お茶を砕く
先日、自分に起こった実話を基にしています。
下らねー、とか思いながら読んでくれれば幸いです。何なら読まなくてもいいですよ!?
「ねえ御琴羽くん? 勝負しないかしら」
「紅茶の早飲みか?」
オープンカフェでのティータイムを彼女の一言が打ち砕いた。この女には黙ってお茶を楽しむと言ったことが出来ないようだ。
「貴方の脳みそには八丁味噌しかないのね」
本日も絶賛発酵中、腐ってねえから。よい影響を与えている発酵だから!
「見てみなさい」
彼女はそう言って1つのテーブル席を指さした。どうでもいいけど言い方むかつく。あのさ、友達の家とか行った時に言われる『お食べ?』位むかつく。
ガラスの装飾机の上にはモーニングセットのプレートと銀のコーヒーカップが置かれ、太陽の光を跳ね返しており、椅子の上には女性のファッション雑誌が無造作に放置されていた。
「720円‥‥それがどうした」
目測で値段を計算すると、彼女は瞳をパチパチする。目でかいなコイツ。
「計算速いのね、‥‥無駄」
「それより勝負の内容を言え」
話の腰を折られたのが不服らしく、唇を尖らせて睨まれた。世界一カワイー(棒読み)。
「あそこに座ってた人、私の知り合いなのよ」
「彼氏?」
「殺すわよ」
人が話している最中は喋らないようにしようと心に誓った。
「浅川さんは毎朝120円のコーヒーを買うのよ。必ずね」
「何でそんなこと知ってんだ‥‥」
「同じクラスだもの」
その言い分だと俺はクラスの女子の日焼け止めの種類を丸暗記していることになる。超こえーわ、FPSとか意味不明。
「その時、浅川さんの財布には残り670円しかなかったの」
「ほう。それで?」
「浅川さんはお金が足りないとは思ってなかったのでしょうね。そのままここへ来たのよ」
「ふーん」
このオープンカフェは町でもおしゃれと評判で、女子には人気がある。地域との連携企画とかも行われていたはずだ。その分、値段は少しお高い。初見さんには財布ダメージが大きいのだ。
「さて、御琴羽くんに質問です。浅川さんはどうやってここから帰ったのでしょう。私は質問を3つまで受け付けます。それをヒントに考えてください」
「俺が勝ったら?」
「私のおごりよ」
即時にチリドックを追加注文した。
「1つ目の質問だ。浅川は出ていく前に最後にしたことは?」
「トイレに行ったわね」
最初に彼女はそう言った。‥‥あのフリーゲーム最高だよね。
「そんだけ? もっとなんか他にないの?」
「ないわね。しかもこの話とトイレに全く関係ないわよ」
マジかよ。パナイヨそれは。質問無駄にしちまったじゃねえか。俺は重たい腰を上げる。
「あら? 逃げるの?」
「トイレだ、トイレ。我慢してたの!」
彼女は笑いを堪えるように肩を揺らしている。ウザックス、うざいの最上系な。
席を立ち上がるとレジ脇の通路をまたぎトイレという現場に辿り着く。男女別れておらず、綺麗な共用の洋式トイレだった。そのまま用をたす。
「ふぃー‥‥スッキリ」
してる場合じゃなかった。どうにかしないと1680円が飛んでいく。
しかし、どうするか。今のところ見当もつかない。店から出るなら考えられるのはお金を払ったか、逃げたか。皿洗いっていう手もあるがねぇ。
ま、逃げられるはずもないので払ったんだろうな。しかし、金が足りない。何処かから金を得たというのが妥当か。借りる、奪う、その辺り。まぁ奪うことはないにしても誰かに借りたとか言うのはありかもな。店員に待ってもらったとか。
2つの質問を同時にしてしまおう。即ち、『自分のお金だけで払ったんですか?』だ。支払いを行ったのか(逃げてはないと思うが)、そして借りたのか。2つの事柄を一気に確認する良手だ。これでかなり絞れるはず。無いものは払えない。つまり、どう考えても何処からかお金の収入があったはずだ。それが分かれば実は別でお金を持ってました~! とかいう最悪の結論を避けることができる。てか、そんなん推理できるかよ。ただでさえ相手が有利なのだ。これぐらいは許されて然るべきテクニックだ。
「フーン。貴方馬鹿ね」
こうもストレートな罵声は不快を通り越して清々しい。まるで徹夜の朝のようだ。後から気分悪くなる所までそっくりだなぁ。
「いいから答えろよ。これで絞り込めるんだ」
「全額自分で払ったわ」
最初に彼女は‥‥くどいか? くどいな。
しかし、意味が分からん。
この時の俺をオノマトペで表現しよう。ポカーンである。
「言っておくけど、実は持ってましたみたいなことではないわよ」
「そんなもん無理だろ。どうやっても払えるわけがない。自分で持ち合わせておらず、誰からもお金を借りず、全額自費で払ったってのか?」
「そうね。その通りよ」
見当がつかない。というか不可能に思えてくる。しかし、あるはずなのだ。俺が今まで得てきた情報の中に、答えを導く矛盾点。考えろ、テーブルには何がある。トイレでは何かなかったか? この店の特徴は? この女は何を知っている? そして、何を狙っている?
頭をあらゆる考えが突き抜けていく。今までの情報を組み合わせる。1つずつの情報をジグソーパズルのように組合わせ、1つの作品を仕上げていく。
「諦めたのね‥‥残念だわ」
あれ? 浅川さんは何でそんなことしたんだろう。あったのか? それをする必要が‥‥。
俺はニヤリ笑う。そして、最後の質問を口にする。
「浅川がトイレから出ていってから俺が入るまで、他にトイレを使ったヤツはいるか?」
「はぁ? いないけど‥‥それが関係あるの?」
そう、コイツは気づいていない。あの数分のトイレの時間を俺に与えた事がコイツの敗因となる。1680円は頂いた。
「謎は全て解けたぞ!」
じっちゃんは居ないけどな。
彼女は脚を組み換えた。
「聴かせてもらうわ」
「俺さ、トイレ入ったらまず何したと思う?」
何この空気‥‥。
「訴えるわよ」
「待って!? 違うから! ナニをした訳じゃないから!? 」
言い方がまずかった。ま、そうだよな。女子には分からんだろ。
「俺さ、まず最初にチャック開いたんだよ」
彼女が携帯を取り出す!
「待って!? 通報はヤバイよ!?」
「貴方の排泄実況を辞めてくれればね」
クソ! 女子相手だと話し辛い!
「つまり、俺はトイレに入って、便座を上げてないんだよ」
またこの空気‥‥。
「それが何なの? 何の証明にもなってないわね」
「そうかな? 君は言ったよね。浅川さんの後は俺しかトイレに入ってないって」
ここに来て初めて、彼女の顔がひきつる。さすがに気づいたようだ。
「だから何よ! 浅川さんが便座を上げた。それだけでしょ!?」
あくまでとぼける彼女。
「言っちゃったね? じゃあ聴くけど、どうして上げたんだろうか?」
相手を乗せる、自分の話術に。感覚は波乗り、波と戦うのではない。波に乗り、波に乗せる。相手の発言は跳び箱の踏み台、滑り台の階段。全ては意味を持ち、その言葉の端とて糧になる。
「はぁ? そんなの貴方と同じに決ま‥‥ッ!!」
「やっぱり、そういうことか。浅川さんは俺と同じく便座を上げた。つまり」
彼女はやれやれと嘆息すると頭を小さく振った。
「ええ。そうよ‥‥、浅川さんは男よ。」
超いい気分。これにて謎は‥‥「それで?」
「え?」
鳩が豆鉄砲とはこの事だ。もう解決した気でいた。そう、勝負の内容は浅川さ‥‥君の性別を当てる事ではない。
「彼がここからどうやって出たのか。分かっているのかしら?」
そう、それが今回の問題点。一見関係なく思えるこの謎は、確かに状況の矛盾を引き起こしている。というか、後は流れ作業だ。
「解ってるよ」
「説明してごらんなさいな。1文字以内で」
「え」
もう一度、彼の席を見てみよう。さっきとは違って見えるはずだ。
『ガラスの装飾机の上にはモーニングセットのプレートと銀のコーヒーカップが太陽の光をはね返している。椅子の上には女性のファッション雑誌が無造作に置かれている』
お分かりいただけただろうか。下半分に御注目いただこう。
『椅子の上には女性のファッション雑誌が無造作に置かれている』
「机に何故、女性雑誌が置かれている? 彼は男だ」
「男性が見てはいけないの!?」
俺なんか少女漫画をレジに持っていくだけで赤面なんだけど。閑話休題。
コイツにはトドメがいるらしい。往生際が悪いとはこの事だ。
さて、俺はこのカフェをどう紹介しただろうか。一番初めだ。
「このオープンカフェは町でもおしゃれと評判で、女子には人気がある。地域との連携企画とかも行われていた」
「‥‥それが?」
「地域特集のページってさ」
そう言って雑誌を持ってくると、そのページを開いて見せる。そのページは欠けていた。そう、つまりそれは
「クーポン券とか付いてるんだよね!」
何てダサい決め台詞だろうか。
「浮いた~! 1680円!」
彼女は怒り心頭である、超怖い。
「怒んなよ。こんど何かおごるからさー?」
「それはいいのよ! ムカついてるのは負けたことよ!!」
「いつから?」
お決まりの質問来ましたよ。
「最初からだよ。俺言ったよね? 浅川さんの名前が出たときに『彼氏?』ってさ」
彼女が目を見開く。
「冗談だったんだけど、君が結構怒ったからさ。思ったんだ、ソイツ男なんじゃないのかな? って」
彼女が顔を赤くする。やべえ、世界一カワイイ。
「随分‥‥よく見てるのね」
「うーん、まあ、好きな女の子のことぐらいは見てるのが男ってもんだよ」
その直後、照れ隠しの鉄拳が襲来した。