29 海で魚と戯れる①
青い空、白い砂浜、打ち寄せる波、打ち上げられる半魚人。
そう、私達は今、海に来ています。
もっと平和的に来たかったなぁ…。
朝、少々の寝坊をしてから起きた私達は、葵の用意してくれた朝ご飯を食べつつ、今日の予定を決める事にした。
昨日は海に行こうと言ったが、さてどうしよう?
そんな所に行ってる場合か?
侵入した女神教の駆除は終わったのだろうか?
海に行くのは、やはり安全確保してから、と決心した。
そのためには女神教をさっさと片付けなければ。
「しかし、奴ら、どうやって逃げるつもりだったのだろうか」
蘇鉄が問題提起してくれた。
ふむふむ、なるほど。
昨日は夜の森を逃走していたから、ぬし様に見つからずに進めていた。
ただし、この森は半島の全てを埋め尽くしているワケではない。
半島を抜けるには、どうしても平地を進むしかない場所がある。
のこのこと平地を進めば、たちまちぬし様に発見され、それでお終いだ。
「抜け道があるのでは?」
と葵。
「あのまま進んでいたら、どこについたのかしら。
海から逃げるつもりだったとか?」
私は私で、気になった事を言ってみる。
奴ら、ぬし様の目をそらせるため、囮を使ってきたのだ。
平地で逃げる囮を用意して、本命は海からこっそり脱出、という可能性もあるのではないか。
「そうですな、どちらも有得るでしょう。
2手に分かれて対応しましょうぞ」
蘇鉄がそう結論付ける。
というワケで、蘇鉄、葵、それから周辺に展開していたエルフ達は、森に山狩りに。
紫蘭は屋敷近辺で教会作りに。
私とぬし様は海に哨戒に来ています。
いや、違うからね。
これは私の言っていた、海に行く事では断じてないから。
元々の予定は食糧確保のため。
今やっている事は哨戒任務。
ほ〜らね、全然違うじゃない。
大丈夫、決心した事を裏切ってはいない。問題ない。
さて、そんな私だが、今日はそれなりに重武装をしている。
まず服は、昨日帰ってから葵がお洗濯して、風の精霊が乾かしてくれたエルフ服(甚平風)。
それから、女神教工作員から剥ぎ取った皮鎧に手甲、脛当て。
あと背中には脇差程度の長さの剣。
蘇鉄に教えてもらったのだが、愚羅出臼と言うのだとか。
地球感覚の私としては、変わった銘だと思う。
何と言うか、鏡を見てくらっときた。
これで鉢金でも頭に付ければ、忍者と言っても問題ない格好だ。
いや、既に現状、かなり忍者っぽい。
おかしいな〜、私は忍者より侍の方が好きなのに。
なんでこんな格好しているのだろうか。
今度エルフ村に行く機会があったら、袴でも発注しとこう。ツケで。
「ぬし様〜、船は見つかりましたか〜?」
お仕事お仕事と、現実に戻って辺りを見回しながら、ぬし様に質問する。
風が強いので、ちょっと間延びした大声での会話になる。
「見つからないのじゃ〜」
ぬし様が答えてくれる。
う〜ん、確かに海面に船は見当たらない。
小船もいないし、海という推測は外れていたのだろうか?
「陸地ギリギリの所はどうですか〜?」
「う〜む、見当たらぬの〜」
何かないかなぁ。
ちょっとここからだと遠すぎるので、高度を下げてもらう事にした。
高度を下げて、陸地近くを飛んでもらう。
やがて、山の陰になっている所に差し掛かった時、船らしきものを発見した。
らしき、というのには理由がある。
どうもその物体、垂直になって、ほとんど沈んでいるからだ。
う〜ん、でも海面に僅かに残っている先端部分は、船っぽい形状をしている。
小船といった大きさのようだが。
「これかのう?」
「そうですね。事故でもあったのでしょうか?」
あのまま女神教に連れ去られていたら危ない所だった。
ここで三途の川を渡ってしまう事になっていた。
船で海に出ていたら、いつの間にか川を渡っていましたとか、笑えない…。
さて、どこかに生き残りはいないかと見回すと、木箱がひとつ浮いているじゃないか。
何か良い物があるかもしれない。
「ぬし様、あの箱を回収しましょう」
「よし、任せるのじゃ」
箱に向かって高度を下げるぬし様。
と、沈む箱。あれ?
直後に、ぷかっと魚が顔を出した。
あらら、魚に先を越されたかな?
いや、そんな馬鹿な。
「実音、魚人族じゃぞ」
「え、あれがですか!?」
何と言いますか、顔が完全に魚っぽいんですが…。
半漁人どころか、8割魚人なのでは?と思いつつ、このまま手がかりを全て持っていかれるのも癪だ。
「ぬし様、高度を上げて下さい!」
「む?よし分かったのじゃ」
力強い羽ばたきで、ぐんぐん高度が上がる。
流石ぬし様!
「ぬし様、海の、さっきの魚が居た部分を思いっきり、尻尾で叩いて下さい!」
「思いっきりかのう?しかし、実音が危ないぞ」
「大丈夫、私一旦ぬし様から降りますから。
後で拾って下さいね」
そう言って、思い切ってぬし様から跳んだ私。
風の精霊さんに下から風を吹き上げてもらい、落下速度を落とす。
なるべく風を受けられるよう、手足を広げた姿勢になる。
「よし!分かったのじゃ」
そう言って急降下するぬし様。
海面が近づいた所で、前側にくるりと1回転。
遠心力も上乗せし、尻尾を海面に叩きつけてくれた。
辺りに響き渡る轟音。
いや〜、とんでもない威力。岩でも砕けそうな一撃だった。
ぬし様に空中で捕まえてもらった私は、再び背中に跨り、海面を確認した。
ぷか〜っと海面に浮かぶ、ほぼ魚人。
よしよし、うまく行った。
衝撃が海中にうまく伝わってくれたみたいだ。
「ぬし様、あの魚を回収しましょう」
そうお願いして高度を下げ始めた時、またもぷかっと魚が浮かんできた。
あ、あっちにも、こっちにも、そっちにも!?
「ひぃぃいいいいいいいい!?」
大絶叫を上げる私。
だって仕方ないじゃない。
半漁人やら全魚人(つまり魚)やらが、一面を埋め尽くしてしまったのだ。
だ、大虐殺?
どうしよう、どうしたものやら。
ところがぬし様は、特に気にした様子もなく、最初のほぼ魚人を掴みあげていた。
「せっかく浮かんできたのに、捨て置くのは勿体無いの。
ほ〜れ、浜に打ち上がるのじゃ、お前達」
尻尾で波を起こして、浮かんだ魚を浜に上げようとすらしている。
すごいな〜ぬし様。
全く動じてないよ。
そうして浜に着陸した私達の前に、次々打ち上がってくる半漁人達であった。
はぁ〜、やってしまった。
これは全面戦争不可避かもしれない。
いきなり頓挫した、魚人族との平和的外交…。
ちょっと涙目になって、立ち尽くしてしまう私だった。