第十二話
「はぁっはぁっ」
直ぐそこのはずの丘公園が遠くに感じる。日が沈んでからは辺りはすっかり暗くなってきた。足の感覚も無くなってきてときどき縺れてしまいそうだ。ビー玉はしっかりと手の中にある。
『返せ』
白い少女も後ろに居る。夏なのにヒヤリとした空気が後ろに感じる。
前ほどから声の大きさは変わってないから距離は最初のままだろう。
***
ようやく丘公園に着いた。後は林に行ってから木を見つければいいだけ。ひいばぁに大体の位置を聞いたら、林の中にある小さな池の側にあるらしい。確かに林の中には小さな池が今もあったからそこだろう。
「もう少しっ」
池の位置を思い出しながら走っていたら、林の入り口までたどり着いていた。林の中を走る。多少地面は整えられているけど、所々木の根で盛り上がっている。
『私の返して』
!
少女の言葉がまた変わった。そして、気持ち近づいている気がした。
『私のビー玉返せ』
「えっ?……っっう!!?」
いきなり真後ろで声がした。驚いて後ろを振り向くと直ぐ側に居た。
……なんで!?と思うのと同時に私の足は木の根につまづいた。
「うっ、痛……。あ……」
どうやら足を捻ってしまったようだ。足首がヒリヒリする。
そして、私は足に気を取られ過ぎて少女の事を失念していた。思い出してバッと顔をあげると少女は目の前に居た。
足を捻って立てないのと、少女に追い付かれてしまった恐怖で私は地面に座り込んだまま、ジリジリと後ろに下がる。が、大して離れられない。
『返して』
「あ、いやぁ…………っ!」
少女は私に向かって手を近づけて来た。私はその手に触れたら終わりだと感じた。どんどん近づく手。私は何かこの状況を打破出来るものを探すため辺りを見回す。
どうやらいつの間にか池が側にあった。後ろ向きに下がっていたから気づかなかった!危なかった。
そして、私は見つけた。ここから少し離れた所にある木を。
゛赤いリボンを結んだ木゛っ!!
『ビー玉返せ』
木を見つけて動きを少し止めてしまったらしい。
少女の手が私の顔にもう少しで触れそうな所にあった。
「うぁっ!……いやだ、こんなとこでっ」
後少しなのにっ!
『返せ』
そして、触れそうに……
「美咲ぃっっっっ!!!」
何かがすごい勢いで近づいてきたと思ったら、痛いくらいの強さで思いっきり腕を引っ張れた。
「っ大丈夫か!!」
何かの声は、顔は私のよく知る人物で。
それが誰か分かった途端に私は安堵した。一人で死にそうになった恐怖もあり涙が目から溢れる。
「っ!雅人!!」
私を無理やり引っ張って立たせ、引き寄せたのは幼馴染み。
藤林雅人だった。
***
side藤林雅人
危なかった。林に入ってしばらくしたら美咲の声が聞こえた。それは悲鳴だった。
「っ!!?」
美咲の姿を見つけた。美咲は地面に尻餅を着いていて立てないようだった。
そして、美咲の直ぐ目の前に白い影が居た。ソレは美咲に手を伸ばしていて、美咲の顔に触れようとしていた。俺の脳内は警鐘を鳴らしまくっていた。
アレはヤバいっ!!
「美咲ぃっっっっ!!!」
走る速度をあげて美咲の側に着くと腕を引っ張る。痛いだろうなとは思ったが、こんな時だ気にしない。
そして、美咲を抱き込んだ。
俺の腕の中で美咲が泣きじゃくっている。余程怖かったのだろう。ぎゅっと強く引き寄せ、目の前にいる白い少女の姿をしたものを睨み付ける。
「てめぇは誰だ……いや、てめぇは何だ?」
目の前の白い少女はただ美咲を見ている。何も感じていないような顔で。生き物ではないと即座に分かった。嫌な空気を纏っていて、最近美咲の周りで感じていたものはこれだったのだと確信した。
『返せ』
「っ?!あ?何をだよ!」
ソレの声も電話越しに聞いたものと同じ。背筋が凍るおぞましい声。
「……っ、雅人!私をあそこに連れてって!」
美咲が俺の目を見て、そして指を差した。
指差す方を見るとその指は一本の少し大きめの木に向いていた。俺の身長より随分高い位置に赤いリボンが結んであった。
「あの木だな!」
「っうゎ!」
美咲をおぶる。さっき立たせたときに片足を庇っていたから捻ったんだろうと思った。
……だから俺が美咲の足になってやる!
***
雅人がヒロインのピンチを救うヒーローに見えた。
安心したら涙が止まらなくなった。雅人が少女に向かって何か叫んでいたけど私はごちゃごちゃになった思考を纏めるのに努めていた。
『返せ』
「っ?!あ?何をだよ!」
少女の声で思い出した。
そうだ、あの木があったんだ。後少しだったんだ!
「……っ、雅人!私をあそこに連れてって!」
私は雅人に見えるようにあの木を指差す。雅人は気づいたようで、
「あの木だな!」
と言うと、私をおぶった。いきなりの事だったので情けない声が出た。
……あ、もしかして足を怪我した事に気づいて?
そして、雅人は人をおぶっているとは思えない速さで走り出した。
さっき抱き寄せられた時に気づいたけど雅人の髪も服も濡れていた。そして少し焦げ臭い。唯を助けたときだろうか……?私は雅人が相当無茶をしたのではないかと思ってぎゅっと雅人の前に回した手に力を入れる。後ろから抱きつく形になっていたけど……気にしない。
「っはぁ!着いたぞ!!」
「っ!ありがとう!」
雅人が木の所にたどり着いた。私は背中から下ろしてもらい、木の根本にあるうろを探す。
『返せ』
少女の声が後ろからする。雅人が私の後ろに移動したのが分かった。私と少女の間に入ったらしい。
……早くしないと雅人までっ!
私は急いで木の根本の周りを見る。
「あった!!」
太めの木の根本があって見えづらかったけど、うろを見つけた。なら、この中に!
神に祈るように心の中でお願い、と繰り返して手で中を探る。
指先に固いものが触れた。掴んで取り出す。
ソレはお菓子の缶の箱。可愛らしい何かのキャラクターのデザインをしている。
蓋をあげると、その中には様々な物が入っていた。
折り鶴、形の綺麗な石、柄の綺麗な布切れ、貝殻、変わったものだと短い木の枝の様な物まであった。
「これがひいばぁと透子さんの宝物。」
暖かかった。十歳の少女だった彼女達の思い出が詰まっていると感じた。
『返してっ!私の宝物!!』
「っ?」
後ろから聞こえた声に変化があった。無機質で冷たく感じた声の中に、切羽づまった様な強い悲しみが混じった。
その声に振り返ると白い少女は、
――泣いていた。
『返してっ!』
それは十歳の少女のものだった。大切な物を盗られた時の子供のものだった。雅人も急に変化があった少女の姿に戸惑って困惑したいた。
私は宝箱を抱えて、ビー玉もしっかり持っていることを確認して、片足でなんとか立ち上がる。
片足で跳ねながら雅人の隣へ行くと、雅人が肩を支えてくれた。
「透子さん、貴女の赤いビー玉はここに。貴女とセッちゃんの宝箱の中にしっかりと入れたよ。」
少女に見えるようにして、箱の中にビー玉を入れて蓋を閉める。
『あっ、あっ……、私の宝物……私の大好きな友達に貰った赤いビー玉っ、やっと……』
少女は目を大きく見開いて大粒の涙を溢す。そして、ひいばぁに聞いていた、素敵な笑顔になり少女は、
「消えちゃった……。」
私は地面にへたり込む。
「……っ、大丈夫か美咲!」
雅人はしばらく呆然と少女の居た場所を見ていたが、はっとしたように私を見る。
「あ、腰また抜けちゃった……。」
「ったく、しょうがねぇなぁ。」
そう言って雅人はしゃがんで私に背を向ける。おぶってくれるらしい。
時刻は十時過ぎ。私も疲れたし早く家に帰りたかったから雅人の提案に甘えることにする。
……おぶってもらい帰ってる途中で私は昨日から寝てなかったせいもあり雅人の背中で寝てしまっていた。
***
「……って言う感じで赤目のビー玉は終わったよ。」
次の日、私と雅人と橋本は唯の入院している病院の病室に来ていた。唯の容態は悪くなく、今日中には検査をし退院できるそう。本当に良かった。
そして、私は橋本と唯に事の顛末を語っていた。
「そうか。無事に終わったんだね……。」
「ミィちゃんが無事で良かった。」
橋本と唯は話を聞いてほっとしていた。けれど、直ぐに病室内の空気は暗くなる。
「……もう少し早く分かっていれば五人は死ななかったんだけどな……。」
「……そうだね。」
赤目のビー玉の怪談は無事に解決したけど五人もの命が消えてしまったのだ。事情を知っている事もありなんとも言えない気持ちになってしまう。
「……んじゃぁ、残せばいいんじゃねぇ?」
今まで静観していた雅人が言った。
「残すって、解決法を?」
「……それもだし、今回の事全てだよ。始まりから終わりまで。」
私の疑問に雅人は、当たり前の事を言わせるなとばかりの顔をして言った。
「そうだね。それがいいかも。」
「僕もいいと思うよ。少しでもいいからこの出来事を記憶に残したいし。」
唯と橋本も賛成したようだ。
「……じゃあ、明日からは学校が始まるし、今から作る?」
私はそう提案した。ノートやペンは今バックの中に入ってるし直ぐに始められる。
「そうしようか。」
***
学校の二学期始業式。いつもなら誰かしら喋ったりしているけど、今は誰一人喋ってはいなかった。
「……それでは、この夏休み中に不幸な事故により命を落としたこの四人に御冥福を御祈りしたいと思います。一同、黙祷。」
全校生徒、全職員が体育館に集まっていた。そして、壇上にはこの学校に在学していた四人の遺影がある。
校長の言葉にこの場に居る全員が黙祷する。している間にもこの四人と仲の良かったであろう生徒の啜り泣く声が聞こえた。
こうして、夏休みは終わり新学期が始まったのだった。
「……これでよし。」
橋本が満足そうに頷く。見ている先には私達四人で作った、赤目のビー玉の今回の事の全てを綴ったノート。
それを分かりやすいように、そして埋もれにくい場所に仕舞ったのだ。
「……もう、こんな事がないといいね。」
唯が言ったその言葉に私と橋本そして雅人が頷く。
「そうだね。」
本当にもう起きない事を祈るばかりだ。
***
数十年後。
星と月の輝く雲一つない夜。丘公園の入り口に男女七人がいた。
七人とも大学生の様で、お酒でも飲んでいたのか全員がほろ酔い状態の様だった。
七人の明るい騒ぐ声が静かな公園内に響き渡る。
「おー、今日は星が綺麗だからぁ……丘のところ、に新しくできた展望ー台で星見よーぜ!」
「いいねぇ、じゃあさっそくぅ行きますかぁー!」
楽しげに笑う彼らの目の先で赤い何かが転がった。
それを見た一人が、
「おっ?おーい影宮ぁあそこに何か転がってんぞ。」
「ふぁ?本当だねぇ、ちょっと待っててね。」
そして、影宮と呼ばれた彼女が赤い何かに近づく。
「んー?ねえ!ビー玉みたいだよ?赤いビー玉!」
そう言って彼女は他の六人を呼ぶ。呼ばれた六人はビー玉に近より――
「本当だ、綺麗だな。」
――手に取った。
「んー、そんなのいいじゃない、早く星見に行こうよぉ!」
「そうだなぁ。」
そう言って一人が先に行く。それを見た残りの六人も着いていく。
赤いビー玉は手に持ったまま。
そんな彼らの遥か後ろで白い影が現れ……、
『……カエセ。』
静かに彼らを見ていた。
これにて完結です。
初めて話を書いたこともあり色々と未熟な部分もありますが、読んで下さった方々、ありがとうございました。




