02 自称女神との遭遇②
見上げると夜空。そして月。
視線を下げれば木。どこまでも広がる木。
どうやら私は夜の森に放り出されたようだ。
何て危険な目にあわせてくれるんだ、自称女神め。
しかし何故こんな所に?
てっきり神殿とかに出ると思っていたんだけど。
自称女神は、女神教の人間に従えと言っていたが、その連中はどこにいるのだろう?
待っていれば迎えに来るのだろうか?
とりあえずここで待ちつつ、周囲を観察してみる事にした。
しゃがんで足元を見てみると、石で舗装されていた。
そのまま辿ってみると、どうやら円形状になっているようだ。
石造りの小屋でもあったのだろうか。
石の隙間から草が伸び放題になっているので、昨日今日壊れたわけではなさそうだ。
その他には茂みと木がかろうじて見える程度。
月明かりだけで探るのも限界なので、何か明かりがないか探してみる事にした。
そうだ、携帯電話があれば!
アレひとつで何でも出来る携帯電話、持ってて良かった携帯電話。
え〜っと、どこにあったかな。
確か、カバンの中、に?
いや、カバン持って来てないよ?
カバンを手放した一瞬に自称女神(あくまで認めない)の信者に召還されたんだよ私。
え、困る。荷物は全部カバンに入れてたのに。
時計だって携帯頼りだし、アクセサリーなんて身につけないし、私の財産、セーラー服だけ?
か、帰りたい。元の世界に帰りたい。
そういえば、今はもう夕飯時のハズ。母さんの料理を食べ逃してしまうじゃないか!
帰る、帰りたい、帰らなければ!
「帰りたい帰りたい、次元転移能力が欲しい、ワープワープ」
呪文のように帰りたいアピールをするがやはり反応なし。
攻撃的なものにしか反応してくれないのか!
まあ、脱走防止と考えた方が納得行くかも。
女神教、非人道的な労働環境に違いない。絶対に行きたくない。
くぅ〜と、ついに鳴り始めたお腹をさすりつつ、途方に暮れて夜空を見上げる。
知らない星が一面に広がっている。
月の模様も私の知っているものとは違う。ウサギもカニもいない。
これは全部冗談、友人から私へのサプライズでしたって事だったら、どれだけ良かった事か。
とりあえず、友人の頬が真っ赤に染まるか、私の手のひらが真っ赤に染まる程度で許してあげられるくらい、今の私の心は穏やかだ。
しかし残念ながら、この夜空を見ただけで分かってしまう。ここは地球ではない。
「拉致、されちゃったんだなぁ」
ぼんやり呟いてみる。
急に寒くなった気がして胸の前で両腕を交差させ、肩を抱く。
私を召還した連中、私をどうする気なのか?
これから先、どんな生活をさせられるのだろうか?
どう考えても明るい未来が見えず、気持ちもどんより沈んでいく。
そもそもあの自称女神を崇める連中など、信用できるワケがない。
女神本人と話をしても、完全無視を決め込まれたし、結局向こうの言いたい事を一方的に言われただけだったし、あれは立体映像か何かだったのではないかと思えてきた。
あいつら、異世界人を召還して、洗脳して、食い物にしているのではないか?
そうだ、絶対そうだ。
中学生ならいざ知らず、高校生の私にこの程度の詐欺行為が通じると思われては困る。
奴らの言う事を絶対信じるな、例えやってきたのがイケメンだとしても絶対信じるな。
ものスゴイ勢いで女神教への不信感を成長させつつ、詐欺に合わないようにするため自己暗示もかけておく。
不安材料はまだある。
相手の意志も確認せず、いきなり自分の世界に連れてくる、しかも帰れませんとか、この世界の人間の倫理観はどうなっているのだろうか?
女神教の連中に会ったら、その辺きっちり問い詰めよう。
納得のいく説明がもらえなかった場合は、大いに反抗しよう。
私を召還した事、後悔するぐらいに!
具体的には、教団壊滅まで持って行きたい。
そうやって、女神教への不満と不審と破壊計画を募らせていると、何やら足音が聞こえてきた。
ぺったらぺったらと裸足みたいな足音だ。
この世界には靴を履く文化がないのだろうか?不安だ。
あの足音が女神教だとすると、素直に従うのもおもしろくない。
直接接触する前に、隠れてこっそり様子を伺ってみる事にした。
散々私を探して、涙目になった辺りで登場してやろうじゃないか。
という事で、さっき見つけた茂みに身を隠す。
暗いし、音さえたてなければ見つからないだろう。
隠れてしばらくしてから、さっきまで私のいた所に4人の人影が現れていた。
彼らは子供ぐらいの身長をしており、棍棒のような武器を持ち、腰布を身につけていた。
「蛮族」という言葉が頭に浮かぶ。
何て事だ、女神教なんて言うからてっきり中世ヨーロッパ的な光景を想像していたのに、何から何まで期待を裏切ってくれる連中だ。
その後、彼らはギャーギャーと何か騒いでいたが当然ながら日本語ではなく、私には理解できなかった。
どこかに移動し出したので、そのまま見送る事にする。
さようなら、あなた達に従うくらいなら一人で生きていきます。
暮らしが安定する頃、教団壊滅目指して一旗揚げる事にしますので、その時はどうぞよろしくお願い致します。
そうやって心の中でお見送りした。
さようなら、肌の色緑色の4人組。
いや待て。
あれは人間だったのだろうか?
どう見ても私とは似ても似つかない存在だったよ。
ひょっとしてこちらの人間の外見は、私達とは違うのかも?
うむむむ、それはちょっとやだなぁ。
あ、そうだ、自称女神のやつは大きさはともかく外見は私達に近かったぞ。
とすると、それを崇める人間達も私に近い外見を期待したい所だ。
そうか、さっきの緑の4匹、アレこそが魔物なのだな。
隠れて良かった!
危うく襲われる所だった。
いま過ぎ去った危険に気づいてぞっとする。
他にも魔物がいるのだろうかと辺りをそっと見回すと、遠くから獣の遠吠えがする。
そうだ、森の中には獣もいる。何も持たない女子高生が、襲われて無事でいられるはずがない。
空気の温度が急に下がった気がした。
怖い。
魔物、それに獣を相手に、命がけのかくれんぼをしなければならないんだ。
「帰りたいよぉ…」
こんなに願っても帰れない以上、能力で家に帰るのは不可能なのだろう。
茂みに身を隠しつつ、体育座りになり膝を両手で抱える。
父さん、娘は駆け落ちしたんじゃないからね。
未だに顔も知らない、謎の邪教に誘拐されたんだからね。絶対勘違いしないでね!
未練がましく、実家に念を送ってしまっても、仕方がないよね?
心が折れてしまわないよう、月に向かって一句詠む事にした。
女神教 出会い頭に 即殲滅
深く心に刻み込んだ。短くすると要は悪・即・斬って事だ。うむ。
長い夜はまだ始まったばかり。