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バトルログ  作者: 風呂敷
入学編
10/19

才能の兆し

「いやぁぁぁぁ…………」


 凛子は頭を抱えたまま膝から崩れ落ち、そのまま蹲った。瞳は潤うどころか乾ききっていて、涙など流れない。ただ皮も、骨も、脳みそも。自分の全てが震え上がるような不快感に耐えることしかできない。


 皐月が死んだ。


 その強烈な事実に根本の警告文など届かない。何が死なないだ傷つかないだ。今、たった今皐月は死んだではないか。目の前の血飛沫がそれを嫌でも分からせる。少しでも現実・・から離れたくて、凛子は固く目を閉ざし視界を暗くした。


 暗闇の中、悪夢の光景は尚も蘇る。まるで目を閉じていないかのように、鮮明に先程の光景が暗闇に浮かび上がるのだ。凛子としては今すぐに目を抉り出したい気分だった。


 しかし、凛子は見てしまった。尊厳も尊重も、皐月の何も顧みなかった雑な死を。


 それを思い出すだけで、無限に湧くのではないかと思うほど増大する激情が凛子の身体に力を満たす。体中が薄い水の膜に纏われつかれたような不思議な感覚を頼りに、凛子は膝に力を込める。もう一生立ち上がれないと思っていたのだが、案外簡単に立ち上がることができた。


 仇を取らなければ。


 そんな使命感が凛子を突き動かしているのだ。腰が抜け気絶してしまいそうなショックに曝されているはずなのに、それだけが脳内を叩き起こしている。


 親友の仇を。


「うわああああっ!!」


 二度目の絶叫は自分を鼓舞するためのものだった。凛子はこれまでにないほど願う。


 この身体に力を!


 願いと決意を胸に、凛子は巨躯に向きあった。ロボットもその想いに答えるように、凛子に振り向いた。


 凛子が纏う何かは、沸騰したようにふつふつと気泡をたて始めていた。


 凛子はロボットを睨めつけてから、勢い良く駆け出した。ロボットは凛子を戦闘対象に決定して、深く腰を落とし盾を構えた。


 両者の距離は約二十メートル。平坦な道であれば、凛子は三秒あれば駆け抜けることができる。しかし今凛子が踏みしめるは整備された道路ではなく、形が様々な瓦礫であった。ロボットは自重で瓦礫を踏み砕きながら移動できるが、凛子にそんな芸当ができるわけがない。こと移動に関しては、圧倒的なアドバンテージがロボットにある


 ーーーーように見えた。


「はあっ!!」


 そんな分析をしていたロボットの無機質な視線の先で、凛子の全身が一瞬弾けたように輝いた。


 そして次の瞬間には、凛子が目前に迫っていた。


 予想外の結果に、ロボットの思考は停止する。接近まで時間は十二分にあったはず。ならなぜ戦闘対象はもう既に目の前にいて、拳を構えているのか。


 ガァァァァァァァン


 除夜の鐘のような重い衝撃音が、痛快に響いた。


 空中には拳をつきだした凛子が重力に従ってゆっくり落下していて、ロボットは辛うじて盾でその打撃を受け止めていた。


 ロボットとは、普通考えることはしない。したとしてもそれは補助的な意味であり、基本的にプログラムされた行動に従っている。予想外のことが起こっても、敵が目の前にいるならば即座に盾を掲げる。反射行動として刷り込まれたその動きだからこそ、防御できた一撃であった。


 ロボットは衝撃に関節を軋ませ、凛子は盾の硬さに舌打ちしながら同時に後退した。


「……」


 凛子は防御されたことに動揺せず、淡々と痛む右拳を左手でさする。生身で鉄の板を殴ったのだ。拳が折れてもおかしくはない。折れなくとも打撲は当然だ。


 凛子は殴る前にそれを理解していた。たとえ盾で防がれなくてもあの鉄のロボットを殴れば拳は無事で済むはずもない。だがそうでもしないと、凛子の気が収まりそうになかった。


 今凛子の頭を占めているのは怒りと悲しみだ。それを跳ね除けて凛子の体を突き動かすのは義務感。

親友を殺された仇討ちをするという義務が、凛子が自分で手綱を握れるただ一つの思いだ。押しつぶされそうな辛い感情から逃げるように手綱を握り鞭で尻を叩いて、その義務を走らせる。


 逃げることができるのなら、傷を負っても構わない。


 凛子は再び全身に力を漲らせ、今度は低い姿勢で地を這うように突進した。





「ふむ、いけませんねぇ……」


 根本は顎に手を当てて、画面を見つめながら考えこむような仕草をする。周りには無数の椅子が部屋に沿うように並べられていた。


 幸いにも冬鐘鳴、楠木成道、大島皐月、神田凛子

、佐藤紫以外の生徒の避難は済んでいた。もちろん、根本も現実世界に帰投している。それ自体はあまり難しいことではなかった。


 しかし、この五人に関してはどうにも回収できそうにない。というか根本は回収したくない。だから上にも今の現状を報告せず、こうして傍観の体を維持しているのだ。


 画面を見つめたまま固まる根本の周りには、一年一組の生徒達が群がっている。不安なもののやることがないため、少しでも紛らわすために何かをやりたいのだろう。もちろん、彼らにできることは何もない。


 旧型の防衛ロボットが迷宮街に侵入……か。


 そのハプニングで何かメリットを得るものはいるのだろうか。


 根本がまた思考の海に沈み込もうとしたとき、ある椅子が電子音で一人の現実世界への帰投を告げた。根本はその椅子に振り返った。


「やあ、おかえりなさい」






 何度目かも分からないほど繰り返された音が、また響き渡る。凛子は右拳が使い物にならなくなったため、今は左拳で攻撃している。


「くっ……」


 何度目かも分からない突進を繰り返す。接近して、殴って、防がれて。その一連の流れを数えきれないほど繰り返した。その度に凛子の拳は潰れ、体力は減少していく。そして何故か体力の減少に比例して薄くなっていく全身を覆う何かの膜は、既に凛子が意識できないほど薄くなってしまった。


 しかしそれすらも心地よい。なぜか傷つけば傷つくほど、弱れば弱るほど、凛子は心が癒やされていく気がしていた。その異常に凛子は気がついて、自嘲の笑みを零した。


「はぁぁっ!!」


 それでも特攻を駆ける。両拳が遂にダメになってしまっても、まだ怒りは収まらない。捨て身ならぬ捨て腕の攻撃。握ることもできなくなった右拳を叩きつけるだけの、威力もへったくれもない攻撃が通じるはずもなく、ロボットは大盾で危なげなく防いだ。鉄の硬さが、凛子の右拳を遂に砕けきる。


「ぐぅぅっーーーーぁああ!!!!」


 歯が震える激痛を食いしばることで耐え、下がらずに左拳も同じように叩きつける。鋼鉄製の厚板がそれに揺らぐはずもなく、当然のように左拳も砕け散った。


「あっ……ぁぁ……!」


 痛みが凛子を襲う。軽減されても両手の骨が砕けた痛みは、高校一年生の女の子には強すぎた。耐えようとしても嗚咽が溢れる。


 それでも尚、引き下がらない。凛子は涙を拭くこともせず、力のない両腕をだらりと下げてロボットの前に立ち塞がった。後ろには何もなく、ただ瓦礫の道が広がるのみ。だが、凛子にとっては確かにあるのだ。誰にも犯させない、誰にも壊させない、大切な大切な何かが。


 隙だらけの凛子に対して、ロボットが何もしないわけがない。意地などどこかへ飛んでいってしまいそうな衝撃が、咄嗟に掲げた木の枝のように細い真っ赤な腕に襲いかかる。


「ーーーーーー」

 

 思考する暇もなく、凛子は後方にぶっ飛ばされた。遠くなるロボットとの距離を霞む視界で眺めながら、瓦礫の山を玩具のように飛び跳ね転がって、十メートル先でやっと止まった。


 逃げなければ。

 

 そんな考えが頭をよぎると同時に、今までにないほどの痛みが凛子の意識を黒く塗りつぶした。瞼が急に重くなり、凛子はそれに耐え切れずゆっくりと瞳を細くする。


「り…………こちゃ……!」


 凛子が目を閉じる寸前、聞いたことのある声が頭で反響した。






 成道は目の前に広がる惨状に目を疑いながらも、必死に叫んだ。


「凛子ちゃん!」


 凛子はそれに答えず、横たわったままゆっくりと目を閉じた。代わりにロボットがその声に反応して振り返る。成道はそれに気づいて、すり足で後退した。


 デカイ。


 その大きさだけで成道は圧倒されてしまう。足元には赤いシミが広がっているが、あれは恐らく凛子の血だろう。遠目でよく分からないが、凛子の両手は見るも無残な状態だった。

 

「ちっくしょう!」


 悔しさに歯噛みしながらも、成道は駆け出した。ロボットはあくまでも冷静に大盾を構える。


 成道は初めてロボットを見た瞬間、疑問に思ったことがある。あのロボット、あんなに大きな盾を持ったら視界が不自由ではないのだろうか。


「うおおおお!」


 凛子のように盾に拳を振るうことなく、成道は大盾と地面の間をヘッドスライディングでくぐり抜けた。勢いを殺すことなく着地は前転で済まし、股下を通ってロボットを躱す。


 成道はそのスピードを維持して、そのまま凛子へ駆け寄った。


「凛子ちゃん、大丈夫か!?」


 顔面蒼白、呼吸薄弱の凛子を揺さぶって、なんとか起こそうとする。しかし凛子からの反応はない。

弱い呼吸を必死に繰り返しているようで、豊満な胸が慌ただしく上下している。凛子の顔色を馬鹿にするように真っ赤な両手は血塗れで、直視することすら憚るほどボロボロだ。まさかあのロボットを何回も殴ったのだろうか。


 なんで……。


 そんな疑問は頭によぎると同時に解決した。きっと皐月の仇討ちだ。凛子ならきっとそうする。仇討ちが無駄だとか、亡き者よりも生者の自分の方が大事だとか、仮想世界では人の死は意味ないから何もしないとか。神田凛子はそういう割り切りが出来ない人間なのだ。


「てんめぇ……」


 だからこそ許せなかった。凛子は逃げればよかったとか、皐月も油断していたのだろうとか、そういうどうでもいい事情は頭になかった。成道に今あるのは、皐月を殺し凛子を傷つけたという純然たる事実のみ。


 成道はこみ上げてきた火傷しそうなほど熱い感情を抑えつけ、凛子を抱えて走り始めた。その理由は簡単、ロボットが盾を構えたからである。その自らの体を覆うようなモーションから繰り出される突進は、成道は一度見たことがあった。人一人を抱えながらそれを躱すことは、恐らく見たことがなければ無理だったろう。


「くっ……」


 危機一髪。後ろを振り返ってロボットを確認する時間も惜しく、成道は凛子を抱えながら住宅街を縫うように走る。


 その後ろからはガンガンと、瓦礫があちらこちらに撒き散らされる轟音が聞こえてくる。自分達が追われていることが嫌でも分かってしまうその音に耳を塞ぎたかったが、生憎両手は凛子を抱えるのに使ってしまっていた。


 その防衛ロボットはあくまで陣地防衛用に製造されたものである。しかし、その体は合金とコンピュータによって動かされているのだ。攻撃面においても成道の回避行動を上回る程度の性能は持ち合わせていた。


 果たして、六回目の突進が遂に成道の踵を掠った。靴底の端に当たっただけだが、時速八十キロの全力の突進が軽々と成道を吹き飛ばすには十分な接触だった。成道の足が軋みを上げてひしゃげる。


 成道は高速道路を車に轢かれたように宙を舞う。歯を食いしばり襲いかかる衝撃と痛みに耐えながら、凛子を抱える手は決して離さない。気を失った状態の凛子を今離せば、無抵抗のまま重力に従って落ちることになる。結果は火を見るより明らかだ。


 かくなるうえは自分が肉布団になってでも。


 そう覚悟して、成道は空中で自分が下になるように姿勢を変える。これならばもし着地に失敗しても凛子の最低限の安全は確保されるだろう。


 成道は分からないが、成道と凛子は吹き飛ばされ空中十メートル地点まで舞い上がった。片足が使えない状態でその高さからの着地となると、仮想体でも難しい。


 成道が迫る地面に目を見開き、足をつけるその直前、更なる衝撃が襲った。







 あけましておめでとうございます。餃子です。


 あっという間に一年が過ぎ、2016年が始まりましたね。私は現在高校二年生なのでもう受験シーズンとなりました。それとは関係なく週一投稿は続けますので。安心してください続けますよ。


 それはさておき、読者の皆さんにお知らせがあります。私の気まぐれにより土曜夜六時投稿から、月曜夜六時投稿に変更させて頂くことになりました。明日、つまり一月二日を最後に、完全に変更させていただきます。


 つまり今日投稿、明日投稿、明々後日投稿という三連続投稿となるのです。


 ストックがほぼ無くなる…………。まあいいでしょう!年越しと共に気持ちも投稿曜日も切り替えて、少しでも面白い文章を書いていきます!


 皆様、今年もよろしくお願いします。


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