第六話
「これは僕が持っておくよ。」
ビー玉が入った缶を自分の方へ引き寄せて橋本が言った。
「……その方が良いかもね。」
「橋本君も気をつけてね。」
遠山と唯がそれぞれそう返した。
そろそろ今日もお開きかな。真理も何とか牧原さんに連絡したようだし。……なんか中島は神妙な面持ちで窓から外を見ている。
「僕はしばらく部室の片付けをしてから帰るから……登はどうする?」
「先に一人で帰るのも何か怖いし……一緒に片付けるよ。俺もオカ研だし。」
橋本は一昨日より散らかっている部室を見渡しながら登に聞いた。遠山は頬を指で掻きながら一緒に帰ると伝えていた。
私は勿論唯と帰る。
「中島さんはどうするのですか?」
「……ん?ああ、俺は原付だし一人で帰るよ。」
「交通事故に気をつけてね下さいね。」
「おう。ありがとな唯ちゃん。」
外を見続けていた中島に唯が声をかける。中島は声をかけられて少し驚いていた。……ホントに中島はどうしたんだろ?
しばらくして、牧原さんが真理を連れて帰って行った。唯はそれを見ていて不意に、
「……ねえ、ミィちゃん。真理ちゃんが心配だから途中まででいいから後ろに着いていっても……」
「もう、私達も危ないんだからね?……まあ、そこが唯の長所なんだけど……途中までだよ。」
上目遣いで頼まれてしまった。唯には商店街前、ちょうど新しくデパートが出来る所までにすることを約束させ、二人を追いかけた。
***
今、目の先で真理と牧原さんが歩いている。牧原さんは真理を気遣っているようで少しずつ話し掛けながらそっと寄り添っていた。
「……真理ちゃん」
唯が私の隣でそっと呟く。手を胸の前で祈るように組んでいて、瞳は悲しみと不安で揺れていた。
二人の後ろを歩き始めてから五分ほどで商店街の入り口が見えてきた。その手前には建設途中のデパートもある。
このデパートの正面、私達からだと右に曲がっていけば私達の家の方へ行く道となっている。真理の家は商店街を通った先にあるのでここらが引き際である。
「……唯、もう少しで曲がるよ。」
「うん。」
真理達はデパートの前辺りを歩いていたのでこのまま行けばすぐに家に着くだろうと思い、私達は自分の家の方へと行く道を曲がった――
――否、曲がろうとした。
最初に気づいたのは唯。
向かい側から歩いてくるサラリーマンであろう男性や住宅街から買い物に来たのか買い物かごを持った主婦が急に立ち止まって、訝しげな視線をデパートの方へと向けていたり、口を開けて上の方を見ていたりしていた。それに気づいた唯が後ろを振り返り、
「?………………っ!!?真理ちゃん!!!!!」
叫ぶ。
私も唯が振り向き始めてから振り向き、後ろを見る。
その時見たものは、上から下へ重力に従って落ちていく鉄骨と、その下で目を見開いて上を見る真理。少し離れた所で真理に向かって手を伸ばす牧原さん。
それらを見たのは一瞬で。次の瞬間、
――ドゴォォン!
強烈な轟音と共に鉄骨は落ちた。……真理を下に取り残して。
***
side渡辺真理
バックの中にビー玉が入っていた。荷物検査の直前まで入ってなかったのに。
皆が次はお前の番だみたいな目を向けてきた。唯と美咲はそれとは違う視線だったけど。
翔が死んでしまってからは毎晩泣いた。いつも一緒に居てくれたのに突然訳のわからない理由で居なくなってしまった。
「……真理、行こっか。」
私が大丈夫じゃないって分かってるから、七海は「大丈夫?」とか「元気だして」なんて事は言わない。よく分かってくれていると思う。
「お通夜、近々やるってね。」
「……うん。」
お通夜か……あ、駄目だ考えただけで泣きそう。
「泣いてもいいけど、最後は笑顔で送ってあげないとね。」
「……うん。」
上手く笑えるかな……。
そんなことを喋りながら私達は歩く。そして商店街の入り口が見えてきた。
「そういえば、ここのデパート完成したら一緒に来ようね!」
七海が左に建てているデパートを見上げながら言った。
「そうだね。」
小さく肯定することしか出来なかった私は内心七海に対して申し訳なく思った。……心配してくれてるのに大して返事も出来ない。
そんな時だった。
商店街の入り口の手前、道の真ん中に白い人影を見た。歩いてる人達はそこを避けて通っているが、誰一人としてその人影に目線を向けない。普通は道の真ん中に突っ立っていたら邪魔に思うのに。ましてや今の時間は人が多い時間帯だ。
不自然。
「……あ」
不意に気づいた。気づいてしまった。その白い人影は少女だった。白い髪の少女。
思わず立ち止まる。
「真理……?どうしたの?」
「あ、え……七海は見えないの?」
「……何が?」
「そこの正面に立ってる白い女の子。」
「?白い女の子?」
私が立ち止り、少し離れて七海も止まって振り替える。
私の質問に対して七海は不思議そうにした。
七海には見えていなかった。とすると他の人達も見えていないようだ。
白い少女は私を見ている。
『カエ……セ』
「っ!……いぁ……」
当たっていて欲しくなかったが。どうやら、彼女が…………やっぱり次は私が――
『カエセ』
「っ!!真理!!!」
七海が叫ぶ。こちらに手を伸ばして。
周りが騒がしく皆が私を見ている。「上」とか「危ない」とか「逃げて」と断片的に単語が聞こえた。
……上?……あ?何かが降って……
「っ!あっ、あ、?、いやっ!」
鉄骨が私の頭上に降り注ごうとしていた。
そこからは全てスローモーションに見えた。
足が震えて上手く動かない。……動いた。
七海がこちらに差し伸べている手をとろうとして手を伸ばす。
と、一歩踏み出した足が急にバランスを崩す。何故かと思って足元を見る。そこには――
「真理っ!!!」
――赤いビー玉
「あっ……な……」
***
突如、商店街前が悲鳴と喧騒に包まれた。腰を抜かす人、泣く人、逃げる人。
「いやぁぁぁぁあぁぁ!?!!真理ぃ!!!」
山積みとなった鉄骨の前で泣き叫ぶ牧原さん。地面の欠片が顔に当たったのか額から血が出ているが、五体満足だ。
だか、真理は……
「……嘘でしょ?」
「あっ、ひぁ……あ、ま、まりちゃ……」
私達は揃って腰が抜けて、地面に座り込む。
この騒ぎの原因は目の前にある鉄骨の山。
私達の目の前で真理は鉄骨の下敷きになり――死んだ。
鉄骨の下の地面からは僅かに赤いモノも見えた。
「!?……っうぁ」
隣の唯は、顔を歪め涙を流しけれど、衝撃的過ぎて喋れないようだった。出ていているのは意味を成さない言葉だけ。
私は唯から目を離し鉄骨の山を見た。だからだろうか、鉄骨の山の向こう側に白い少女が一瞬見えたのは。
……っあ。
私が少女を見た時、少女もまた私を見た。
目が合ったと認識して咄嗟に目を離す。恐る恐る再び同じ所を見ると少女は消えていた。
ただ、一瞬見えたその少女の左目は、ビー玉の様に無機質なものだった。
「……ミィちゃ……あ、そこ……」
唯が私の服を引っ張り、鉄骨の山を指差す。その先は鉄骨の山の下辺り……
「なっ!?……何で?!」
私はそこを見て驚愕した。そこには赤いビー玉が転がっていた。……あれは確かに部室でっ!
急いでまだ部室に居るであろう橋本へと電話をかける。……まだあれから十数分しか経っていない。居るはず!
『もしもし……』
「橋本!……缶!缶の中身ある?!」
橋本へと繋がった瞬間、私は矢継ぎ早に問う。
『っ?!行きなり何を……、っ!まさかさっきの轟音!』
私の勢いにびっくりした橋本だったがすぐに状況を把握する。どうやら学校の方まで聴こえていたらしい。近くに遠山も居るのか声が聴こえる。ドタバタしているのが電話越しに伝わる。
『……っ、あの時ちゃんと入れて確かめた。蓋が開かないようにガムテープで塞いだ。その後も入ってるか確認した!』
一拍置いて、
『無かった!缶の中のビー玉が無かった!』
――ビー玉が消えたと言った。
あ……。携帯を持った腕の力が抜け、だらんと下ろす。
誰かが通報したのか、パトカーや救急車、消防車までもが到着していた。
警察官が、人が鉄骨の山に近づかないように人払いをし始め、牧原さんを救急車に乗せる。
私達は腰が抜けたままそれを見ていた。
「美咲!!?」
後ろから私を呼ぶ声がした。