03 ゴールデンドラゴンとの遭遇①
目指せ、1日1投稿。
夜の森を動き回るのは自殺行為である。
という訳で、茂みに隠れたまま夜明けを待つ事にした。
今は何時ぐらいなのだろう。
頭上を通り過ぎる月は、地球で見るものよりも大きく、力強く輝いている気がした。
この世界ではどんな太陽が昇ってくるのだろうか?
紫外線が強力すぎて、日の光を浴びるだけで、お肌が焼け焦げるようなものでなければいいな。
ぼんやりとそんな事を考えた。
それから、食べ損ねた夕飯の事など、どうでも良い事を考えつつ時間を潰す。
自称女神の部屋では寝ようと試みたものだが、流石に今眠る気にはならない。
明確な危険が周囲にいるのだから。
緊張し、浅くなりがちな呼吸を意識して普段通りにする。
鋭敏になりすぎて痛いくらいの聴覚も、元に戻れと念じる。
まばたきも忘れて前を見続けていたようだ。目が乾燥してきた。まばたき、まばたき。
うっ、つらい。
目を開けなければすぐに眠気がやってくる。
目の乾燥か、睡眠か。恐ろしい2択問題だ。
寝たいと思った時には眠れず、眠ってはいけないと思った時には眠くなる…。
天邪鬼もいい所だ。
その後も、まだしばらく頑張ってはみたものの。
うつら、うつらと。
いつの間にか緊張の糸が切れてしまったようだ。
意識が途切れがちになる。
寝たら死ぬかも、とは思うが、暴力的な睡魔に抗えない。
どうせ起きていてもできる事はたかが知れていると、自棄な気分になってきて、何かあるなら寝てる内に終わって欲しいと思いつつ、目蓋が落ちるにまかせる事にした。
そうして、浅い眠りを繰り返している内に、長い夜が明けたようだ。
空が明るくなり始め、木々の向こうから太陽が顔を出した。
改めて周囲を観察してみる。
石で舗装されていた所に目を向ける。
やはり元は円形の、石造りの小屋だったのだろう。
残骸がわずかに残っているお陰で、何とか予想がつく状態だ。
その他に見えるものは大量の木、草、茂み、なぎ倒されたように倒れている木々、太陽光を受けて輝く金の山。
え、最後の何?金の山?
自称女神も金で身を飾っていたけど、山になるほど金を溜め込んでいたの?
徐々に明るくなってきたお陰で、金の山もよく見えるようになった。
原石のようにごつごつした表面をしている。
紅く輝く宝石のような部分もある。あ、これ瞳だ。
私の事じっと見てる。
私が隠れている茂み、石造りの元建物の方からは身を隠してくれているけど、金の山の方からは丸見えだった。
さてここで問題です。
身体は金色、小山と言えるぐらいの大きな身体を持ち、頭に大きな角を生やし、2対4枚の翼と長い尻尾を持つ、この生き物はなんでしょう?
答えはゴールデンドラゴンです。
私の事を正面からじっと見つめるドラゴンは、がぱぁっと巨大な口を広げた。
人を飲み込む事など簡単にできる、大きな口だ。
その上下には磨かれた刃物のような、鋭い歯が並んでいる。
何だコレ、威嚇!?
その巨大な口を見た時、自分が噛み砕かれ、飲み込まれる未来が見えてしまい、恐怖で身体が震え出した。
頭も真っ白になって、何も考えられなくなりそうだ。
一歩、巨大な足が私の方に踏み出された。
もう一歩、また一歩と、ゆっくりだが確実に近づいてくる。
震える体を何とか動かし後ずさるが、ドラゴンの一歩の前では止まっているのと大して変わらない。
スタート地点に強敵がいるなんて、あの自称女神、何を考えている!
絶対文句言ってやる、一発殴ってやる、一発どころか涙目になって女神廃業するって言うまで殴ってやる!
と、この状況を作った元凶を呪い出した。
イヤだ、こんなの。
最後に考えるのが、あんなヤツだなんて。
せめて、父さん、母さん、妹に、おじい様お婆様、家族の事を思って…違う!
死にたくない。
やっぱり死にたくない。
逃げよう。
逃げるんだ!
まだ震える体を何とか動かし、四つん這いになりながらも後ろを向く。
幸い辺り一面は森だ。
向こうは翼を持ち、飛べるようだが、木々に紛れてしまえば逃げられるかもしれない。
「えぇい、ままよ!」と気合を入れ、走り出す。
足がもつれそうになるが、精神力を総動員して何とか動かす。
右、左、右、左、まっすぐ、まっすぐ。
しばらくよたよた走ると、身体が走り方を思い出してくれたようで、真直ぐ走れるようになった。
これなら逃げられるかも、そう思ったが、絶望の足音はまだ後ろから響いてくる。
しかも音がやたらと大きい。
トラックが壁にぶつかったかのような音が、延々と後ろから聞こえてくる。
一瞬だけ、首を動かして確認してみる。
何を考えているのやら、ドラゴンは空を飛ぶのではなく、地面を走り木々を払いのけて、私を追ってきていた。
「追ってこないで!お願い、私の事は忘れて〜」
自分でもワケの分からない言葉を吐きつつ、全力で走り続けた。
それから、どれだけ走っただろうか?
私とドラゴンの追いかけっこは続いていた。
弓道だけでなく、剣道も習っていて良かった。
道場で走りこみをしていたから、まだ走れる。
肺も、足の筋肉も、悲鳴をあげ始めているが、まだ大丈夫だ。
いける、諦めるな、頑張れ頑張れと自分を鼓舞して走る。
「私、向こうに帰れたら陸上部にも入ろうかな」
つい呟いてしまった。
やるなら長距離走だ。持久力と根性は同年代の子達よりあるつもりだ。
な〜に、学校で弓道部、家に帰ったらお爺様の道場で剣道修業の日々なんだ。
そこに陸上部が入るくらい楽勝楽勝。あれ、時間的にはどこに入れればいいんだろう?
そろそろ酸素が不足したかも。思考が鈍い気がする。
そうこうしてたら、今度の絶望は前からやってきた。
森を抜けてしまったのだ。
そこは川原だったようで、段差と、足場がごつごつした石になった事に対応できず、バランスを崩して転倒してしまった。
受身を取れたので、ケガはしないで済んだが、速度が死んでしまった。
早く身を起こして、走らなければ。
だが、目の前には川が流れている。
しかも大きいし流れが速い。
逃げながら渡れるものではない。
万事休すだ!
後ろを見る。
木々の隙間から、金色に輝くドラゴンが見える。
あと数秒で追いつかれる。
こうなったら選ぶしかない。ドラゴンに食べられるのと、川で溺れるの、どちらがマシか?
ドラゴン…痛そうだ。
川…苦しそうだ。
万が一にも、生き残れる可能性があるのは川か?
いや違う、そうじゃない、自称女神の言葉を思い出せ。
私の望みを力に変えてくれると言っていたではないか。
ここで使わずにいつ使う?選ぶんだ。
毘沙門天の化身となって、ドラゴンと戦うか?
韋駄天の化身となって、水上だろうがどこだろうが走って逃げ続けるか?
ドラゴンに素手で立ち向かう。正気の沙汰とは思えない。
いくら強くなったとしても、殴り合いは素人の私が、あの頑丈な皮膚を抜いてダメージを与えられるとは思えない。
それだったら逃げる方が、生き残れる可能性は高い。
相手がどこまでも追ってくるなら、こちらもどこまでも逃げ続ければ良いのだ。
体力の続く限り、山だろうが海だろうが走り続けてやる。
最悪、女神教が邪教だった場合にも逃げ足は役立つし、平和になったら陸上競技の祭典にでも参戦し、地上最速の名前を欲しいままにしてやろう。
よし、決めた!
「女神よ、私に最速で走れる能りょぶぐぇっ!」
願いを口にしたその時、後ろから衝撃を受け、私は再度地面に転がった。
ぐぇっ、なんてまさか言う事になるなんて…。
涙目になりつつ急いで顔を起こすと、べろりっと、唾液で濡れたやすりのような巨大な舌で舐められた。
私のすぐ目の前にドラゴンの顔がある。
残念、私の冒険はここで終わり、か?