21 屋敷の夜②
「帰ったぞ~」
と外から大声が響く。
中庭に面した窓から外を覗いてみると、ドラゴン形態のぬし様が、緩やかに羽ばたきつつ降下してくる所だった。
そして部屋の中を見てみると、突然のドラゴンの声に心を砕かれたか、おろおろしているエルフ達。
どうしよう、このまま翻訳しないで観察していたいような…。
あ、紫蘭がこっちを見てきた。何を言ったか翻訳しろって目だ。立ち直りが早いなぁ。
そして次は葵。最後が蘇鉄の順で冷静になったようだ。
紫蘭の勝因は、ぬし様との付き合いの長さかな?それとも性格的な問題なのかな?気になる。
とりあえずエルフ達は放置し、ぬし様の元に向かう。
翻訳?忘れてました。
私が中庭に出る頃には、ぬし様は人型に変身し終わっていた。
「ただいまじゃぞ、実音」
「はい。おかえりなさい、ぬし様」
2人で見詰め合って挨拶する。なんか照れくさい。
「獲物は獲れましたか?」
「おぅ、獲った獲った。満足じゃ。
今日はその場で食べてきてしまったがの」
と、どうやら夕飯は済んだご様子のぬし様。
こっちはこっちで、うどんを食べてて丁度良かったみたい。
ぬし様が帰ってきたので、いよいよ私の部屋を決めようという話になった。
私の希望としては、ぬし様の部屋の近くが良い。
ぬし様に何かあればすぐ駆けつけられるし、逆に私に何かあっても、すぐ駆けつけてもらえる。
さて、そんな部屋はあるかな?
私達が今いる屋敷は3階建てで、その最上階が大部屋になっていて、そこをぬし様が使っている。
なんでも、今までに見つけた宝をその部屋に保管しているそうだ。
そうすると部屋は2階。階段近くの部屋が良いのかな。
「ところでぬし様。宝って、どんなものを集めてるんですか?」
「そうじゃの、キラキラしたものを集めておる。
人間共が使っている武器にも不思議な輝きを放つものがあっての、それもお気に入りじゃ」
へ~、キラキラですか~。それに武器。
随分重量がありそうですね~。
よし、お宝置き場の真下の部屋は絶対にやめよう。いつか天井が抜ける日が来るに違いない。
「でも、ぬし様お金とか使わないですよね?どうしてお宝を集めているんですか?」
「え!?」
今まで考えた事が無かったのか、ぬし様が悩んでしまった。
う~ん、う~ん、と唸っている。
か、かわいい。
「何というか、キラキラしたものを見ると抑えられなくなるのじゃ。
尻尾がソワソワして、持って帰りたくなる。
細かい理由なんてないのじゃ」
ぬし様、それは本能と言うのですよ。
「そうじゃ実音、妾の部屋で一緒に寝起きするのはどうじゃ?」
う~ん。悩む提案が来てしまった。
「いいんですか?私の荷物やら家具やらで、ぬし様のお宝置き場が狭くなってしまいますよ」
「な~に、かまわんかまわん。
そんなに狭い部屋じゃないからの!」
よし、それならぬし様と相部屋にしよう!防犯とかも絶対安心だろうしね。
床が抜ける心配があるのと、見た目がキラキラしすぎて目が疲れそうな気がするので、お宝から離れた所に私のスペースを作らせて貰おう。
カーテンとかで仕切れるかな?
とりあえず、他の部屋から使える家具を移動させる。
空き部屋からベッドを移動させてくれる、ぬし様と蘇鉄。
頑張れ蘇鉄、負けるな蘇鉄。腰が危なければ早く自己申告してね蘇鉄。
私と紫蘭・葵姉妹とで即興の応援歌を歌いながら、精一杯蘇鉄を励ます。
娘達からの声援を前に蘇鉄は、頑張った。
いや、頑張るのはいいけど無理はしないで。
腰を大事に!
ベッドを部屋に移動させてもらった後、蘇鉄は床に膝を突き、魂が抜けたみたいになっていた。
あの、色が白くなってない?
ベッドの下側を持って階段昇るの…きつかったみたいね。
ぬし様はけろっとしてるのに。
まあ、そうだよね、ぬし様は大木を持ち上げても、ちょっと筋肉がぷるぷるする程度で済む怪力の持ち主だものね。比べちゃ駄目か。
いや、何故ぬし様を下側にしなかった。
まあ、男としてのプライドとか、色々あるんだろう。
何も言うまい。とりあえず、休んでもらおう。
食堂に戻って蘇鉄を椅子に座らせる。
ぬし様は上座にどうぞ。
紫蘭、お茶入れてきて。
さて、お茶を待ってる間に、蘇鉄の呼び名を考える事にしよう。
だって、人様の父親を呼び捨てとか、気が引けるもので。
これなら、まだ落ち武者の2号とかの方が、気軽に呼べたなぁ。
「蘇鉄さん、って呼んで良いかな?」
「よ、よして下され。わしなど、呼び捨てでよいのです」
びくっ、と震えて全力拒否してくる蘇鉄。
あら、そうですか。
「じゃあ、そてっちゃん」
「何ですと!?」
ガクガク震えだす蘇鉄。え、何?エルフ語だと何て翻訳されてるのこれ?大丈夫なのこれ?
葵をちらっと見てみる。
大丈夫、審判からの中止命令はまだ出ていない。続行。
「それなら、そ~さん?」
「え、あ、う~む…」
震えはしないものの、どう反応したものか迷っている様子の蘇鉄。
だよね、私も迷うと思う。
だって、最初の蘇鉄さんから、悪化の一途を辿ってるもん。
何だろうそ~さんって。パオ~ンて鳴く動物の、濁点が抜けたような感じだよね~。
「う~ん、てっちゃん?」
「いや、他のでお願いしますじゃ!」
駄目か。速攻で却下されてしまった。
あれ、てっちゃんって呼び名どこかで聞いたような。
あ、そうそう。クラスにそんなあだ名の男子がいたな。
何だか、濃い趣味を持ってた気がしたけど…なんだったかなぁ。
さてさて、呼び名決めとして色々言ってみたが、そろそろネタが尽きてしまった。
流石につ~さんはないだろうし。
そてつ、そてっちゃん、てっちゃん…
「父っつぁん」
「それですじゃ!」
えっ、これなの!?何で?ねえ何で?
つい口からぽろっと落ちた言葉に、全力で食いつかれたのは、完全に予想外だった。
多分、次に少しでもマシな気配の呼び名が来た時に、食いつこうと身構えていたんだろうなぁ。
え~と、父っつぁん。あなたが今もの凄い勢いで食いつき、針ごと飲み込んだ餌は、私的には、なしだよ。
いや待て。ちょっと想像してみよう。
「おぅ、父っつぁん、今日も元気か!?」
的な会話になるんだよね。私が?
ないない。
異世界デビュー?絶対ない。
「え~、審査の結果、呼び名は蘇鉄のままと致します」
もう、結局呼び捨てで行く事にする。
本人の第一希望だし。
ほっとしたような、残念そうな顔をした蘇鉄。
父っつぁんって、エルフ語でどう翻訳されてるの?パパ的な呼び名なの?後で葵と検証してみよう。
「皆さん、お茶が入りましたよ~」
丁度良い所で紫蘭がお茶を持ってきてくれた。お茶請けは漬物ですか。うん、ありです。
ずず~っ、ぽりぽり。
あぁ、まったりする。
「私は、そ~さんでも良いと思ったのですが…」
と葵。
ほう、分かってるね君。
私もその呼び方、少し気に入りかけていたんだ。
「いやいや、流石に若い者の遊び道具にされてはかなわん。
年寄りをからかうのは勘弁してくだされ」
ため息をつきながら、ちょっと赤くなる蘇鉄。
う~ん、やっぱり別の呼び名をつけるべきだったかな。
「じゃあ、私だけでもお父っつぁんと呼んであげましょうか?」
などと言い出す紫蘭。
ちょっと待て、何で顔がさっきより赤くなってるの蘇鉄ちゃん?
いやいやいや、何かダメっぽいんじゃないの?やめた方が良いんじゃないの?
パパとか禿山とか、別な呼び名にしておきなよ、ね?
「のう実音よ。そこの禿山は何で赤くなっておるのじゃ?
噴火でもするのかのう?」
ぬし様が全然空気を読まない発言をしてくれる。
こら紫蘭!それから他の者も。翻訳して下さいと目で訴えてくるんじゃない。
世の中には伝えない方が良い言葉もあるのです。
その事をソフトに伝えてみるのを試みたのだが、流石は年の功。
蘇鉄には全て見抜かれてしまったようだ。
涙目でお茶をすすってるよ…。
世の中には伝えない方が良い言葉もあるのです…。
なぜか落ち武者の2号をいじり倒す事に。
おかしい、この人、屋敷に到着した時点ですぐに離脱するはずだったのに…。