めるのだろうか。何をするつもりだろうか。鳴が予測に耽りながら答えた後、柳町は意外なことを口にした。


「君のその強さに免じて今回は見逃してあげよう」


 え?いいの?


 これが鳴の内心であった。


 あっさりした引き下がりに鳴は逆に警戒してしまう。自分はあくまで得体の知れない者として柳町に認識されているのだ。何が目的か、何ができるのか、なにをするつもりなのか、誰に従っているのか。自分がもし柳町の立場だったら相手に聞きたいことはいくらでもある。


 しかし、と柳町は付け加える。


「今度はそうはいかないぞ」


 冷え冷えとする声音に切り替わる柳町。それは先程の圧とはまた違った種類だった。まさに首元にナイフを突きつけられた感覚。鳴は無意識に動きそうになる手を意識的に押さえつける。


 もしこの手が動いてしまっていたら。そんなもしもの予想が鳴の肝を冷やさせた。恐らく反射的に柳町の目でも潰しにかかっていたのではないだろうか。それこそ取り返しのつかない事態になる。


 鳴は柳町の意図に気づき、顔を上げて柳町を見た。その顔には微笑以外に、確かに勝ち誇ったような表情が混じっていた。


 その反応に満足したように柳町は小さく鼻で笑い、二人に退室を命令した。


 





 

 どうも餃子です。


 昨日もお知らせしましたが、今日を持って月曜夜六時投稿に完全移行させていただきます。よろしくお願いします。


 話は変わりますが、今日は我が家に新しいホットカーペットが仲間入りしました。とってもふかふかで暖かくて、こたつと同等の魔力で僕を惹きつけて離しません。困った子です……。



 

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