長靴を履いた先生
「ひだまり童話館」の第2回企画「ふわふわな話」の参加作品です。
暖かい日差し。そして、やわらかな場所。それがオレのお気に入りだ。
寒い冬も終わり、色んなモノが目を覚ます。ちっちゃな虫も出てくるし、キレイな花でイッパイになる。もうすぐ、ピンク色の花の時期じゃないかな。でも、オレは花より食べ物の方が好きだがな。
ともかく、そんなオレ好みになっていく毎日。それが春ってヤツだ。そしてオレは、今日も春を楽しむため、ふんわりやわらかな特等席でゴロゴロウトウトしている。
何しろ、遊び相手もいないしな。まあ、一人のときはこうするのが一番なんだよ。
「……ただいま」
おっ、オレの遊び相手が帰ってきたぞ。だが、なんだか様子が変だな。足音が重いし、いつもみたいに走ってこない。
「ニャニャ~オ」
オレは、遊び相手のカズオに返事をしてやる。
キチンと「おかえり」と言ってやったのだが、オレは猫だ。だから、少々変な感じではある。だが、そんな細かいことは気にするな。これでも飯女と留守男……じゃない、カズオの母親と父親は大喜びするんだ。
「クロはいつも元気だね……」
カズオは背中を丸めてションボリしている。そしてランドセルってヤツを降ろすと、悲しそうな顔のままオレの居場所にやってきた。
あっ、オレがいるのは、ソファーのセモタレとかいう、やわらかいしナカナカ良い高さの場所なんだ。ここはとても気持ちがイイ。太陽の光がイッパイ差しこむからな。オレの二番目のお気に入りだ。
「ニャ~?」
オレは、アゴのあたりをツメで引っかきながら答える。これが、気持ちいいんだよ。
「クロは、いつもそうやってるね。
……ボクも、クロみたいに自由に出来たらいいのにな。学校なんて、行きたくない」
カズオは片目の周りを青っぽくしている。まるで、近所のブチのようだな。
どうもカズオは、ケンカをして負けたらしい。三回前の春から小学校とかいうところに行っているんだが、急に行くのがイヤになったようだ。あれだな、マジメ……じゃなかったイジメとかいうヤツかもしれん。
しかし、カズオも勝手なことを言いやがって。猫だって、自由なだけじゃないんだ。もしカズオがオレとブチの戦いを見たら、ビックリするだろうな。むしろ見せたほうがいいのか?
オレ達もイロイロ苦労しているんだぞってな。
◆ ◆
ともかく、そんなことが何度か続いたんだ。しまいには、カズオはフトンから出てこなくなった。オレよりずっと大きな体をしているのにダラシがない。
カズオとオレの部屋は、二階にある。ここは窓も大きくて外も良く見えるんだ。だから日差しもタクサン入るし、景色もキレイだぞ。
そして、フトンは一番のお気に入りの場所なんだ。やわらかくて暖かくて……ポカポカふんわりな……ってウットリしている場合じゃない。カズオ、ヒトリジメはダメだぞ!
「クロが、長靴をはいた猫みたいに助けてくれたらな……」
丸まって頭のテッペンだけ出しているカズオをペシペシとパンチしていたら、フトンの中からそんな事を言いだした。まったく、あきれたもんだな。カズオの母親と父親も、これには困っているようだ。
このままじゃ、オレも困る。フトンは上に乗ったっていいんだ。暖かくなってきたしな。でも、下にいるのがメソメソしていたら、気持ち悪いだろ?
そんなのは、フトンの楽しみ方じゃない。やわらかく暖かく気持ちイイ。体も心もポカポカで雲の上にいるような感じ。それがダメになってしまうからな。
「ボクのところにも、長靴をはいた猫が来てくれないかな……」
まだ言っている。しかし長靴ねぇ……そんなのはいて立っている猫なんているもんか。まあ、長靴ならウチにもあるが。
カズオの父親はイイトシして野原を走り回って遊ぶらしい。確かサバ芸……いや、サバゲーとかいうんだったかな。
それはともかく、ツメを研ぐのにイイ感じの長靴なんだ。長靴をはいた猫って、こんなのはいて、刀を持つんだったか?
そう思ったオレが、サバゲーの長靴に顔をツッコんだとき、ピカッと光ったんだ。
何がって? 靴だよ、靴!
「ニャ、ニャにが起きたんだ……」
おかしい。オレがカズオ達のように、しゃべっている。それに、何だか高いところにいる……いや、オレが大きくなったんだ! そう、オレは人間になったらしい!
オレは長靴をはいた猫人間になったんだ!
「ニャふふ……これで、オレの平和ニャ時間をとりもどせるニャ……」
オレは思わずニヤリと笑った。せっかくだから、カズオを助けてやろうじゃないか。
◆ ◆
カズオは猫人間になったオレを見て、とてもビックリしていた。オレの姿にじゃない。猫人間とは言ったが、外見は人間そっくりだ。
「お、オジサン、どこから入ったの?」
そうか。人間は勝手に家に入らないからな。
「そんニャことはどうでもいい!
オレはお前の父親……あぁ……カズヒコの友達だニャ。お前を強くしてやる!」
オレは、アゴのあたりを手でかきながら、カズオに答える。
そうそう、カズオの父親は、カズヒコっていうんだ。母親がケイコな。カズオはいつも「お父さん」「お母さん」とか言っているから、忘れてしまうところだった。
まあ、そんなことは本当にどうでもいい。オレは、フトンの中からカズオを引きずり出した。そして、外に連れて行こうとする。
「オジサン、靴のままじゃないか! お母さんが帰ってきたら、おこられちゃうよ!」
仕方がないだろう。靴をぬいだら猫になるんだから。
そうそう、カズヒコはいないときが多いが、ケイコもときどき留守をする。パートとかいうヤツに行くそうだ。もっとも、いないほうが都合が良いんだが。
「いいから来い! それと、オレは、クロ……」
さすがにクロのままじゃマズイだろう。しばらくアゴをかきながら、オレは名前を考えた。でも、思いつかない。
「……クロダと呼べ!」
結局メンドクサイので、クロダということにした。名前なんて何でもイイだろ?
「黒田さん?」
カズオは、オレのことがわからないらしい。もっとも、ダレが見てもわからないと思うがな。ちなみにオレの服は、カズヒコがサバゲーの時に着ているような緑や茶色とかイロイロ混じったヤツだ。
なんだか変な服だがオニグンソーとかいうヤツに似ているからイイだろう。人間をトックンするヤツらしいからな。
◆ ◆
オレはカズオを公園に連れてきた。そして走らせた。
近くには、黄色の花がタクサンあってチョウチョがヒラヒラと飛び回っている。オレは、思わずチョウチョを追いかけたくなったが、ガマンした。まずはカズオのトックンだからな。
「はぁはぁ、もう、走れないよ……」
カズオはアセをイッパイかいてフラフラしていたかと思うと、そのまま転がった。だらしがないな。少しはあのチョウチョを見習え。
「ダメだ! もう一周! お前は弱すぎだニャ!」
まったく、ちょっと走らせただけでこれだ。こんなんじゃ、ケンカに勝てるわけがない。だからオレは、まず体力をつけてやることにしたんだ。
「わかったよ……」
カズオは素直だな。いきなり現れたクロダに逆らうこともない。このあたりがイジメられる理由じゃないか?
ともかく、その日、カズオは公園を十周した。カズオは「ジュッキロ走った」「サンネンセイなのに」とか言っていたな。なんのことやら。
「ねえ……黒田さん。どうしてボクを特訓してくれるの?」
「お前がよわっちいからだ。そんニャことだからイジメられるんだ」
何日かトックンしていると、オレとカズオは仲良くなった。まあ、いつも二人でフトンに入っているんだ。それくらい当然だろう。
そうそう、カズオも小学校とかに行くようになったぞ。何だか「ウチにいると黒田さんの特訓が……」とか言ってたな。ケシカラン話だが、フトンに入りっぱなしよりはイイだろう。
「黒田さんって、何だか猫みたいだね。ニャ、とか言ってさ。ねえ、今度ボクの友達、クロに会わせてあげるよ。いつも、黒田さんが来るときにはいないから、キライなのかもしれないけど」
オレがアゴをかいていると、カズオがそんなことを言い出した。でも、クロとクロダが会うのは無理だと思うぞ。
「そんニャことより、今日はケンカのトックンをするぞ! これをやらニャいと一人前の男にニャれニャいんだ! ほら、まずはパンチだ!」
「はい! 黒田さん!」
カズオは、オレの手に素早くパンチをしてくる。よし、なかなかイイぞ。
この調子で、トックンを続けるか。早くカズオに元気になってほしいしな。
◆ ◆
そんな感じで、カズオのトックンは続いた。そうそう、春休みってモノのおかげでトックンできる時間が増えたんだ。そしたら意外に強くなったぞ。
もともとカズヒコに似て、体は大きいほうらしいからな。気が弱すぎたんだろ。
「いいか、これが最後の教えだ。自分がキツイときは、相手もキツイ。ケンカはガマンくらべだ。ガマンできニャいほうが負けるんだ」
「でも、相手が何人もいたら?」
カズオはイジメを思い出したのか、不安そうな顔をしている。
「バカ! 一度に一人ずつ相手するんだ。イッパイいたら走って遠くに行け。そして勝てるときに戦う。頭を使え!」
全く、バカ正直というやつだな。仕方ないからオレは、カズオにケンカの勝ち方を教えてやった。そして次の日、春休みってヤツが終わったんだ。
◆ ◆
庭にある大きな木もピンク色の花が満開だ。暖かくて気持ちイイお昼だな。そんなことを考えながらソファーのセモタレでウトウトしていると、カズオが元気よく帰ってきた。
「ただいま!」
おっ、走ってくる足音もイイ感じだ。この調子なら勝ったかな?
「クロ! ボク、イジメっ子達に勝ったんだ! がんばったら、勝てた!」
カズオは、オレに飛びついてきた。アブナイな! でも、カズオの顔を見ていたら、文句をいうのは止めることにした。まるで、空にでも飛んでいきそうなイイ笑顔だったんだ。
「ニャ~ニャ!」
今のは「そうか!」と言ったつもりだぞ。まあ、オレがキゲンよくシッポをふっているから、カズオも気がついただろう。ますます明るい顔になっているからな。
「ありがとう、黒田さん!」
「ニャ?」
カズオは、オレのことに気がついていたのか。オレは、思わずアゴをツメで引っかいていた。
「ほら、そのクセ。黒田さんとソックリだよ。それに、黒田さんの服や長靴は、お父さんのと同じだったし……。
クロが長靴をはいて来てくれたんだね。長靴をはいた猫みたいに助けてくれたら、ってボクが言ったから」
カズオのヤツ、笑っていやがる。
ともかく、バレてちゃ仕方がない。それに、何も困ることはないしな。
「ほら、部屋に行こう!」
カズオはそう言って二階に走り出した。オレとのトックンで、だいぶ速くなったな。それに、とても楽しそうだ。
「ニャ~!」
オレも、宙を飛ぶようなイキオイでカズオについていった。カズオとオレの部屋には、お気に入りのフトンがある。今日は天気も良いから、気持ちイイだろう。それに、カズオも勝ったしな。
こういう気分なら、カズオと二人でフトンに入るのも悪くはない。でも、今日は暖かいから、オレは上に乗るが。
「クロ、あったかいね!」
カズオは笑顔のまま、フトンの上に転がった。そして、オレもとなりで丸くなる。
「ニャ……」
これでダイジョウブだろう。
外からは暖かい日差しが入ってくる。それに、ピンク色の花びらがヒラヒラと風に乗っている。
そして家の中には、やわらかくて暖かくて……ポカポカふんわりなフトンがある。その上でカズオが笑っている。オレももちろん笑っている。
オレは、太陽の光をイッパイ吸ってふわふわなフトンの上で、幸せな時を楽しむことにした。
お し ま い
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